溜め息と溜め池は一字違い

 近所の川を、落ちた桜の花びらが流れて行く季節になり、僕は彼女が大はしゃぎしている風景を見た。桜と言えば平安の御世、はるか昔から花と言えば桜という確固たる地位を築いて来た。それを好む日本人も多く、彼女もまた例外ではなかった。

 彼女と昔散策したスポットの一つは大阪から西に向かった先、兵庫県に足を踏み入れた所にある篠山市にある丹波の里自然公園がある。ため池を中心として広がっている公園で、四季折々、その季節の花が咲き乱れている。四月ごろなら桜が本当に綺麗だった。照れ屋の僕は彼女の方が綺麗だとは面と向かって言えなかった。今でも桜の木の下には彼女がいる気がする。似合うからだ。

 公園の入口から入って、少し大きな広場から歩いた所にある、道の左右を彩る桜並木は、本当に綺麗で、地元の人のみならず、はるばる関東から見に来る人もいるらしい。もっとも二人で行った時は平日の昼間で、地元の人が数名居るだけだった。これくらいの混雑が花見には丁度よかったと思う。電車を乗り継いで見に行ったことのある、京都辺りの桜の名所は人が多過ぎて気疲れした。例えば京都は東山、南禅寺近くにある蹴上インクライン。かつて琵琶湖と京都を繋いだ軌道路線が、廃線となった後の線路の両脇を桜が囲むいい場所なのだが、外国から来た観光客やら何やらで大勢人がいて花見どころではない。下手をすれば桜の木の数倍の人がいるのではないか、よくもまあ皆見に来るものだと彼女に話した覚えがある。

 朝の通勤時間を外したからか、人の少ない電車を彼女と一緒に降り、駅を出た。道中彼女は僕の隣に座り、僕は隣をずっと眺めていた。久しぶりに訪れたそこは、余り変わっていないように思えた。最寄駅から公園に向かう道のりも変わっていない。ただ細い路地に入ってみようとしたり、道中の店に興味を示したりする、彼女が居なくなっただけだ。僕一人だと最短経路を通ってしまう。

 寄り道が無いなんて旅の途中にそれは味気無さすぎる、と彼女がいつも言っていた。遊びを持て、とも。彼女はいつもそうやって僕を振り回す。僕も振り回されるのは心地よかった。楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、その時間の貴重さを失ってからしか気づけない。黄金時代とはいつだって過去だ、とは誰の言葉だったか。

 その日も生憎朝から天候が悪かった。太陽は隠れ、空は灰色で、暗い中に桜が滲んでいるようだった。花は八分咲きと言ったところだった。幸いな事に雨は降っていなかった。僕は、よく天気予報を見る事無く行動して、傘を持たずに雨に降られては、彼女に文句を言われたものだ。彼女は彼女で傘をどこかに置き忘れたりしたので、僕達は雨に降られては雨宿りと称して一緒にいた。もう全ては過ぎ去った過去の話だが。

 桜の美しさはただ花を愛でるのみにあらず、と彼女は言う。一年中花が咲いていては目障りなことこの上ない。さっと咲いて、ぱっと散る。その儚さこそが重要なのだ。花が散り、しばらくすれば葉桜となる。新緑は生命の息吹を感じさせたのち、葉を落とす。我々はそれによって時の移ろいに思いを馳せる。四季を体現するが故に我々日本人は桜という植物を愛したのだ。そう力説する彼女に、僕は、君が詩人だったとは知らなかった、とおどけて言った。こう見えて文学部ですからね、と彼女は返した。僕は知っている、自称詩人の彼女は花より団子な人間だったことを。

 桜餅が好きな人だった。桜餅と言っても関東風だ。餡を生地でくるっと包んだそれを彼女は好んで食べた。関東生まれの彼女にはそちらの方が馴染みがあったらしい。見かけると時々買ってくるらしく僕も御相伴に預かっていた。

 桜並木には近所の人と思しき老人が一人いた。散歩中だったのだろう、彼が悠然と歩き去って行くと、残されたのは僕一人しかいなかった。天気も悪かったからだろう。僕は、以前と同じ石造りの冷たいベンチに腰を下ろし、道中の駅の近くにあった和菓子屋で買った団子と水筒を取り出した。プラスチックのパックに入ったそれは、餡子がついた団子で二本セットだった。彼女はみたらし団子が妙に苦手だった。また彼女が好んだ桜餅は、関西には売っていることが少ないので、これで我慢してもらうしかない。

 水筒に入った妙に苦い気がするお茶と一緒に、団子を食べながら、隣にいる彼女を見る。相変わらず桜の下にいる彼女は美しい。値千金などと言う言葉ではとても足りない。写真には残っていないけれども、僕は忘れないだろう。記憶に焼きついて離れない。

 ただただ綺麗だった。彼女と同じく、花より団子であるはずの僕は、見惚れていた。空は曇っているのに輝いた気がした。

 桜の木の下にはいつも彼女がいる気がする。ここの桜も彼女と一緒にまた僕の記憶に焼きついている。去年も僕たちは約束したのだ。また来年もここに一緒に来ると。約束したから、僕はここに来た。

 咲き誇る桜も美しい。散りゆく桜もまた美しい、彼女はそう言った。でも僕は思う。思わざるを得ない。得なかった。儚く美しいから何だというのだ。散りたくて散る花もないだろう。咲き誇る桜の下にいつも彼女がいるとするならば、どうか散らずにはいられないものか、と。


 雨が降り、花が散り始める前に、僕は一人帰る事にした。駅のプラットホームには、他に誰もいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨の観光地は人が少ない よる @yorazu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る