あっちいけよ中山君

青鷺たくや

第1話 由比ヶ浜

高校時代の話である。




中山君は僕たちのグループではいつも邪魔もの扱いだ。


僕たちと言ってももう数十年も前のことだから許してほしい。



僕たち男子はクラスの中では悪いグループだった。



早弁は当たり前。休み時間には学校を出てタバコを吸った。



体育祭や文化祭の後には後夜祭と称して飲み会を開いた。



大雪の後、酔っ払って夜中の学校に忍び込んで僕らのやっていたバンド名を新雪深い校庭一杯に大きく書いた。



ああ、細かいことを書けばきりがない。



そんな阿呆な僕らを好きなのかなんなのか中山君はいつも



「やめなよ、先生に見つかるよ」とか「そんなことしたら警察来ちゃうよ」とかいいながら、なんだかんだいって僕らのグループに付きまとってくるのだ。



「うるせえなあ、だったらお前あっちへ行けよ」と言ってもついてくる。


中山君は僕らのところへ来るしかなかったのかな。ほかはヲタク男子ばかりだったから。




さて1話目の中山君はどんなことをしでかしてくれるのか。







それは高2の時の鎌倉遠足のことだったかな。



僕ら悪童4,5人はたいしてお寺を見るわけでもなくタバコを吸いながら由比ヶ浜の砂浜を歩いていた。



そこへ行く手を阻む小さな河口が現れた。名もなき小さな川は深さ30センチ、幅が2.5メートルほどだったと思う。このまま歩いて渡れば足はずぶ濡れになってしまう。



「参ったな」誰かが声を上げた。



何のことはない。砂浜から上がって国道134号の歩道を渡ればいいだけだ。



しかし、

「跳ぶぞ!」リーダーの三浦が叫んだ。



僕らはみんなスポーツ部に入っているので背丈と運動だけは自慢できた。



「跳んじゃう!? 面白―な」「やろうやろう!」みんな賛同した。


「だ、だ、駄目だよ。こんな川渡れないよ。危ないからやめとこうって」中山君のお出ましだ。



「うるせいなあ、お前は国道からいけばいいだろ」三浦は愛相つかしたような声で中山君を手で追い払う仕草をした。



「いやだよ、僕だけ国道に戻ったらはぐれちゃう。皆で国道を渡ろうよ」と中山君。




「うっせいなー、お前、この川、渡る勇気ないんじゃないの、あっち行けよ」高田が言った。



「そ、そ、そんなことないよ、ただ危ないって」中山君は動揺を隠せない。





1番手。リーダー三浦。5メートルほど助走してジャンプ! イチ二のサン!



成功。向こう岸に渡れた。



2番手は瀬川、3番手は僕、4番手、5番手は誰だか忘れたが成功。



最後に残されたのはもうおわかりだろう、中山君だ。


「絶対無理だよ・・・」中山君はわなわなしている。


「本気でジャンプすれば屁でもないぜ」僕はからかった。

中山君は半べそ顔で対岸でなにか呟いた。



ついに中山君の番だ。


みんなニヤニヤしながら彼の跳躍に注目した。



助走・・・。



今からの瞬間は忘れない。



彼は最初の一歩から失敗を選んだ。




最初の一歩が川岸から30㎝ほど浸かってのジャンプ!



それからの跳躍。



着地。




「だからいやだって言ったんだよ」中山君はズボンのすそを上げながらすすり泣いたような声を振り絞って言った。



最初の一歩からの着水。見事だった。中山君らしかった。

「だからいやだって言ったんだよ」ってお前が最初から失敗を選んだのではないか!



みんなで大笑いした。


「お前、跳んでから着地できないのはわかるけど最初の一歩からとは」一同笑いが止まらない。


その後も中山君は濡らした足で僕らの後をついてきた。


「一生忘れないからな」中山君は恨み節を漏らした。


「俺たちこそ一生忘れないよ!」僕はなまっ白い中山君に言った。



友情? そんな言葉もっとも似つかわしくないシーンだ。







あれから何十年。いつも中山君の最初の着水が忘れられない。



「だからいやだって言ったんだよ」この言葉も忘れない。



いい奴だったよ。中山君・・・。

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