旅立ち

 一命を取り留めた総督は、いつの間にか病室から姿を消してしまっていた。

 その日以後、ベルナルド侯爵は総督の座につき、ドゥカーレ宮で日々の仕事に追われている。


「これは……」


 前総督の事業の整理をしている中、執務室であの鉄の箱を見つけ、ベルナルド候はこれも封印することに決めた。

 今までに集められたオカルトには、もう触れないことにしている。


「さて……まだまだこれからだな」


 机の上には、フランスからの書簡がある。

 新しい総督は席につくと、返事を書き始めたのだった。


 ◆


「あなたは……本当にこの街を出るんですか」


 サン・マルコ広場の船着場に、ロリタとガスパロ、フランチェスカはいた。


「ええ……楽しい一人旅ですわ。いずれ帰っては来ますけれど」


 陽射しの下、潮風に吹かれながらフランチェスカは笑顔を向ける。


「フランチェスカ様が離れてしまうとなれば、この街も寂しくなります……総督が見つかったら、すぐにご連絡ください」


 ガスパロ准尉は礼儀正しく言う。


「あら、アンジェラを襲っていたときとは大分あなたも変わったのね?」

「ぐ……あれは……」

「わかってしますわ。アンジェラには殿方の心を弄ぶところがありますものね。ま……両成敗といったところかしら」

「面目ない……」


 フランチェスカは笑い、ガスパロはしおしおとうなだれる。


「――准尉様。これからは、ロリタとこの街をしっかりお守り下さいね」

「ええ。カサノバとゾロがいなくなるのは寂しいですが……私が必ずや」

「あら、ゾロはいなくなりませんわ?」


 ロリタとガスパロは目を丸くする。

 フランチェスカは、黒い布をガスパロに渡した。


「これ……あなたによろしくお願いいたします」

「――必ずや、お守りいたしましょう」


 ゾロのマスクを手にしたガスパロは、隣のロリタに振り向きつつ言った。


「フランチェスカ。最後に一つだけ聞いてもいいですか?」

「なに、ロリタ?」

「どうして……あなたはあたしを助けてくれたんですか?」


 ロリタはどういう表情をしていいのかわからないまま訊ねる。

 フランチェスカは軽やかに笑った。


「ゾロと同じように、わたしも愛を誓っただけですわ」

「愛を?」

「ええ。わたしは……決して死なない、とね」

 フランチェスカは太陽の笑顔で答え、ロリタもふっと笑う。

 ヴェネツィアの船は、今日も穏やかに水面にたゆたう。

 フランチェスカは、総督を探しに船出する。


 ――こうしてゾロの物語は、これからも続いていくのだった。

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- CasanovaZorro - @ebisan

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