お狐様のお願い、叶えませう!

第1話 お狐様のお願い、叶えませう!

 きっと、俺は忘れないだろう。

 お前と見たこの景色を。

 ずっと。……ずっと。


 昔からある、由緒正しき神社……と言えば聞こえがいいが。町外れ、山奥に建つこの神社に人が来ることなどまれだ。そうして珍しく来た来客者も。来る日も来る日も、あれを叶えろ、こうしろああしろと欲深い人間ばかり。これでもこの神社の神様をやってるので、叶えなければ消える運命。毎日続く飽き飽きした毎日に辟易へきえきしながらも、今日も来客者を待っていた。


 その中で、ひときわ異彩を放っている者がいた。見た目がおかしい、という訳では無い。むしろ至って普通の部類だ。上半分だけ結い上げた艶やかな黒髪、袴に編み上げブーツと何処にでもいそうな女学生の出で立ち。どこか良い所のお嬢様と言った感じで、窓際で静かに読書でもしていそうな、美少女だ。絶世の美少女という点においては、他と異なると言っていいかもしれない。だが、俺が言いたいのは、そこではない。


「よくもまぁ、飽きもせず毎日来るものだな」毎日来る。その点も珍しい。だが、一番俺が珍しく思っているのは……。

「お狐様のお願いが叶いますように!」

 そう言って、いつも念入りにお参りしていくのだ。他の奴は、自分の事ばかり頼んでいくのに、こいつは毎度毎度、俺の願いが叶うようにと願って去っていく。これでも神の端くれなので、人間の嘘くらいは見抜ける。嘘を言っているようには見えない。じっと注意深く観察していると、初めて目が合う。……いや、見えているはずがないからたまたまだろう。そう思っていた……その時までは。


 しばらくぽかんと口を開けほうけていたと思ったら。目をキラキラと輝かせながら彼女は言った。

「貴方がお狐様ですか?」

「!?」

 俺が見えている?いやいや、ありえないだろう。無視して立ち去ろうとしたら、むんずと腕を掴まれる。

「ねぇねぇ、そうでしょう?私が毎日来てることご存知なのは、お狐様くらいですよね?……」

 こいつ。物静かなやつかと思ったら、違う。まるで女児じゃないか。やかましい。口を開けばワーワーとわめいている。仕方なく、はぁとため息をついて振り返ると、何故か居住まいを正して向き直る少女。そして矢継ぎ早にこう言った。

「ご挨拶が遅れました!はじめまして!んんっ?毎日お会いしてるんだから『お世話になっております??』なんか違う!とにかく、私『美空葵みそらあおい』と申します!……」

 一人ノリツッコミはまだまだ続きそうなので、唇に人差し指をあてて制止する。

「まぁ、待て。落ち着け。お前の名前は知っている。いかにも、俺はこの神社の主、神だ」

「やっぱりそうなのですね!」

 少女は、ぱぁぁと目を輝かせて笑う。

「聞きたいことがあるんだが」

「はい、なんなりと!」

 なんだか調子狂う返事だが、無視だ。無視。

「お前に欲は無いのか?」

「……へ?」

「大抵のやつなら、自らの事を頼んでくる。あるいは親しい奴の事だな。だが、お前は違った。自分でも、親しい者でもなく、俺とはどういう事だ?」

「……」

 ぽけっ、としている。聞いているのか?こいつは。

「おい、聞いているのか?」

「はい、聞いてます!欲はあります」

「例えば?聞いてやろう」

「おいしいご飯が食べたいです!」

 幼児か。

「他には?」

「あったかポカポカ陽気の中、お昼寝がしたいです」

「……他には?」

「お狐様のお耳としっぽ、モフモフしたいです」

「まぁ、良いぞ」

 そう言ってしゃがんでやると、ワクワクしながら耳をそっと触る。すこし、こそばゆい。その次は、しっぽに躊躇ためらいがちに触ったと思ったら、抱きついてきた。

「!?」

 体がびくっ、となる。

「うひゃ~。モフモフだぁ!」

 モフモフと堪能している所悪いが、モゾモゾして落ち着かないので、引き剥がす。不満げだが仕方ない。

「……でも、一番は。お狐様のお願いを叶えたいです!何かないですか?」

 なんと言うか。欲があるにはあるが、これほど欲にまみれていない人間を初めて見た。

「なぜ、俺なんだ?」

 素朴な疑問だ。

「みんなは神様にお願いを叶えてもらえるけど、神様は誰も叶えてくれない。だから、私が叶えたいんです」

 ……おかしな奴だ、とは思っていた。毎日来る、変なお願いはする。だからきっと、これは未知なものに対する興味本位だ。


「神様のお願いは、何ですか?」

 そう言われても、考えたことが無いからぱっと浮かばない。……そうだ。

「……団子」

「ん?」

「三色団子なるものを、食ってみたい」


 また、ぱぁぁと表情が輝く。

「了解しました!逢引ですね!」

「……は?」

 どこをどう聞いたらそうなるのか。呆れてものが言えない。

「そうと決まれば行きましょう!……って、うわわ!」

 私の腕を引き、鳥居から出ようとしてつんのめる。

「神様、外に出られないんですか?」

「……まぁ、方法が無くはない。お前、ここのお守りは持っているな?」

「はい!私はお狐様推しですから!当然です!」

「……」

 お狐様推し、か。お守りをなんだと思っているのか。まぁ、良い。

「それを持ち、願ってみろ。お守りには、俺の力の一部がこもっているからな。願えば小さい願いなら叶う」

「は、はい!お狐様とお外出たい!お外出たい!」

 ぱぁぁっとお守りが光る。同じように少女が手を引くと、今度はなんもなかったようにするりと鳥居を抜けられた。

「お守り凄い!」

「凄いのは俺の力だが」

「さぁさぁ、早く行きましょう!おすすめの甘味処があるんです!」

 聞いちゃいないな。


 甘味処にて。

「うまい!何だこれは!」

「三色団子です!」

「それは分かっている」

 もちもちとした食感、ほんのり広がる甘み。あつい緑茶をずすっとすすると、また格別だ。

「ふふっ、お狐様。子どもみたい」

「お前に言われたくないな。だが、でかしたぞ!娘」

 そう言って頭を撫でてやる。

「私は『娘』じゃありません。『葵』という名があります!」

「でかした葵」

 葵。そう口にしただけで、ほんのり胸の辺りがあたたかい気がするのは、気の所為せいだろう。名前なんて、識別するための道具にしか過ぎないのだからな。

「お狐様のお名前は何というのですか?」

「名など無い」

 まぁ、有名な神にはあるのだろうが。俺のような神の中では若造な奴に、名など無い。

「なら、私が考えます!」

「はぁ!?」

 止めてくれ。こいつの思考回路じゃ、ろくな名がつくはずがない。

「白い……毛。狐……白狐びゃっこ……」

 白狐。良い名だ。お前にしてはやるじゃないか。そう思って『白狐で』と言おうとした。

「白狐は可愛くないかな。はく。白様で!これに決めた!」

 可愛いとか、可愛くないとか、どうでも良いだろうそんなことは。そう突っ込もうとしたら「白様!白様!」と嬉しそうに呼ぶ姿が見えて、口をつぐんだ。……まぁ、白様というのも悪くはないか。

「そうだ!三色団子といえば!」

 団子を包んでもらい、ぐいぐいと腕を引く少女。せわしない奴だな。全く。


「うわぁ!一面桃色だぁ!」

 そう言ってはしゃぐ彼女が連れてきたのは、桜が咲き誇っている小高い山の上だ。神社には桜なんてないから、初めて見たな。闇に紛れてはらはらと散る花びら。月明かりの下でその存在を現している。

「人間という奴は。散りゆくものを見て楽しむなど、おかしな趣味を持ち合わせているな」

 儚い命を見ていても、何が楽しいのだろう。神の生に比べれば、花も人間も。全て目の前を通り過ぎていくだけで。それに心を傾けるなど、理解できないな。

「確かに、神様にしたらいずれなくなってしまうけど……。それでも、いつか消えてなくなるからって、こんなに綺麗なものを見ないだなんて勿体ないじゃないですか」

 勿体ない、か。そういう風に考えた事はなかった。俺の元を訪れる人間も。ただ俺が存在する為に願いを叶えてやっている。ただ、それだけだった。

「ねぇ、白様。私ね」

 そう言って彼女は下を向く。

「……小さい頃、とある神様にお願いしたんです。『弟を助けてください』って。病気で、苦しそうで。ただの流行病だったんですけど。毎日神社にお祈りして。で、弟は元気になって。嬉しくて。だから、私決めたんです」

 彼女がぱっと上を向き微笑む。

「……代わりに、その神様のお願いを叶えてあげよう、って」


 さぁっと。彼女との間に、風が吹き抜けていく。桜の花びらで彼女が見えなくなって。消えてしまうんじゃないかって、どうしようもない焦燥感に刈られて、手を伸ばす。葵の手を引き、抱きしめ、そのあたたかさに安心する。

「確かに、私は白様に比べたら短命です。けど、私丈夫なので。長生きするので。シワシワのおばあちゃんになっても、愛してくださいね?」

 そう言って、泣きそうな顔で笑うから。

「お前が見た目を気にするなら、俺は同じくらいの歳に化けてやる。だから……泣くな。葵」


 我儘じゃないお前の、我儘な願い。叶えてやろうかな、と思う。「お前が生を繰り返す度、見つけ出してやるから」と言うと「ストーカーみたい」と言って、笑った。


 きっと、俺は忘れないだろう。

 お前と見たこの景色を。

 ずっと。……ずっと。






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