終幕 ~最後の願い事~
「終わっちゃったね、KAC……」
「はい。寂しいですけど今回のお題からもすごくいい作品がたくさん集まりました」
「まさにバーグさんのお題に導かれて生まれた作品たちだね」
「関川さんの作品もすごくよかったです。ラストにあんな仕掛けが用意してあったとは思いませんでした。なんか感動しちゃいました」
「それは良かった。なによりの誉め言葉だよ」
最後の日、私は『鮨道楽』の店長に無理を言って閉店後の店を貸し切りにしてもらっていた。もちろん簡単なことではない。タダというわけでもない。
それでも交渉の末に二時間ばかりを貸し切りにしてもらえたのだ。
というわけで、店内のお客さんはバーグさん一人。
そして寿司を握るブラックペッパーである私が一体。
「でも急にどうしたんですか? お寿司屋さんを貸し切りにしちゃって」
「これからちょっとしたパーティーをはじめるのさ」
という言葉とともに、お客さんが続々と現れる。
バーグさんが担当していた作家さんたちだ。
もちろんこのパーティーの企画をしたのも、招待状を出したのも全部わたしだ。
「バーグさん。いつもご苦労様です」
「バーグさん、今年のKACも盛り上がったねぇ」
「バーグさん、パーティー呼んでくれてありがとう!」
「バーグさん……いつもありがとうございます」
「バーグさん、生きのいいイソギンチャク仕入れて来たよ」
「バーグさん、相変わらずきれいだねぇ、おっとこれセクハラかな?」
「バーグさん、お寿司をごちそうしてくれるって?」
みんながあいさつの言葉を口にして、バーグさんの周りの席に集まってくる。
あいさつを返しながらも、まだ呆気に取られているバーグさん。
時折私のことを見ている。たぶん説明を聞きたいのだろうが、集まったお客さんたちが次々に話しかけているものだから大わらわだ。
でもそのバーグさんのうれしそうな表情!
私はこれが見たかったのだ。
ちなみにお客さんの多数は顔見知りだが、私がブラックペッパー君であることを知っている人はいない。でもそれでいい。
そしてお客さんが次から次へとお寿司の注文を始める。もちろんワンオペでも大丈夫。これでも優秀な高速寿司職人ロボットなのだ。
みんながお寿司をつまみ、お酒やジュースを飲み、バーグさんと語り合っている。仲の良い作家さんで固まり、創作談義に花を咲かせている。
ああ、本当にいい光景だ。
出来ることならずっとこのまま眺めていたい。
だが時間だけは誰の身にも平等に流れてゆく。
刻々と時は刻まれ、やがて夜の十二時が近づいてくる。
もうすぐバーグさんの魔法が解ける時間だ。
と、そこにバーグさんがやってきた。
「楽しんでるかい?」
「ハイ! 最後に最高の思い出ができました! もう思い残すことはありません!」
「キミはそうかもしれないけどね、周りの作家さんたちは違うんじゃないかな?」
「どういうことですか?」
「みんなの楽しそうな顔を見てごらんよ。みんなまだまだ君と一緒にいたいんだよ。そして君と一緒に作品を作っていきたいと思ってるんじゃないかな」
バーグさんはえへへとうれしそうに笑いながら涙をぬぐった。
「本当にあたし幸せです……そんな風に思ってもらえたなんて」
「幸せだったのはオレの方さ……」
そういったところで時計の針は11時59分を指した。
残り時間はあと一分。
「バーグさん、本当にいろいろとありがとう。創作を楽しむことができたのはキミのおかけだよ。それとここに集まってくれた作家さんたち、そのつながりは本当に奇跡のようなものだと思う。オレをココに導いてくれたのもキミのおかげだ。本当に感謝しているよ」
「わたしこそ。たくさんのステキな思い出をありがとうございました!」
なんてしみじみと涙の別れを告げているうちに、秒針が垂直に立ち上がり、カチリと12時を経過する。
「……関川さん、本当にお世話になりました……あれ? いったいどうして?」
そうシンデレラのタイムリミットは経過していた。
でもバーグさんは消えたりせずにそのままのバーグさんだ。
どうやらバーバラ編集長の魔法は本物だったらしい。
もう分かっただろう?
私が3000リワードと引き換えに願ったもの。
それはもちろんバーグさんの存続だ。
少なくとも来年まではバーグさんはこのままだ。
そして来年もまたたのしいお題の数々を考えてくれて、それに応えるようにたくさんの作品が生まれることだろう。
私?
もちろんブラックペッパー君のままだ。
だがなにも不自由はない。
鮨屋さんの仕事はあるし、バーグさんと暮らせるアパートもある。
私とバーグさんとのラブコメはまだまだ始まったばかりなのだ!
~ おわり ~
北乃家サーガ~北乃家をめぐる些細な物語と意外と長い歴史の短編集~ 関川 二尋 @runner_garden
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