仮死
桜々中雪生
仮死
瞼の上から照らす朝陽が眩しくて、真白は小さく呻いて目を開けた。
──あぁ、今日も生きている。
白く霞んだ思考が、今日という名の明日が来てしまったことを認識する。浅い眠りのだるさを残した身体をのそりと起こし、寝癖だらけの頭をわしわしと掻き回しながら洗面所へ向かった。鏡には、いつもと変わらない自分の顔。小さな目と鼻、薄い唇、血の気もなく
睡眠なんて、死と同じだ。ひとり暮らしのこの部屋で、誰が、私が眠りに就いている間、生きていることを証明できるのだろう。誰も生を証明できない間の私は、人間は、
取り留めもなく、そんなことを考える。
雑な思考の終了とともに化粧を終えても、顔は見栄えの良くないままだ。思春期の女の子らしく、いっときは可愛らしい顔に憧れたこともあったけれど、真白自身には叶えられない羨望だと気づいてしまってからは、気合の入れた化粧もおしゃれもやめた。整形すれば……と考えたこともあったけれど、大金を
──いいや。生きていたって死んでいるようなものだし。仮病で休むことくらい、大したことじゃないわ。
そう考えるが早いか、真白は十年以上買い替えていない携帯電話で上司にぱちぱちと欠勤のメールを打ち、ざっと確認してすぐに送信した。別段確認するほどのものでもなかったが。「今日は休みます。」たった七文字だけの簡素な文章だった。
すぐに携帯電話が震え始め、上司からの電話の着信を告げる。当たり前だ。理由も何もない、ただ休むと言うだけのメール。受理される方が可笑しい。しかし真白は、電話に出るどころか電源を落とし、部屋の隅へ放り投げた。真白自身も、スーツを無造作に脱ぎ捨てると、ぼすりと音を立てて布団に倒れ込む。自分の匂いの染み付いた枕は、身体の一部みたいだった。煩わしいものを取り払い、頭は清々しいほどに空っぽになった。
──ああ、とても気分がいい。今日はこのまま死ねるかしら。
「おやすみ」
誰にともなく呟いて、真白はつかの間の死に縋りつく。いつか本当の死に巡り逢うまで。
仮死 桜々中雪生 @small_drum
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