第54話 「…え?今…なんて言った?」
〇高原夏希
「…え?今…なんて言った?」
もうすぐ瞳がデビューする。
俺は、その事に浮かれていた。
今まで、プレデビューのような形でシングルCDを作って流したりはしていたが…
いよいよ本格的にデビューする事になった。
周子とは…相変わらず会えないままだが、瞳のデビューは俺にとって遠足の前のような楽しみをくれた。
それが…
「だから、パパのマンション。圭司と千里と三人で住んでいい?」
「……」
今、我が娘は…
俺のマンションに、男二人を連れ込んで一緒に暮らしていいかと言ったか…?
確かに…瞳があそこを使わなくなって、全くの空家だ。
アメリカンスクール時代の友達の家に住んでるはずだが…
「友達の家は。」
「も…もう出なくちゃいけないから。」
「…ダメだ。」
瞳を見据えて言うと。
「何でよ。」
瞳は唇を尖らせて、俺に顔を近付けた。
「男二人と暮らす意味が解らない。」
「…あたし一人じゃ、あそこは怖いの。」
「……」
それを言われると、何も言えなくなる。
だが…
「それなら、あそこを売って違うマンションを買おう。」
「場所は好きだから…あそこがいい。ただ、一人じゃ怖いからイヤ。」
「待て。まず…なぜ三人で暮らしたいのか説明しろ。」
「……」
「俺が納得するような話なら、考えてやってもいい。」
ただ楽しいからとか、そんな事を言ったら…絶対反対する。
「…圭司、中学生の時、お母さんに捨てられたの。」
「……」
いきなりそんな話を始められて、少しまいったと思った。
「知らなかった。いつもヘラヘラしてるし…。この前、お母さんって人が来て…お金がいるって言ったら、圭司…自分の全財産をその人に渡したの。二度と現れるな、って。」
「…それで?」
「なのに…お母さん…勝手に圭司が住んでた家…売却しちゃったの。」
「……」
「圭司、家もお金も失ったし…」
「失ったし?」
「…お母さん、圭司を捨てた後、圭司に暴力振るってた継父との間に子供作ったんですって。」
「……それで、同情してるのか。」
「しない方がおかしいでしょ。」
「……」
「圭司…あたしみたい…」
瞳の目は…自分の手にうっすらと残った傷痕を見ていた。
「…千里は金があるだろ?」
マンションも売ったと聞いたし、あいつはTOYSの中でも一人だけ曲を作る分、印税も入る。
「千里が部屋を借りて、圭司と一緒に住めばいいじゃないか。」
「んー…」
瞳は少し眉間にしわを寄せた後…
「…聞かなかった事にしてくれる?」
「何。」
「千里…慰謝料か何かよく分かんないけど…お金随分払ったみたい。」
「…は?」
「詳しい事はあたしにも圭司にも言わないんだけど…とにかく、離婚して一文無しだって言ってた。」
「……」
もし知花側から慰謝料を取られたとすると…
知花が未成年だったのに結婚して、一年半で離婚という形になったから…という経緯か?
それとも…瞳が絡んでた事を知られて、千里が一人で負った…か?
いずれにせよ、一文無しになるほど金をとられるなんて事があるのか?
「絶対千里に聞かないでよ?」
…千里を呼び出そう。と思った所で、瞳に釘を刺された。
「…千里と一緒に暮らす気になれるのか?」
正直…一番気になっている所はそこだ。
以前…付き合っていながら、千里は知花と結婚した。
「ああ…それこそ、チャンス到来かなぐらいに思ってるんだけど。」
瞳の言葉に首をすくめる。
…こいつのポジティブな所は…昔の周子みたいだ。
昔の周子…
俺が、変えてしまった。
頑なに…結婚を望まなかったせいで…
「…ね?パパ。いいでしょ?」
「……」
いい気はしない。
むしろ大反対だ。
男二人と一緒に暮らすなんて…
「今の所、あの二人が一番…あたしの理解者なの。」
…実際、あの二人とつるみ始めて…瞳はかなり落ち着いた。
ジェフの一件があった時も、そばにいてくれたのは、千里と圭司だ。
「…本当に…おまえは…」
俺の痛い所を突いて来る。
「でも、あたしがちゃんとマンションに帰るようになったら、パパだって安心でしょ?」
「そうだが…」
「あたしを信じて。」
「……」
「ね?」
「……」
かくして…瞳は俺のマンションで暮らすことになった。
千里と圭司という、二人の男を交えて。
「瞳には聞くなと言われたが、どうしても聞いておきたい。」
昨日、千里と圭司が揃って俺の所に来て。
「…数ヶ月ほど、お邪魔します。」
遠慮がちに言った。
本当なら一ヶ月も置いてやりたくないが…仕方ない。
「…何でしょう。」
目の前の千里は、離婚以降…随分痩せた。
その分、精悍さが増して…TOYSが表紙になる月の音楽雑誌は売り上げがいいらしい。
特に、千里の特集がある時は。
以前は十代・二十代からの支持が多かった千里にも、最近は三十代のファンが増えた。
相変わらずラブソングは書かないが…混沌とした世の中を歌う皮肉めいた歌詞が、社会に納得のいかない働く三十代から支持されているらしい。
「どうして一文無しになった?」
「……」
千里は無言で俺の顔をチラリと見ると。
「…しょーもない事で。」
顔の表情を一つも変えず、そう言った。
「しょーもない事とは?」
「……」
言いたくないんだろうが、こっちには聞く権利がある。
可愛い一人娘と同居させるんだ。
言え。
早く。
そう思ってると…
「…マンションを手放す前に…」
「……」
「暴れて、壁とか…壊して。」
「…は?」
「それも…部屋の中だけじゃなくて…エレベーターとか…」
「……」
呆れて物が言えなくなった。
「警察沙汰になる所だったんですが…業者と話して…金で解決しました。」
「…改修費用か?」
「改修費用と…それだけじゃ済まなかったのと…後は…」
「…知花に慰謝料でも払ったのか?」
「……知花に、じゃなく…桐生院家に。」
「どうして。」
「…要らないとは言われましたが、それぐらいしか出来ないと思ったんで。」
「……」
もっと詳しく聞きたい気もしたが…
千里の目が、これ以上話さない。と言っている気がしてやめた。
千里は…
俺が思ってるよりずっと、知花を愛していたんだな…
偽装結婚を疑って。
だが、二人が想い合ってると分かって…
反対をする理由はなくなった。
それでも、どこかで千里と瞳の事があきらめきれなかった俺は、千里はどこか本気じゃない部分があるはずだ…と、
勝手に思っていたかもしれない。
「…おまえ、そんなに好きなら…」
俺が言葉を出しかけると。
「もう、いいですか。」
千里は早口でそう言って立ち上がった。
「…ああ。」
「なるべく早い内に、部屋探します。」
「その前に稼げよ?」
「…はい。」
SHE'S-HE'Sが渡米して、俺は…イギリス進出の件もあって、一度もアメリカには行っていないが…
毎月出向いているマノンからは『何も問題なく好調に進行中』と連絡が入る。
千里と別れて、順調に夢に向かう知花と…
知花と別れて歌うしかないと悟ったのか、がむしゃらではある千里…
この二人が、またいつかどこかで交わる日は来るのだろうか…。
〇森崎さくら
「…さくら。」
耳元でなっちゃんの声がして…目を開けた。
…やだ。
あたし、すごく…ぐっすり眠ってた。
なっちゃん、あたしは今ね…
なっちゃんの夢見てたのよ?
少しだけ、口元を笑わせると…なっちゃんは笑顔になった。
「今日はゴキゲンだな?」
うん。
「なかなか…戻って来れなくて悪い。」
イギリス…行ってたんだってね。
「俺の生まれ故郷に…事務所を創ろうと思ってね…」
…生まれ故郷…
そっか…なっちゃん…イギリスで生まれ育った…って話してくれたね…
「…いつか…一緒に行こうな?」
うん…行きたい…
「…さくら。覚えてないかもしれないけど…」
…何?
「俺とさくらは…リトルベニス…俺の生まれ故郷で…結婚式を挙げる予定だったんだ。」
……
あたしは、いつもよりたくさん、瞬きをした。
あたしとなっちゃん…
結婚…
結婚式…
リトルベニス…
少し、色々な事が…頭をかすめた。
青いリボン…
サムシングブルー…
……周子さん。
「…っ…」
「さくら?」
あたしの身体が少しだけ…驚きで揺れて。
「さくら…大丈夫だ。」
なっちゃんが心配そうに…抱きしめてくれた。
「…悪かった…思い出したくないよな…」
…思い出したくない?
どうして…?
周子さん…
周子さんて…
前に、会いに来て…あたしの頭を、ずっと撫でて…
歌ってくれてた人だ。
そうだ。
あの人…ずっと、あたしに謝ってた…
周子さん…
……瞳…ちゃん…
そうだ…
周子さんは…
なっちゃんの…子供を産んだ人…
どうしてだろう…
色んな事が…次々と湧いて出て来るみたいに…
あたしは、なっちゃんの腕にしがみついて…言ってみた。
「…ひ…瞳…ちゃ…ん…」
するとなっちゃんは、驚いたようにあたしの顔を見て。
「さくら…何か思い出したのか?」
小声で言った。
「…しゅ…こ…さん…」
「…周子と…瞳の事を…思い出したのか?」
なっちゃんの問いかけに、あたしは瞬きを一度した。
そうだ…
あたし…
あの二人を、不幸にした…
あたしのせいで…
「…二人とも、今日本にいるんだ。」
…え?
「周子は…体を壊して、施設に入ってる。」
……
「瞳は、来週デビューするよ。」
…デビュー…って…
「シンガーなんだ。今度…CDを持って帰るから、聴いてやってくれるか?」
シンガー…
なっちゃんと…周子さんの娘さんが…
シンガー…
あたしの中に…
少しだけ…嫌な感情が湧いた。
酷い…なっちゃん…
あたしとなっちゃんの赤ちゃんは…死んだのに…
…え?
あたしと、なっちゃんの赤ちゃん…?
「さくら…?」
あたし…
なっちゃんの赤ちゃん…
…貴司さん…
「さくら?どうした?」
なっちゃんの声が…あたしに届かなくなった。
貴司さん…
桐生院貴司…さん。
あたしの、夫になった人…。
あたし…
なっちゃんじゃない人と…
結婚した。
34th 完
いつか出逢ったあなた 34th ヒカリ @gogohikari
作家にギフトを贈る
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます