第7話 マグヌス編 透仙塔~その2~

 マグヌスが得た知識は正しくいえば、この世界が集めた全ての知識だった。しかし、マグヌスには疑問が残る。この膨大な本の中に物語は一つもない。もっと言えば歴史書の類もなかった。あったのは学術書ばかりだった。初め読むことのできなかった言語については、その言語と読める言語の辞書を見つけ覚えることができた。この方法で、保管庫にある全ての本を読むことができたのだ。そして、読んだ本の中に、孤児院にあった魔術の書もあった。その他にも魔術やそれに連なる術について書かれた本は多くあった。何故、今までの自分は魔術を上手く使うことができなかったのか理解することができた。


「ラグス。保管庫の本は全て読んだ。中庭に行ってもいいかな?」

「もちろん」


 中庭に行き試してみたいことがあった。

 ラグスと二人中庭に向かう中、通路にある鏡の前で立ち止まる。


「気が付いたら身体が成長しているなんてことが本当にあるのだね」


 マグヌスは鏡に映る自分の姿を見た。

 腰まで伸びている茶髪に、丈の足らなくなったボロボロの服。空色のマントは寧ろ今の方が似合っている。見た目は十代後半といったところだろうか。背丈は神父様よりも高い気がする。今の自分の姿を見て、シュティレ達は自分だとわかってくれるだろうかと、少しだけ心配になる。


「マグヌス、君は不思議だ。見た目が変化する者がいるだなんて、本当に驚きだ」


 ラグスもマグヌスの身体を凝視する。


「そういえば、君は僕が読書をしている間何をしていたんだ?」


 そう、体感時間は一瞬で、時間の概念がない世界だとしても、ラグスはマグヌスが読書をしている時間に何かできるはずだ。とマグヌスは思った。


「君が読書をしている間かい?そうだね、いつもと一緒さ。エルティマの種を育てていた」


 エルティマ。それはこの世界に元々生きていた知的生命体の名だった。知識を得たマグヌスにとって、ラグスはとても特殊な存在だと感じていた。エルティマによって生み出された知性と形を持った液体。それがラグスだった。この世界には科学と多くの術が存在していたようだった。大気が猛毒となった原因は不明。しかし、それにより絶滅したエルティマ。そして、最後のエルティマ達が自分達を復活させる為に世界の粋を集めて作り出された存在ラグス。


「そうか。エルティマは順調に成長しているのかい?」

「いいや、上手くいかない」

「エルティマの育て方はよくわからないが、上手く育てる方法が保管庫の本に書かれている気がするのだけれど」

「言ったろ、読書は向いていない。というより、することができないのさ」

「どういうことだ」

「私は知識を生物からしかもらうことができない」

「それは……」

「おっと、中庭に付いたぞ」


 マグヌスが聞き返す前に、二人は中庭に着いた。


「どうぞ、マグヌス好きにしてくれて構わない」


 ラグスは「どうぞ」とジェスチャーをする。


「あぁ、そうさせてもらうさ」


 マグヌスは本を読み終えてから、成長した以外にも変化を感じていた。

 それは、エネルギーの流れを鮮明に感じ取ることができること。そして、それこそが魔術を扱う上で重要な要素であることをマグヌスは学んだ。

 ディズを吹き飛ばした魔術は、今にして思えばひどいものだった。まるで、料理をすると言って、乱雑に食材を切り何もかけずに皿にぶちまけただけといった感じだった。空間にある魔力を自分の魂の魔力を使って乱雑に放っただけ。魔力の無駄遣い。魔術になっていない術だった。

 孤児院にあったあの本の読めなかったページには、読者の魂に干渉し、魂を急激に成長させる効果があった。魂とは生物の物理干渉できない身体といったところだ。そして、魂と身体は同期される。つまり、魂が成長したことで、マグヌスの身体は成長してた。身体と魂だけでなく、精神的にもマグヌスは成長しているのだが、これについては自身で理解してはいなかった。


「今なら魔術を操ることができる」


 マグヌスは両腕を左右に広げ、魔力の流れに神経を研ぎ澄ませる。すると鮮明な円陣が両手の平に浮かぶ。


「その円陣が魔導陣かい?」


 ラグスは真剣にマグヌスを観察しながら、そう言った。見るではなく、観る。ラグスはマグヌスの状態を観て、何かを知ろうとしているのだった。


「あぁ。これが魔導陣だ。陣の色は、魔力が何に干渉するかを表す」


 そういうと、マグヌスは右の魔導陣を青に、左の魔導陣を空色にした。


「これで!」


 左右にあった両手を胸の前で合わせる。

 すると右手から水、左手から風が吹き出す。


「おぉ!それが魔術か」

「まだまだ、これからだ」


 マグヌスは思いつく限りの、魔術をラグスに披露する。風、水、炎、岩、それらを両手の魔導陣用いて発生させ、操る。


「できる。できるぞ。今の僕には魔術を操ることができる」


 基本的な環境操作は身に着けた。次は空間干渉。

 マグヌスは両手を合わせ、魔術を行使する。すると、マグヌスの身体は宙に浮いた。マグヌスは中庭を飛び回る。


「良し。いけるぞ。ならば」


 マグヌスはもう一度、両手を合わせる。瞬間的にマグヌスは姿を消し、ラグスの後ろに立つ。


「おぉ。これは驚いたな。飛行だけじゃなくて、瞬間移動もできるのか」

「そうみたいだ。何故だかできると思ってやってみたらできた」


 ラグスはマグヌスの肩に手を置いた。


「それはよかった。それでもまだ、君は超越者 オリジンホルダーには至っていない」

「……ラグス?」


 雰囲気が変わった。先ほどまでのどこか胡散臭い明るさが消える。それはとても無機質、言葉を発するガラス人形の様だった。


「君が超越者 オリジンホルダーに至る前に、君の知識を私に譲ってもらう」

「何を言っている?あの本は君の本だろう?」

「言ったろ。私は本から知識を得ることができない。私は知識を持つ生物の魂を吸収することで、知識を増やすことができるのだよ」


 ラグスの腕が光り出す。マグヌスは危機感を感じ、後ろへ跳ぶ。

 しかし、掴んだラグスの腕はマグヌスを離すことがない。ラグスの腕は伸びた。それは熱したガラスが伸びるのと同じだ。


「僕から、知識を奪ってどうするつもりだ?」

「私はエルティマを誕生させる必要がある。それだけが私の存在理由だ」


 マグヌスは少し考えたのち、ラグスの腕を水の魔術で無理やり剥がした。


「お前は僕を……私を殺してでも目的を果たすつもりか?」

「どうだろうな。魂を失った君が死ぬか。という問いに私は答えることができない。まぁ、初めから君なら保管庫の本を全て読めるとわかっていたのは確かだ」

「どうして?」

「君の身体には、身体とは別の世界の異質が含まれていた。異質は超越者 オリジンホルダーになる者になる為に必要なものだ。しかし、君はまだ超越者 オリジンホルダーではない」

超越者 オリジンホルダーに至る前に、目的を果たすと?」

「その通りだ」

「そうか。ラグス、君は言ったな。私の身体には超越者 オリジンホルダーになる者に必要な『異質』が含まれていると」

「言ったが?」

「なら、私は超越者 オリジンホルダーとなり、元の世界に戻る!」


 マグヌスは両手に魔導陣を浮かべ、ラグスに対して構える。臨戦態勢、魔術を持ってラグスを倒す。実践こそ、今成長する為に最も必要なことだ。この戦いがマグヌスにとって初めての真剣勝負となる。そして、この戦いがマグヌスの長きに渡る旅のきっかけを生み出すのだった。

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