㊱【北乃家交換日記】
以下に転記するのは、北乃家の交換日記の一部である。
厳密には北乃家、春野家、小森家の三家族にわたる交換日記である。
なぜ交換日記をすることになったか?
というとそれは娘のサクヤからの発案である。
「パパとママって昔、交換日記してたんでしょ? どんなのだった?」
また唐突な。ほとんど覚えてないし、今さらそんな黒歴史を発掘されても困る。
それにサクヤの目的なら分かってる。メインはカタリ君とのコミュニケーションだろう。
「やってみたら分かるんじゃないかな。北乃さんトコにも協力してもらったら?」
「あ、それいいかも! さっそく頼んでみる! あとハナおばあちゃんにも頼んでみる!」
……という、いきさつで始まった次第である。
まぁ今となっては懐かしい思い出だ。
いい機会でもあるから、ちょっとページをめくってみよう。
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3月28日 小森さくや
あまたの因果が絡みし運命の本日より
皆の魂の奥底に眠る秘密をひっそりとここに記さんとす
これよりページに記されしは、真実か幻想か
その真実を覗くとき、また真実も汝を覗くと知れ
その幻想を覗くとき、また幻想が汝を欺くと知れ
Show must go on
舞台の幕は上がっている、上がった以上、劇は続けねばならない
この日記もまた同様である
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3月29日 小森良明
今日も会社に行った。
新規取引先への挨拶。先方の感触は悪くなかった。
希望が持てそう。
業務日報みたいですまない。
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3月30日 小森三奈
午前中は掃除と洗濯。
午後からはパートで、主にレジ打ちかな。
要注意の爺さんが来たけれど、無難に対処。
夜はタラコパスタを作った。簡単、混ぜただけ。
おいしかったし好評だった。
あとは……書くことなかった。
さくや、つまんない日記でごめん。
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3月31日 北乃大智
いい天気が続いている。
会社はまぁのんびりやっている。
とくに変わったことはなかった。
交換日記ってこんな感じでいいのかな?
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4月1日 北乃かな子
交換日記って面白いわね!
みんな慣れてくればもっと面白くなるかもね!
今日は仕事休みでのんびりしてた。
晩御飯も簡単に鍋にした。あれはとにかく簡単なのよ。
それにしてもみんな鍋より、締めの雑炊が好きみたいなんだよね。
あ。カタリ、昨日は洗濯物取り込んでくれてありがとう!
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4月2日 北乃カタリ
琥珀はホントかわいい。
いつも僕にべったりくっついて離れない。
だから僕もいっつも琥珀をなでている。
特にお腹の毛がふわふわで気持ちいい。
今日の晩御飯は唐揚げだった。
かな子さんのつくる唐揚げはホント美味しい!
いくつでも食べられそうなんだ。
今日も幸せだった。
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4月3日 春野要三郎
今日は、特に何事もなく穏やかな一日でした。
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4月4日 春野ハナ
ちょっと締め切りが迫っているの。
サクヤちゃん、ごめんなさいね!
今度ちゃんと書きます!
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4月5日 小森さくや
一周しましたね。協力してくれてありがとうございます。
最初はこんな感じかな。
もっと自由に書いてもいいですからね!
まだ生まれたばかりのこのダイアリー。
これから、家族の歴史を積みかさね、みんなの思いが書きかさねられていくでしょう。これがいつかみんなの宝物になりますように。
今日はみんなの日記を読んでなんだか幸せな気持ちになれました。
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4月6日 小森良明
もう私の番か。一週間たったのかな? 早いな。
仕事の方はまぁいつも通り、順調なほうだと思う。
契約も一件とれたし。
やっぱり業務日報だな。
つまんない日記ですまない。
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4月7日 小森三奈
今日は例のクレームじじいに捕まってしまった。
お酒の年齢確認のボタンをどうしても自分で押さないって頑張ってた。
「オレが未成年に見えるのか?」なんて言いながら。
「少なくとも精神年齢は未成年ですね」って言いたかった。
それを言えないのがツライ。まだムカついてる。
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4月8日 北乃大智
今日はちょっと会社で嫌なことがあった。
それで釣り合いを取るために、焼き鳥屋に行った。
嫌なことがあったときは、何でもいいから自分に楽しいことを用意してあげること。少なくとも寝るときには嫌な気持ちを抱えないようにすること。
これは私のモットーみたいなものだ。
人生は長い。そういう小さな積み重ねが大事なんだよ!
ちょっと酔ってます。
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4月9日 北乃かな子
先週は鍋だったのね。
この日記、献立にも重宝するかも。
今日はカタリの好きなホイル焼きハンバーグを作ることにしよう。
ちょっと作るのが面倒なんだけど、すごく喜んでくれるからね。
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4月10日 北乃カタリ
今日は宿題の間中、琥珀がずっと膝の上で寝てた。
足がしびれたけど、なんか我慢してしまった。
琥珀が安心して眠っているのを見ると、なんだか僕も幸せだ。
昨日のホイル包みのハンバーグ、すごくおいしかった!
今日作ってもらったトンカツも、すごくおいしかった!
かな子さん、いつもありがとうございます。
今度は僕もなにか手伝います。
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4月11日 春野要三郎
今日はハナさんの映画の初日だった。
北乃君と映画館に行ってきた。
会場は興奮と感動に包まれていたよ。
君も一緒に来ればよかったのに。
ハナ、誕生日おめでとう。
君にとっては8回目の18歳だね!
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4月12日 春野ハナ
映画が好評でよかった!
それとみんな、お祝いのお花をありがとうございます!
8回目の18歳。
すごく素敵な言葉ね!
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4月13日 小森さくや
今日は……
〇
……なんていう感じで日記は今も続いている。
もう何年になるのだろう?
とにかくあの日からずっと続いている。
今でも家族のいいコミュニケーションになっているのだ。
〇
「ねぇ、お父さん、なにやってるの?」
と、サクヤの声に私はノートから顔を上げる。
なんだかずいぶん没頭していたみたいだ。
日記を見ていると、すごく昔の空気の中に溶け込んでしまうらしい。
「いや、昔の交換日記を読み返していてね」
「昔の見てないで、さっさと今日のこと書いて次に回してよ、みんな楽しみにしてるんだから」
「分かったよ」
ということで、新しくなったばかりの交換日記を開く。
まぁ書くことは決まっている。
〇
4月1日
今日、サクヤとカタリが正式に夫婦になった。
サクヤ、カタリ、おめでとう!
二人でいつまでも楽しく幸せに!
親が望むなんてのはそれだけだ。
そうそう。昔、北乃さんから聞いた北乃家のルールを伝えておこう。
北乃さんは私にこう言ったんだ。
「ルールなんて一つだけさ。みんなが楽しくいられるように。それだけだよ」
幸せに暮らすには、それだけでいいんだよ。忘れないで。
さて、僕の続きはたくさんのお祝いのメッセージが続くだろうな。
この日記の続きが楽しみだ。
~おしまい~
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