とある世界の、とある世代
紅葉
日常の一部分
空を見て、あの明るい太陽になりたいだなんて思う人はどうかしてる。
夜空を見上げて、綺麗な月になりたいだなんて思う人は狂ってる。
少なくとも今の僕はそう思ってる。
太陽の明るさは人にとって危険を孕むものでもあるし、綺麗な月は所詮見えている部分が綺麗に見えるだけだ。
あの輝きの裏に何を秘めているのかなんて、分かったものじゃないんだ。
詰まるところ、僕が言いたいのは─────
「おはよう、良く眠れたかい?」
「うん。おはよう。………勇者」
─────この人になりたいだなんて、絶対に止めた方がいいってことだ。
《僕は観ているだけでいい》
「相変わらず朝が弱いね?」
木製の椅子に腰掛けながら新聞を片手に、にこやかに微笑むその姿は、朝日をたっぷりと浴びたかのように輝く金髪も相まって神秘的だ。
こんな姿を世の女性が見たら多分見惚れて数十秒は思考停止するんだろう。
見慣れた筈の僕でさえも少しドキリとしてしまう。
「ん……」
遅れて僕が余った椅子に座ると、彼は新聞を置いて果物を切り始める。
出されてから多少の時間が経っているであろう朝食をもそもそと食べながら彼の背中を眺めた。
「そろそろ買い物しないとなぁ」
彼は楽しそうに切りながら、そんな事を言う。
「今日のお昼くらいに、一緒に行かないかい?」
くるりと振り返る勇者の手には、可愛らしい器に盛り付けられた果物。
そこから葡萄を一つとると口に放り込み、言ってやる。
「嫌だ。君、目立つんだもん」
笑顔で固まる勇者を尻目に果物を口へと放り込むと、彼は徐々に崩れ落ちていく。
「それは……しょうがないというか……有名になっちゃったし……」
眼の前で困った様に顔を伏せるこの男は数ヶ月前に、世界を混沌に陥れようとした魔王を討ってきたのだ。
有名にならない方が難しかった。
「で、でもほら!変装すればなんとか……」
「それも却下。君は事件を呼ぶからすぐにバレるじゃないか」
この間は街に出て誘拐事件の解決。その前は眠っていた魔物が攻めてきてそれの対応。さらに前はお偉いさんに名前で呼ばれて大惨事。
彼と出かければ大体最後にはバレて大変なことになる。
「今回は……!今回こそは……!」
……………はぁ。まぁ、いいか。
「今日は暇だったし、いいよ」
その瞬間の、嬉しそうな顔だけは裏切れないから。
《近いから分かることもある》
「よっ……と。この位で良いかな」
勇者の手には沢山の荷物が載せられていた。
全てこの店だけで買った物の筈なのに、それは彼の背を超える程に積まれている。
「ごめん、お願い」
荷物を持ちながら、頼んでくる彼の意図を汲むと一つ、また一つと魔法を掛ける。
「はぁ…《固定》《軽量化》《法則分離・最下》」
掛けた魔法の効果は単純。荷物が上から崩れないように状態を《固定》し、片手でも持てるように《軽量化》を掛けた上で……
「ありがとう、助かったよ。えっと……こっちは日持ちしない物で……」
荷物袋に仕分ける時に、手元にあるものから取りやすくしただけだ。
《固定》を掛けたままだと、山積みのまま状態が固定されるから、崩れる事は無いけどその山から取り出す事も出来ない。
便利なようで少し不便だった。
仕分けを終え、振り返る勇者の顔はやり遂げたかのように清々しい表情をしていた。
「さ、ご飯を食べに行こう!」
広場の時計台を見ると時間はお昼を少し過ぎた辺りを示している。
買い物に付き合っていた僕も多少お腹が空いていたし、丁度いい。
「彼処のお店とかどう?」
指で指した先にあったのは少し年季の入っているお店だった。
雰囲気も悪くなさそうだ。
「ん。そこにしよう」
「よし、決まりだね」
期待に胸を膨らませて店へと入ると、お店のピークを過ぎているのか食べに来ている人は居らず、静かだった。
「すいませーん……」
勇者が声を掛けると、奥からはーいと声が返ってくる。
少ししてから出て来たのは若い女の子だった。
彼女が出て来た場所のさらに奥には、料理を作っている男の姿。親子だろうか。
「あぁ、久しぶりのお客さんだぁ!」
嬉しそうに笑顔を咲かせる彼女は、奥にご案内しますと言ってぱたぱたと走っていってしまう。
「なんだか元気な人だね」
楽しそうに眺める勇者が何となく苛立って、脛を蹴っ飛ばす。
ダメージは一切無さそうだった。
案内された場所は、二人だとすこしだけ広く感じた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!」
お冷を置いて奥へと走っていく姿は嬉しさを身体中から滲ませていた。
久しぶりの客だと言っていたし、心の底から喜んでいるのだろう。
雰囲気も良いし、人もよく来てそうなんだけど……
そんな事を頭の片隅で考えながらメニューを見る。
書かれている料理名はどれも飲食店としては普通にあるようなものだった。
どれにしようか悩む。
「……うん。僕はこれにする。勇者は?」
僕は数ある料理の中から、一番無難で外れのなさそうな麺料理にする。
勇者の方を見ると、神妙な顔をして考え込んでいた。
「………どうしたの?」
「……………どれも気になる」
さっさと選べ。
「美味しいね!ここの料理!」
何時も笑顔の勇者だけど、食事の時はとても幸せそうな顔を見せる。
その顔を見るとこちらまで幸せになりそうなものだ。
目の前に大量の料理が無ければ。
「……何時も沢山食べるよね。腹ぺこなの?」
つるりと麺を口の中に滑らせながら、そんな事を聞くと彼は
「そうかな?普通だと思うけど…」
そんな事を言いながら5枚目の皿を綺麗に平らげる。
沢山食べるくせに、太らないからつくづく理不尽だ。
僕だって少しは気を付けているのに。
心の中で文句を言っていると、何やら騒がしい一行が店の中に入ってきた。
「………?」
勇者はもぐもぐと口の中一杯に詰め込みながら、何だろうとそちらを見る。
その膨らんでいる頬を両手で潰したら口から飛び出るのではないかと一瞬思う。
下らないことをちらりと考えながら、勇者と同じ方向を見るとチンピラの類が何やら騒いでいた。
「だからァ!!俺達客なんだけど!!さっさと案内しろや!!」
「貴方達なんか客じゃない!早く出ていって!!」
争っているのはチンピラの一人と、さっき案内してくれた女の子みたいだった。
仲間の一人がこちらに気付いて近寄ってくるのと同時に、女の子が突き飛ばされる。
「オイ、そこの席変われや。俺らが座るからどけ」
何を言っているのかさっぱり分からず、勇者と僕は無言で見つめ合っていた。
その間も何かを言ってきていたようだったが、一切理解が出来なかった。
ソコドケヤとか、オンナハオイテケとは一体どのような意味なのだろう?
「──ッ!!無視してんじゃねえよ!!!」
僕のコップを奪い、勇者に中の水が掛かる……様に見えたかもしれない。
「……あ?」
勇者は飛んできた水を、自分のコップで一振りしただけだった。
それだけで、飛んできた水は彼のコップの中に全て収まっていた。
それを一気に飲み干すと、勇者は満足気な表情でただ一言。
「美味しかったぁ!」
完全にチンピラが眼中に無いと分かるその一言が純粋に面白くて、僕は噴き出す。
「君って面白いよね」
笑いながら、ようやく絞り出した一言に彼はきょとんとしていた。
「〜〜!!舐めんじゃねえ!!」
腕を振りかぶり、机の上の物を薙ぎ払い落とすつもりだったのだろう。
それを勇者は速度が乗る直前に腕を掴み、止める。
「お皿が割れちゃうと危ないからやめてくれるかな……?」
こちらで何が起きているのかを、チンピラの仲間が気付いたのだろう。
剣呑な雰囲気を漂わせながら近付いてくる。
「テメ────」
めんどくさいから全員が近寄ってきたタイミングで、海へと転移させた。
店員の女の子が、ぱちくりと目を瞬かせている。
「あ、消えちゃったね」
「うるさいから海に捨てた。そんなに遠くないから3日もすれば帰ってくるでしょ」
まぁ、3日もすれば大陸に帰ってこれるって意味だけど。
勇者は席を立つと、店員の女の子の手を取る。
「怪我は無い?」
これは多分人助けモードに入っていると分かった。
《世界が平和になっても》
日が上っている時間帯は、喧騒に満ちていたこの街も夜になれば不思議と静まり返っていた。
それでも変わらない温かさがあるのはきっと、数多くの民家が家族の団欒を照らしているからだろう。
そんな民家の屋根の上に立って、街を眺める僕と勇者は傍から見れば不審者か、暗殺者の類だ。
「この屋敷だね。悪い商人っていうのは此処に居るのかな?」
間違いではないが、悪い商人って言い方はもう少しひねりが欲しかった。
「そうだね。……今回は、僕は要らない?」
そう聞くと勇者は肯定する。
「うん。魔法支援だけお願い」
「了解。いつも通りだね」
会話をしながら、僕らは夜闇に溶けて移動する。
今回の依頼は、お店を不当な取引で手に入れたり、嫌がらせをしている大元をぶっ飛ばすお仕事だ。
屋敷の広間の中央に降り立つと、僕らの存在に漸く気が付いたチンピラ達が剣を向ける。
「屋敷の中に住まわせてるのかな?見張りとかたてて」
勇者は困った様に頬をかいた。
「えーっと、ここの元締めっていうか、雇い主さん居ますか?」
「────何のようだ?」
広間の上から降ってくる声の発生源を見ると、いかにもな感じの人がそこに居た。
「……何でこういう人達って大体ちょび髭の……恰幅のいい人なんだろうね?」
何となく思った疑問を勇者にぶつけると、確かにと頷く。
「多分楽して沢山食べてるからじゃないかな。それで見た目だけは何とか綺麗に見せようとしてるんじゃないかな」
「あぁなるほど。何となく分かる。頑張ってなさそうなお腹だし」
「殺せェ!!!!!」
「「あ」」
僕らの会話を聞いて怒った商人っぽい人が命令すると、一斉に襲いかかってくる。
「多対一かぁ、久々だなぁこういうの」
呑気に喋りながらも勇者は大勢に対して一瞬たりとも怯む事無くたたかう。
時に魔法で視界を眩ませ、相手が怯んだ所を体術で投げては剣を奪い、移動力を殺ぐ。
僕は魔法でちょくちょく相手に《鈍化》を掛けて動きを制限し、勇者に飛んでいく攻撃魔法を有利属性の魔法で打ち消す。
そうして1分も経たないうちに全ての相手が行動不能になっていた。
「えっと……大体終わったと思うんだけど、あの悪役っぽい人は?」
僕がそう問いかけると勇者は何かを言おうとして────
大きな音と共に、床が割れた。
『落ちた先で後悔するがいい!!!』
何処からか響くあの商人っぽい人の声と共に落下し、付いた先はやけに広い石の闘技場らしき場所。
「彼は………あ、居た」
勇者を探すと、彼は一緒に落ちたチンピラ達を空中で拾い集めて一箇所に纏めていた。
「ここは……血の臭いがするね…」
勇者が辺りを警戒する。
「多分あの奥かな」
僕が指を指した先で、金属が外れる音が鳴り響く。
同時に聴こえてくる、獣の様な鳴き声。
「あれは………」
奥から悠々と歩いて来たのは、紅い鬣をたなびかせ、燃えるような瞳を燻らす魔物。
「フラムキマイラか…って事はもう一匹は」
更に後ろに見えるのは、先程とは真逆の蒼い鬣を持ち、見る者を凍てつかせるような冷たさを放つ瞳の魔物。
「グラスキマイラだよね、やっぱり」
僕は勇者にもう1度聞く。
「勇者、僕が必要?」
その問いもやはり、即答だった。
「うん。少し面倒だからね」
答える勇者に近付き、僕はその手を握る。
「分かった」
「漸く静かになったか…使えんヤツらめ」
豪華な部屋で腰掛け、深い溜息をつく。
「今頃ヤツらも魔物共の餌になっとるだろう。清々するわ」
机の上に積まれた金貨の山に、欲望の目が妖しく光る。
ヤツらを雇うより、少しでも高い魔物を買った方がよっぽど役にたつ。
金貨5000枚程使ったけど問題は無かった。
どうせこれからもっと増えるのである。
無駄金を払ってヤツらを護衛にする必要もなくなった。
出費も減るだろうから、丁度良かった。
そんな事を思い眠りにつこうとして、窓が空いていることに気が付く。
「閉め忘れか」
重い体を起こし、窓を締め切り─────
「こんばんは」
後ろから声を掛けられた事実に固まる。
「な、あ、お、おまぁ………!!」
「何時から君はそんなへんてこな名前になったんだ?」
声を掛けてきた者とは違う、もう一人の声。
「……ひいぃっ!」
振り向いた先の光景に腰を抜かす。
無傷の青年と、頬に血を付けた、少女の様にも少年の様にも見える不思議な者。
「えーっと、貴方が不正でやって来た事の書類を全て王に送り届けました。直に王城の遣いが来ると思います。それまで自害出来ないようにさせていただきますね」
瞬間、手足が縛られ口が動かせなくなる。
「───!?──!」
「王城の遣いが来ると、貴方はこの状態のまま飛び跳ねて出ることになるけど、頑張ってね」
「後は王が────僕の友人がやってくれるでしょ」
その言葉に商人は目を見開く。
王と親しい間柄。
今の王は、数ヶ月ほど前に王子として魔王を討ち果たしたのでは無かったか?
その王と親しい間柄、そして青年の姿。
それから導き出された答えに商人は。
「あれ……気絶しちゃった」
意識を手放す他無かった。
《そうしてまた》
翌日、街はとある商人の話で持ちきりだった。
曰く、一晩で商人の不正が全て王城へと持ち込まれたらしい。
曰く、商人が不正に心を痛めて自ら自白したらしい。
曰く、王の秘密部隊が不正を暴いたらしい。
そんな話を、僕は落ち着いた雰囲気の店で聞き流していた。
「やっぱ街中で噂になってるねー」
勇者は特に気にした様子も無く、料理を口に詰め込む。
「このお店も客足が戻るといいね」
そう思いながら飲み物を飲み干す。
やっぱりここの料理は美味しかった。程よい満腹感と共に眠気が襲う。
昨日は夜中にドンパチしてたから少し疲れた。
そんな僕とは正反対にいつも通りの勇者に少し苛立つ。
君のトラブル体質のお陰で今回も無事に事件に巻き込まれたじゃないか。
そんな事を視線で伝えると、彼はすっと目を逸らす。
「……はぁ、まぁしょうがないか。君はそういう人間だからね」
「ここで放っておいたら初代様に顔向け出来ないからね」
何千年前の人間に顔向けするつもりなんだか彼は……
そう考えながら、僕はまだ何か引っ掛かることがあるとふと脳裏に過ぎる。
トラブル体質で事件に巻き込まれた。
解決した。
…………あっ。
ならこの後は────
「待って勇────」
僕の静止と彼がやらかすのは同時だった。
店を後にしようと席を立ち上がり、歩き出した所で彼は
「う、うぉわ、わ!!?」
店の床で躓き、盛大に転ぶ。
そして少し遅れて、パサりと落ちる変装用のカツラ。
「───へ?勇者エクス様………?」
「やっぱりやったな………っ!?」
この席は窓際だ。
つまり外側からも見れるという事で。
「………逃げるぞっ!!!」
代金を机の上に置いて、勇者の背に触れると転移を発動した。
場所は特に指定しなかった為、この店の屋根の上へと飛ぶ。
「やっぱりこうなるんじゃないか!!!」
「ごめん!!!!」
これでまた街で騒ぎになった為、落ち着くまで一時的に何処かの街に避難しなければいけない。
そうでもしないと、暫く街に出歩くことすら難しかったからだ。
少し歩けば一瞬で囲まれ、数十分はそのままだった。
「さっさと逃げよう!」
勇者に告げると僕は彼の手を握り、一振りの剣へと変わる。
「うん!行こう!───エクスカリバー!!」
僕の名前を呼ぶと同時に、転移術式を発動させる。
転移できる距離は、人型だった時の数百倍。
やっぱりこの姿が一番楽だ。
魔法が発動した瞬間。
この街から僕らは既に居なくなっていた。
とある世界の、とある世代 紅葉 @krehadoll
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