第4話 電車
問題が解決したのは、すでに夜の十一時を過ぎた頃だった。
どうやら、このゲームの根幹を作ったメインプログラマーの一人が開発の時に犯したミスが、時限爆弾的にあとから不具合を起こさせていたようだった。
運の悪いことに、そのミスで起こった不具合がサービス開始以降に追加されたプログラムと複雑に作用してしまい、直すのに思っていたよりも時間がかかってしまった。
会社から出て、帰るために駐車場のところまで来たが、ポケットに入れたはずの車のキーが見つからなかった。
確かに入れたはずなのに。
他に入れそうな場所も探してみたけれど、どこにもなかった。きっと朝、会社に着いてからどこかに置いてきてしまったのだろう。
わざわざ会社に戻ってキーを探しに行くのが面倒だったし、仕事の疲れがたまっていて眠く、この状態で車を運転するのも良くないと思ったので、電車に乗って帰ることにした。
最寄りの駅から家までは遠いが、タクシーで帰ればいい話だ。贅沢な気もするが、最寄りの駅から家までの距離ならそんなに高い料金にはならないはずだ。ずっと車で通勤していたから、電車に乗るのは久しぶりだった。
駅に着くともう終電に近いからか、ほとんど人はいなかった。
ホームで電車待っていると、普段見慣れない車両が入ってきて停車した。窓から見える座席の感じからして普通の電車ではなく、長距離列車のようだ。目の前に来たドアが開くと駅員の服装をして深く帽子をかぶった男が降りて来た。
男は何かの機械をポケットから取り出しながら近づいてきて、こちらに向かって手を差し出してきた。と同時に、ホームにいた人達が自分の後ろに並び始めた。男はどうやら自分に何かを要求しているようだった。
何を渡せばいいのだろうと思ってポケットに手を入れて、会社に着いた時に見つけた不思議な紙きれのことを思い出した。もしかして、これは切符なのではないか。紙の材質はまさに切符そのものだし、先ほど買った切符と比べてみても、まったく同じようなものが書かれている。
ただ、これが切符だとするのなら、不思議なのはどこからどこへ行くのかが書いてないことだ。
矢印の後にも先にも文字は書いていない。
どこからでもいけて、どこからでも乗れるという意味でもない限り、こんな切符は普通存在しないだろう。
駄目もとで男に差し出してみると、紙を受け取って機械にかざした。
機械からピーっと音がして紙を返された。そうして、列車に乗るように促された。やはりこれはただの紙切れではなく切符だったのだろう。後ろで待っていた人達も、男に同じようなものを渡して列車に乗っていく。
列車に乗ろうかどうしようか戸惑ったが、何故だかわからないがこの切符を持っている以上、自分はこの列車に乗るべきなのだと、乗らなければいけないのだと自然に足が動いた。
列車の中には結構な数の乗客が乗っていた。小さな子供から、歩くのがやっとだろうというような老人まで、幅広い世代の人間がいる。これほど幅広い世代が乗っているのも珍しいだろう。
乗務員に促されて、切符に示されていた番号と同じ座席を探して座った。後ろの席には小学生くらいの女の子がなんだか悲しそうな顔して目を潤ませているのに、母親らしき人物が気にしない様子で雑誌を読んでいた。旅行中に喧嘩でもしたのだろうか。
列車がゆっくりと動き始めた。列車の座席はとても柔らかく、仕事で疲れた身体には座り心地が良かった。動き始めてからしばらくして、乗務員が乗客全員に飲み物を配った。車内サービスらしい。
貰った飲み物を飲みながら外を見ると季節はまだ夏のはずなのに、雪がはらはらと降っていた。こんな季節に雪が降るなんて異様だ。
「乗客されているみなさん、聞いてください」
眠くなってきてうとうとしていると、乗務員が何やら乗客に向かって話し始めた。話を聞こうと思ったが段々と乗務員の声が遠くに聞こえ、意識が薄れて行った。
巡りの住処 真野光太郎 @mano_kotaro
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