女の子と書く
@chauchau
いろんなすき
六畳間の小さな和室に、古ぼけたちゃぶ台。
座布団も敷かずに畳の上に直接座り、一心不乱にノートパソコンのキーボードを叩く一人の女性。
白魚のように美しい彼女の指がなめらかにキーボード上を行き来するたび生まれる音だけが、この部屋を支配する。
「…………公開、と」
かちり
しばしの時間をおいて彼女が書き上げた物語が世界に配信されていく。
「ん~~~~ッ」
新しく生み出されたインターネットのページを確認し、彼女は満足そうに伸びをする。
「お疲れ様です」
そのタイミングを見計らい投げかけられた声に、彼女は思い出したように振り向いた。
「なんだ、まだ居たのかい」
「いけませんでしたか」
彼女が声を掛ければ返ってくるのは無愛想な声。
「そんなことはないよ」
「そうですか」
そして、その声に似合う無愛想で可愛げの無い男性が、部屋の隅で小さく体育座りをしていた。
「……もう四時か」
「三時間くらいでしたね」
「ずっとそのポーズだったのかい」
「邪魔になりますから」
男性が立ち上がれば、部屋が小さくなる。そう錯覚するほどまでに彼の身体は巨大であった。
プロレスラーか用心棒。彼の職業は何だと思いますか、と道で尋ねれば多くがそう答えるのではないだろうか。
「お茶、淹れますね」
「オーガニックのセイロンティーかい」
「貰い物のほうじ茶です」
ぶぅ、と頬を膨らませる彼女を無視し、彼は台所に立つ。元が狭いそこに彼が立てば、まるで子供用の遊び道具のようであった。
「どうぞ」
「ありが、ぁッつぅ!」
「熱いですよ」
「遅い忠告どうもありがとう」
「いえ」
「嫌味だよ」
拗ねてしまったのか、彼に背を向けてお茶をすする。そんな彼女を気にもせず、彼はパソコンの画面をのぞき込む。
かちり、かち
「感想がもう来てますよ」
「さすがは同士たちだ。行動が早い」
「返さないのですか」
「今はお茶を楽しむ時間だからね」
「…………、批判は今のところないです」
「別に、批判が来てたら怖くて見れないわけじゃないし……」
「今回はどんな話なんですか」
「読めば良いじゃないか、目の前にあるんだから」
「嫌です」
「…………」
「…………」
「あのねえ」
くるりと向き直った彼女は、湯飲みを持ったままの手で彼を指差す。
「まずは読んでみなさいよ、いつもいつも読まずに人の作品を批判するのはどうかと正直思うんだ」
「異世界に転生した女性が、多くの小さな女の子たちに好意を寄せられ、あまつさえ性行為を繰り返す作品を読みたくはありません」
「ああ!? なんだ同性愛批判かッ」
「違います。同性愛ではなく、年端もいかない少女たちと性行為を繰り返す内容が嫌だと言っているのです」
「良いじゃないか、小説のなかなんだから!」
ダンッ!
振り下ろされた拳は、わなわなと震えている。
「ペロペロしたい! 幼女の身体を、その全てをペロペロしてハスハスして、そのまま
その場に倒れ込んだ彼女は、放送禁止用語を叫び散らしながら暴れ回る。
美しい黒髪は乱れ、その身なりもどんどんくずれていく。
「あぁ……! あのぷよぷよでちっちゃい足にちゅっちゅして、そのままそのまま私の
悪魔に憑りつかれたような彼女を放置して、危なくないように彼は冷静にちゃぶ台ごとその場にあった物を部屋の隅に片づけていく。
最終的にはほぼすべてを伏字にしないとどうにもならない台詞まで吐き出した彼女が疲れ果てるまでこの地獄のような時間は終わらなかった。
「はぁ……! はぁ……!」
「落ち着きましたか」
起き上がった彼女は見るも無残な姿に様変わりしており、まるで性犯罪に巻き込まれた被害者のようであった。
「その冷静な対応に反吐が出るよ」
「そう思うのであれば、週に五回も発作を起こさないでください」
「先週は四回だった!」
「それでも十分に多いです」
駄々をこねる彼女を無理やり立たせて、くずれた身なりを整えていく。宝物を扱うように優しい彼の手に、理不尽な彼女の怒りはどこかへと消えていく。
「しかしだね」
「どうしましたか」
彼女の髪を櫛で梳きながら、彼は答える。
「君も変な奴だな」
「心外です」
「最後まで聞きなさいよ。普通、こんな女のそばに居たいとはならないだろうに」
「そうですね」
「いや、そこは否定しようよ」
「好きですから」
「……うぅん」
「俺が貴女のことを好きですから、もちろん恋愛対象としてです」
「言い直さなくても大丈夫だ。十分わかっているから」
「そうですか」
「それにしては、その、君は手を出そうとはしないんだな。さっきだって、その」
「下着も丸見えでしたね」
「少しは照れなさいな……。んっ、んっ! でも出さないんだね」
「出して良いのなら出しますが?」
「……ちょっと、まだ困る」
「でしょうね」
女の子と書く @chauchau
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