第5話目に見えないものは信じない

 人は39度熱があるとか、お腹が痛いとかそういう目に見えるものでない限り心配しない。少なくとも私の元同僚たちはそうだった。風邪ひいた、インフルエンザだ、そういう同僚がいれば心配する(大げさに心配するふりをしている)くせに、だるいという目に見えない症状で苦しんでいても、心配してくれる人はいなかった。

 同時期くらいに後輩が突然妊娠した。周りはちやほやし、その後輩の仕事を軽くしようと必死だった。体を使う仕事は極力減らし、夜勤はなしで、定時になればすぐに帰宅させるよう配慮された。それに対して私は辛くても仕事が免除されることはなかったし、いつも通りの仕事量をこなす、仕事が残れば残業するのは当たり前だった。大丈夫なのかと聞いてくれる人は一人もいなかった。どうしてこの子だけ配慮されるのか私には理解できなかった。私だって辛いとこぼしたことはある。その頃夜勤をやるのが本当にしんどくて、机に突っ伏して夜勤を耐え抜いたこともある。でも周りは全く心配してはくれなかった。

 幸せそうにただへらへらとしながら軽い業務をこなす後輩を見てどれだけ殺意が湧いたことか。自分だけは配慮されて当然みたいなその態度が許せなかった。それを許している本当は気の利かない周りの同僚にどれだけの殺意が湧いたか。その時のことを思い出すと今でも暗い気持ちになる。別に妊婦が悪いわけじゃない。たぶんその後輩と同僚のやつらの人間性の問題だ。

 その頃の私は常にそんな気持ちで過ごしていた。目に見えることしか信じない人たちがあまりに浅はかで許せなかった。爪が食い込んで手に跡が残るくらいこぶしを握り締めて帰ったこともある。雨の中で人に見られないように大粒の涙を流しながら帰ったこともある。どうして自分だけがこんなに苦しい思いをしなければならないのかすごく卑屈な日々を過ごしていた。誰か一人でも私の気持ちを理解して周りの人に協力を促してくれるような人がいたら私はもう少し救われていたのではないかと思う。

 前は社交的で自分で幹事をして職場の人とお酒を飲みに行くくらいだったが、その頃から行かなくなった。変わらず笑顔でなんともないように装ってはいたが、自分の心の中は絶対に明かさないと決めていた。そうしないといつまた心ない言葉でまた傷つけられるか分からなかったからだ。言葉で伝えて理解を求めることもやめた。この人たちには何を言っても、どうやっても伝わらないと思った。この経験を経て私は人を見る目を養ったと思う。腹黒いやつはだいたい分かる。いくら言葉でいいこと言ってたって、「私ってこんなに人に優しくて、みんなを心配してあげるいい子なのよ」って態度してたって心根の黒いやつはすぐに分かるようになった。悪いやつほど臭うとは本当だ。

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