第6話 マグヌス編 透仙塔~その1~

 マグヌスが目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。


「目覚めたか」


 声の方を向くと、人型のガラスが立っている。


「……え?」


 理解が追い付かない。自分はさっきまで森の中でディズというローブの人物と対峙していたはず。そして、神父が現れて、何かを言われた。そこからの記憶はない。


「驚くのも無理はない。君は超越者 オリジンホルダーではないようだ」


 人型のガラスの様なそれは、驚き言葉を失っているマグヌスに対してとても冷静に接していた。


「君は庭先に倒れていたのさ。あぁ、そうだ名乗っていなかった。私の名前はラグス。この透仙塔の主さ」


 ラグスと名乗る透明なガラスの様な人物は、大げさなジェスチャーをしながら話す。

 ディズと出会った後だったこともあり、どうしても大げさなジェスチャーが胡散臭く感じる。だからか、どこか不信感を持ってしまう。


「ラグスさん。助けていただいて、ありがとうございます。僕はマグヌスです」

「助けた何て大げさなことはしていないさ。ただ、倒れていた君をここに寝かせていただけさ。う~ん、マグヌスか。この世界では聞かない名だな。となると、君はやはり他の世界から来たのだな」


 ジェスチャーは鬱陶しいが、悪い人ではないようだ。まず、人なのか怪しいところではあるが……。


「あの……ラグスさん。先程言っていた、超越者 オリジンホルダーとは何ですか?」

「マグヌスくん。私のことは、ラグスでいい。超越者 オリジンホルダーとは伝説上の存在。世界を渡る者と私は考えている」

「世界を渡るってどういうことですか」

「文字通りの意味さ。君はここが住んでいた世界と同じに見えるかい?」


 ラグスはそう言うと、窓の外を指さした。


「……!」


 マグヌスは窓の外を見ると驚きのあまり言葉を失う。

 そこに広がるのは広大な草原。そして遠くには岩山が見える。空の色。生えている草もパルウム村で見たこともないものだった。


「そ、外に出ても大丈夫ですか?」

「それは止した方がいい。この世界の大気は猛毒だ。吸ってしまうと一溜まりもなく溶けてしまう」

「そうですか」


 マグヌスの眼には、大気が猛毒のようには見えない。草も雲も見える。しかし、ラグスの言うことは嘘だとも思えなかった。ここで一つの疑問が生まれる。


「ラグス。大気が猛毒なら、僕はどこに倒れていたんですか?」

「そうだね。君は、この塔の中央にある人工的に作られた庭に倒れていたんだ。そこに外側から入る方法はない。つまり、君は何処かの世界からこの世界にやってきた。そう思ったんだ」

「なるほど」


 神父様が僕をこの世界に飛ばした。ディズから逃がす為に。シュティレやヴェイグ、神父様は無事だろうか。何故、僕を逃がしたのだろう。


「僕はどうやったら、元の世界に戻ることができる」

「元の世界に戻るだって?」

「うん。できるなら今すぐにでも戻りたいんだ」


 戻っても手遅れかもしれないし、神父様がディズを倒しているかもしれない。けれど、戻れるのなら、すぐに戻って、みんなの無事を確かめたい。


「すまないね。マグヌス。君は何か勘違いをしている」

「え?」

「私は他の世界があることを、君の存在から確信しただけなんだ。他の世界に行く方法すら知らない。超越者 オリジンホルダーっていうのは伝説上の存在って言っただろ」


 ラグスの表情は透明な顔だからよくわからなかったが、申し訳なさそうにしていることだけはわかった。


「いや、こちらこそ……ごめん。そうだよね。僕だっていきなりこんなことを言われたら、驚くもんな」


 僕自身、本当に別の世界に来たって確証はない。もしかすると、村から遠いだけかもしれない。例えば海を渡ったとか、砂漠を越えたとか、森の向こう側かもしれない。もしそうだったら、僕でも時間を賭ければ戻ることができる。マグヌスはそんな風に考えた。


「あ、そうだ。君、本は読むかい?」


 落ち込んでいる僕を慰めるように、ラグスはそう提案した。


「読書は好きだよ」

「ならよかった。ここは多くの書籍を管理している。自由に読んでいいよ」

「本当……ありがとう」

「善は急げだ。今から案内するよ」


 ラグスはそう言うと、マグヌスを地下の保管庫へ案内する。塔の中は見たこともない物が沢山あった。色鮮やかなランプが点滅する板や、風の吹き出す穴。ラグスが言うには、それは外の空気の状態を調べる機械と、塔の中の空調を整える機械らしい。


「この塔はすごいね。見たこともない物が沢山ある」

「そうか、マグヌスの世界にはこんな機械はないのか」

「うん」


 ラグスに機械の説明を受けながら塔を降りていくと、保管庫へ着いた。そこには、数え切れないほどの本があった。


「ここにある本を自由に読んでいいの!?」

「あぁ、もちろんだ」


 近くにあった本を手に取ると、文字が読めない。もう一冊適当に本を手に取ると読める文字で書いてあった。


「ラグスは、ここにある本を全て読んだことがある?」

「いや、ないな。何冊かは読んだが、私は読んでも理解できないものが多くある。読書がむいていないのさ」

「そうなんだ」

「君は読書が本当に好きなようだ。本を手に取って目の色が変わっていたよ」

「そうかな」

「あぁ。連れてきてよかった。好きに読んでいてくれ。これからのことも少しずつ決めていこう」


 この塔本の中に、村に戻る方法が載っているかもしれないとマグヌスは思った。本の数は膨大だ。その中で必要な知識を効率よく知る必要があった。読める文字と読めない文字。とりあえず読める文字で書かれた本を読んでいこう。そして、村に帰る手段を見つけないといけない。


 それからは、必死に本を読んだ。マグヌスはこの塔が、村と違う世界にあることに確証を持ったのは、それからしばらく経ったころだった。この塔に時間の概念は存在していなかった。この塔というよりも、この世界という方が正しいのかもしれない。ラグスはどんなに時間が経っても見た目が変化しないという。気が付いたとき、この塔に存在し、塔を管理することが自分の使命だと知っていた。


 気が付くと、マグヌスは成長していた。保管庫の全ての本を読み終えるまで、マグヌスは無心で読書をしていたらしい。嘘のような話だが、一睡することなく、ひたすら本を読み知識をつけていたのだ。時間の概念のない世界。しかし、マグヌスは時間の中を生きている。だから、マグヌスの魂が辻褄を合わせる為に身体を精神に合わせて成長させていた。


「不思議だ。マグヌス。君は姿が変化するのか」

「待ってくれ!ラグス。いったいどれだけの時間が経った!?」

「時間?それは何だい?」

「……。僕が来てから何日経った?」

「日?それもわからない」

「じゃあ、何度夜が来た。日は何度沈んだ」

「日が沈む?そんなことはないよ」

「そ、そんな」


 マグヌスは状況が理解できずにいる。しかし、とてつもない長さ読書をしていたことは確かだ。身体が成長しているのは紛れもない真実なのだから。

 実際にマグヌスが読書をしていた時間はわからない。ただ、時間の概念がある世界だったのならば、マグヌスはその生涯を費やしても保管庫の本を読み終えることはなかっただろう。

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