第8話 マグヌス編 透仙塔~その3~

 知識はある。それは確かなことだ。今のマグヌスには、透仙塔が蓄えていた、この世界にある全ての知識がある。しかし、逆に言えばマグヌスには知識しかないのだった。


「君は超越者 オリジンホルダーが何なのか、私よりも理解していないというのに、そんな君が超越者 オリジンホルダーに至れるはずがない」


 ラグスの言うことは正しかった。マグヌスの知識の中に超越者 オリジンホルダーとは何なんのか、というものがない。本の記述には超越者 オリジンホルダーと書かれているものは複数あったが、細かな内容が書かれたものは一つもなかった。


「やってみなくてはわからない。少なくともラグス、君に私の魂を渡すつもりはない。私は元の世界に戻り、家族と再会するのだから」


 これはマグヌスの強がりでしかなかった。根拠は何処にもない。ただ、マグヌスはラグスに対して、負けを認める事だけはしたくなかったのだ。気持ちで負ければ、確実に勝てないことだけは理解していた。

 マグヌスはラグスに対して間合いを取る。しかし、この間合いもはっきり言えば適当だった。当たり前の話だった。知識はあっても経験はない。正確な自分の間合いをマグヌスは知らない。さっきまで、練習していた魔術の間合いから考えただけの距離。ラグスは腕だけでなく、身体の至るところが自由に伸ばせる可能性が高い。だとすれば、ラグスの攻撃を確実に躱せる距離を取った方が良いのかもしれないとマグヌス考えた。そう、一瞬の間にマグヌスは幾多のことを思考している。


「マグヌス。今の君を見ていると、君の魂が本当に欲しくなったよ。私には君が言う肉体的変化というものはよくわからない。しかし、君の魂の変化は理解できる。あぁ、君の魂をそこまで変化させた知識が欲しい」


「君が私の魂を奪おうとするのなら、私は君を倒してでも阻止するぞ」


 魔術を行使する。魔術でラグスの動きを止める。マグヌスは頭の中で複数の魔術を用いてラグスと戦うイメージをする。それと並行して、目の前にいるラグスの動きにも意識は向ける。自分でも驚くほどに思考が巡っている。それはマグヌスが体験したことのない感覚だった。


「今の君ならば、まだ私でも倒せるぞ。君は戦いを知らない」

「それは、お前も同じだろう。この塔に他の知性体は存在しない。そして、私の得た知識から、お前は滅びる寸前のエルティマによって造られた存在だということはわかっている。お前は誰かと争うはずがない!」

「ハハハハハ」

「何故笑う」

「私は私を生み出したエルティマと争い、彼を殺した」


 ラグスは笑ったと思うと、急に無表情となり、そう言った。

 確かに本には、最後のエルティマがどうなったのか明確な記述はなかった。しかし、だからといってラグスが本当にエルティマを殺したのかどうかはわからない。もしかすると、マグヌスを精神的揺さぶる為の嘘かもしれない。だが、どちらにせよ、ラグスはマグヌスと争うことに一切の躊躇はないということだった。


「不思議ですか?」

「……不思議というよりは理解できないな。君はエルティマを蘇らせる為に存在しているのではないのか」

「では、私からも聴きたいことがあります。貴方は何の為に生きていますか?」


 何のために生きるか。マグヌスは考えたこともなかった。生きる目的はない。強いて言えば生きることが目的だった。少なくともマグヌスのこれまでの人生に大きな目的はない。孤児院の家族と共に毎日が楽しく生きていられればそれで良かったのだから。


「……」

「答えられませんか。ならば、貴方は私の行動を理解することは永遠にありません」


 ラグスの存在が急に恐ろしく感じる。理解できないモノへの恐怖。マグヌスは魔導陣を起動し、風と水を操りラグスを攻撃する。


「うぉぉぉぉぉ!」

「恐怖による攻撃は、意味を成さない」


 ラグスは軽々とマグヌスの魔術による水と風の攻撃を回避する。何故自分は生きているのか。何を目的に行動するのか、それを考える。知識は得た。しかし、それは所詮知識に過ぎない。マグヌスには圧倒的に経験が不足している。


「あぁ、流石だ。マグヌス、良い魔術だ。その知識が欲しい。私ならその知識をもっと有効利用できるのだ」


 そう言うと、ラグスは攻撃を回避しつつ、腕を伸ばしマグヌスの身体を掴もうとする。マグヌスは紙一重のタイミングで瞬間移動をして腕を躱す。そして、水の魔術を放つ。


「クソっ。当たらない」

「言っただろ。君は戦いを知らない。その動きでいつまで、私の腕を躱せるかな」


 ラグスはマグヌスの攻撃をまるで踊るかのように躱しだす。そして、徐々にマグヌスはラグスの腕に捕まれそうになっている。


「これでどうだ!」


 マグヌスは賭けに出る。瞬間移動のタイミングをギリギリまで遅くし、攻撃用の魔導陣に魔力を一気に流し込む。今できる最高火力でラグスの動きを止める。水と風が陣から噴出される瞬間に、マグヌスの動きが止まった。


「な!?」


 ラグスの両腕は目視できている。しかし、マグヌスは後頭部を後ろから掴まれていた。魂に触れられている感覚。身体の内側を異物に触れられるような違和感が全身に走る。


「マグヌス、君の攻撃は素晴らしい。だが、動きが単調で読みやすいのだよ」


 マグヌスはラグスを凝視する。するとラグスの背中からもう一本腕が生えていることがわかる。その腕は目視することはできないエネルギーで作られた腕だった。その腕が、マグヌスの後頭部を掴んでいる。


「君の知識をその魂をもらう」

「うぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁぁ」


 マグヌスは無意識に絶叫する。魂を掴まれてる。ラグスの腕に自分の魂が吸われているのがわかる。自分の魂が知識が、魔力がラグスに奪われる。意識が薄れていく。ラグスと自分の魂が接続されているのが実感できる。


「知識が魔力が溢れてくる。あぁ、これが人間というものか」


 ラグスは感動のあまり言葉が漏れる。


「エルティマをこの手で復活させ、私はこの世界の神になる。今の私ならそれも容易く行えるぞ!!ハハハハハハハハハハ!!」


 ラグスの歓喜の叫びだけが、塔の中に反響する。

 ラグスに魂を全て奪われるとき、自分の意識は完全に失われる。今、自分の魂がラグスと接続されている。その繋がりは一方通行だ。果たして本当にそうだろうか。マグヌスは考える。このまま、だと自分は間違いなくラグスによって魂を奪われる。そうなる前に一か八かの賭けに出るべきだ。しかし、魂を掴まれ、マグヌスは動くことも魔術を使うこともできない。魂は繋がっている。これに賭けるしかないとマグヌス思った。

 もう一度、家族に会う為に。

 それこそが今の自分の生きる目的だと、マグヌスは理解した。

 マグヌスはラグスに隙が生まれる瞬間を待ち、静かに意識を失った。

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ローバーズ Rovers~異世界漂流者の黙示録~ 夢橋河馬 @yumebasikaba028

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