第四話 穀雨:転校生

「本当に、転校して良かったのか?」


電話越しに聞こえてくる男性の声。幼さが混じりながらも、経験値の多さを感じさせる重い声は、俺に問いかける。


「問題ないよ父さん。俺が決めた事なんだから。」


度々揺れる満員電車の中で、俺は今日も優先席に腰を掛ける。


ただ勘違いはしないでほしい、俺は別に障害者じゃない。普通に健康な男子高校生だ。優先席を選んだ理由は、空いていたから。


「それならいいが。首突っ込み過ぎないように、気を付けろよ。」


父さんは面白い事を言う。

もう16年も一緒にいるというのに、俺の性格くらい理解しているだろう。そんな忠告、無意味だという事くらい、分かっているだろう。


「分かってるよ、父さん。今回は父さんですら解決出来なかった事件だからね。」


俺はこれでも父さんを尊敬している。

『神の子』とまで呼ばれた父さんを、誇りに思っている。そして、今回俺が預かったのは、そんな父さんが残した未解決事件。確かに危険は多いが、警戒しすぎたら、何も進まない。父さんを、超えられない。


「じゃぁ、そろそろ切るよ。」


「あぁ、またな凌真りょうま。」


俺の名を囁く父さんの声を合図に、満員電車の古びたドアは出物を漏らしながら、人の群れを作り出す。


俺はそんな人混みを視界に入れ、立ち上がる。


「次からはタクシーで来るか。」


臭気しょうき漂う満員電車を後にし、俺は呟いた。



***



「これが教科書で、後はチャイムがなったら教室行くから、それまで待っといてくれ。」


清潔感溢れる、頭に磨きがかかった先生は机の椅子に腰かけながら、束になった教科書を俺に渡す。


「はい。これからもよろしくお願いします。」


一応は礼儀を見せる俺。

変に悪態を漏らと後々面倒な事になるので、わざわざそんな事はしない。ただ、正直言うと、この先生は一生好きになれない。見るからに低能だからだ。教師という職業についている時点で、単細胞なのは明らかなのだが、この先生はそんな単細胞の中の劣等種だ。

机の上に飾られるフィギュアや、パソコンに映るピンク色の画像がそれを表している。


「おう、よろしくな。」


俺はそんな先生の言葉を聞き入れる事なく、逃げるようにしてその場を去った。


よく堂々と職員室であんな物が見れる。何かしらの権力でも有しているのだろうか。だとしても、何故他の教師は何も言わない。


この学校、狂ってる。


そんな学校に転校してまで通おうとする俺も相当狂ってるけどな。


俺は笑みを零し、職員室の扉を閉める。


俺の悪い癖の一つだ。どうしても笑いが止まらなくなってしまう。俺みたいなクズを見かけると。



***



学園の音が校舎内に響き渡り、俺は先程の先生と、とある教室の前に立っていた。


「皆席につけー。」


なおざりな先生の言葉には、少しだけため息も混じっていた。


単細胞の癖に、覇気もない先生の背につきながら、俺は教室に入る。「イケメンだ」「イケメンだ」と、特に女子が騒ぎ始め、俺は『馬鹿の一つ覚え』の言意を始めて目の当たりにした。


「今日から君たちのクラスメイトになるやつだ。自己紹介よろしく。」


ここまで雑な台詞、生まれて初めて聞いた。『クラスメイトになるやつだ』とはなんだ。まともな語彙力も備わっていないのか、この単細胞は。


鷹石たかいし凌真りょうまです。前は黄玉高等学校に通っていましたが、色々あってこちらに通わせて貰う事になりました、これからよろしくお願いします。」


まぁ良いだろう。俺も変に長い自己紹介をせずに済んだ。俺は別に目立つ為にこんな高校に来たわけではない。なのに...


瞳を輝かせる女子ども。


口笛を披露する男ども。


俺は出来るだけ皆に笑顔をばら撒き、悪い印象を持たせないようにするが、それを向けられた女子が化学反応を起こした。具体的には、俺の鼓膜を傷つけるほどの超音波を轟かせた。


「うるせぇ...」


俺は笑顔のまま、酷く、冷たい悪態を漏らしてしまった。ただ、そんな声を認識できた人物など、この教室にいないだろう。女子どもの悲鳴の前では、全てが打ち消されるのだから。


「はい、静かに。」


再び放出される劣等種のため息を合図に、教室は段々と静まりを戻していった。


「それじゃぁ、あそこにいる白波瀬しらはせの隣に座ってくれ。」


『あそこ』では抽象的過ぎて理解ができない。一応その白波瀬さん(?)の大体の居場所を視線で教えてくれたので、窓に近い席だという事は分かった。ただ、この教室空の席が多すぎて、どの席を指定されたのか特定ができない。


元々人数が少ないのか?それとも、変な病でも流行っているのか?


「あっ、ここです。」


先生の言動に戸惑いの色を見せていた俺を気遣ってか、窓際の席に身を宿した栗色の髪の少女は、丁寧に俺の席を示してくれた。


「ありがとう。」


珍しく、俺は心の奥からそう思った。


「私、白波瀬彩萌って言います。」


指定された席に着くと、白波瀬と名乗る少女は、俺に語りかけてくれた。


「あぁ、よろしく白波瀬さん。」


この教室に入ってから、俺は失望しかしていなかった。教室内に散らばる単細胞どもと戯れる気など、疾うの昔に無くしていた。


ただ、彼女とは仲良くなれそうだ。


覚えておこう、白波瀬彩萌。




チャイムが鳴り響き、ホームルームが終わりを告げる。


俺はそんなチャイムに反応し、早速行動する。先ずは情報集めだ。あの事件の重要人物が誰なのか、突き止める必要がある。


俺は徐に立ち上がり、隣に座っていた白波瀬さんの肩を叩こうと手を伸ばす。すると...


鷹石たかいしくん!なんでこんな時期に転校!?」


「おい凌真りょうま!!放課後暇か?遊び行こうぜ!」


「鷹石ってどこから来たんだ。」


群がる単細胞ども...

気安く名前を呼ぶ輩に、自己紹介でもう答えた質問をぶつけてくる記憶喪失くん。


これなら前の学校の方が全然落ち着いたな。


そして俺の休み時間は、単細胞どもの質問で消えてしまった。




「一つ、質問いいかな。」


昼休みにも続いた質問攻め。俺はそんな単細胞どもの質問を無理やり切り上げ、自分の質問をぶつけてみる。


あららぎさんって知ってる?」


俺の言葉を聞いた彼らは、全員固まってしまった。単細胞同士で目線を合わせ、首を横に振る。


「知らないかぁ。」


俺には絶望しか残っていなかった。


こんな高校にまで来て欲しかった情報が、手に入らなかった。あの事件の被害者であり、容疑者でもある蘭さんの正体が、つかめなかった。


「その、蘭さんって、この学校の人?」


「そうだと、思うけど。」


父さんの部屋から持ち出した資料には、櫻山さくらやま高校の生徒だという事が書かれていた。蘭さんが転校でもしてない限り、まだこの高校に通っているはずだ。


「ねぇ!鷹石くんって、その蘭さんに会うために転校してきたの!?」


目の色を変えた女子どもからの、地獄の質問攻めがまた始まる。



***



翌日


俺は学校を休んでいた。


ただ勘違いしないでほしい、別に風を引いたわけではない。まともに体調管理も出来ない低能どもと、一緒にしないでほしい。


俺が学校を休んだ理由なんて簡単だ。

行っても無意味だと判断したから。ただ、ずっと休むと言う訳ではない。単位も欲しいし、生徒ではなく、学校から蘭さんの情報を抜き出せるかもしれない。


「あっ、傘忘れた。」


今日の空は太陽を隠していた。

確か、昼過ぎからどしゃ降りになると、今朝テレビが言っていたな。


「はぁ...」


俺はため息を漏らし、大通りを突き進む。


紫陽花しおかさん!?ちょっと、どこ行くんですか!?」


静けさを保っていた大通りに、女性の喚声かんせいが響き渡る。


「ねぇ、そこの子!!」


俺の視界に映ったのは、一人の少女。

長く、華美かびを極めた黒髪を泳がせ、道中みちなかで声を上げる少女。


俺が抱いたそんな少女の第一印象は、『奇人』だった。


当たり前だ。道中で奇声を上げる少女など、まともであるはずがない。

ただ、そんな少女にも、魅力はあった。黒髪から漏れ出る桃の香りを始めとした、パッチリとした蒼の瞳、そして幼さを見せつけるふっくらとした頬。


出会いさえ違えば、俺はこの少女に惚れていたかもしれない。


俺はその少女を無視し、大通りを突き進む...つもりだった。


悲鳴を上げながら、俺の真横を通る大きな乗用車。そんな車は甲高く、不快な音を響かせながら、一人の少女の横で急停車した。


「おい!こいつで間違いないな!!」


勢い良くドアが開かれ、顔を出す覆面の男。


「あぁ、こいつで間違いない。早く縛り付けろ!!」


車内から轟くもう一人の男の声を合図に、覆面の男は少女を無理やり掴み、車に乗せようとする。


「放してく下さい!!!」


少女の茜色の髪が激しく揺れ、俺は理解する。これは誘拐だ。


俺は急ぎメモ帳を取り出し、乗用車のナンバープレートを書き留める。


その間にも少女は車の中に連れ込まれ、車は動き出してしまった。


まぁ、問題ない。ナンバープレートはとっくに書き終わってるし、後は電話するだけだ。


「ねぇ、これ警察に電話した方が良くない?」


「今の...何だったんだ?」


辺りはざわつき始めるが、俺は動じない。


「もしもし、警察ですか?」


こういった現場には、何度も出くわしている。

経験と言うとのは、最強の武器だ。そして、俺にはそれが備わっている。これが俺と、周りの単細胞どもとの差だ。


「誰!?」


再び奇声を上げる黒髪の少女。

どうやら誘拐を目の当たりにしてぶっ壊れたらしい。


俺は近くにあったベンチに腰かけ、彼女を軽侮けいぶするように、淡い笑みを浮かべる。しかし、そんな俺の笑みは、長くは続かなかった。

一瞬にして、消え去った少女が、そんな俺の表情を崩したのだ。


「なっ...」


間抜けな声が漏れる。


文字通り『消えた』あの蒼の瞳の少女に、俺は冷静を保っていられなかった。

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悪魔宿る蒼のオルタンシア 月代 初 @UI_tukishiro

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