八:帰投-生ける死者との帰り方

「とんでもないことをしてくれたな」


 夜番を無事に終え、時刻は第一橄欖かんらん刻。

 まだ眠いと駄々をこねるシギョウをよそに、すっきりと目覚めて起き出してきたヨドが、開口一番テンゲンに投げつけたのはそんな一言だった。

 机の上に山積していた酒や肴の類は、全てとは行かないまでも、八割方食べられて無くなっている。しかし、その大半が収まったのは森霊人エルフの胃ではない。呆れ半分関心少し、驚きを残りに乗せたヨドの視線が刺さる先には、何とも和やかな表情を浮かべてテンゲンの淹れた香茶を啜る、異様に青ざめた顔の男。一見すれば人間のようだが、ヨドからすれば転変者以外の何ものにも見えない。

 余程食に飢えていたのか、黙々と香茶を継ぎ足すカブラギを眺めながら、ヨドは何とも言えない溜息一つ。それに、びくっ、と大きく肩を震わせて、テンゲンはいつになくしおらしい声で弁解する。


「す、すいません。話が通じたので、つい……」

「いや、意思疎通が出来る転変者と話をするのは間違いではないのだが。寝床に入れて酒盛りまでする潜行士も、それが可能な転変者も、――それが私の知り合いだったことも初めてだ」

「えっ、知り合い?」


 素っ頓狂な声を上げたテンゲンがカブラギの方を見るも、肝心の彼は無反応。と言うより、六年ぶりの食事に感動して反応を返している余裕がないと言った風情だ。幸せそうに香茶を飲んでいる。

 一人で勝手に和んでいる転変者は放っておいて、ヨドは腕を組みつつ、何処か罰が悪そうに俯いた。


「以前臨時で隊を組んだことがあってな。その時から既に隊の様子が妙だとは思っていたが、まさか仲間に手を掛けるような輩とは予想もしなかった」

「……その、隊長って人は?」

「第八圏で活動する白金札の潜行士だ」


 現役潜行士としては最高位、ヨドに並ぶ階梯の持ち主であるらしい。それだけの実力者だと言う証左だが、その影では一体全体何人の死体を踏みつけているのか。

 形容し難く煮える激情に思わず顔を顰めた青年を宥め、しかして自身も嫌悪感を隠せない声音で、ヨドは重々しく呻いた。


「いくらカブラギが金札の潜行士で、今こうして意思疎通が図れる者だとしても、彼は既に潜行士登録から外されてしまっている。あれは……除名者の証言で弾劾出来るほど弱い立場には、最早ない」

「そんな!」

「二人共、そう深刻にならないでくれ」


 怒りを募らせるテンゲンとヨドに、横槍を入れたのは殺された当人だった。


「廃界での生死は自己責任だ。組合側で推薦された者を蹴ってあれと潜行した私の責になる」

「そりゃあ、カブラギさんだけならそうですけど。でも一人だけの問題じゃないですからねこれ」

「嗚呼、そうだ。これは私の犠牲だけで終わる問題ではない。……なあ『鈴炯艇』、私の遺品は処分されていないか?」


 意味深な言葉が投げかけられ、ヨドはそれに寸秒記憶を辿る素振りを見せて、それから首を振った。


「組合の金庫に保管してあるはずだが、それが?」

「なら良い。うん、まだ死ねないなこれは。早い所常界に帰ろう」


 唖然として顔を見合わせる生者二人を置き去りにして、何故かうきうきし始めながら香茶を飲み干す転変者。その毛布で隠された下半身、移動にも把持にも用向きでない触手の塊がもぞもぞ蠢くのを、何か信じられないものを見たような顔で一瞥し、テンゲンはぞっとすべきか笑うべきかと逡巡しいしい机の上を片付け始める。

 少し遅れてヨドも手伝い、広げ散らかしていた見張り道具を一纏めにし終わったところで、低血圧気味のシギョウが半開きの目を擦りながら前室に入り込んできた。


「あーおはよ……っおお、何かいる……」

「相変わらず寝起きが悪いな、『導杖』」

「んー? んー。熟睡大魔神の『千貫』には言われたくないねぇ。何だい、転変者になっても寝付くと八石刻しゃっこく起きない癖は変わんないって?」


 平然とした応対にテンゲンは最早言葉もない。

 この有様を見て何も思わないのかと、半ば狂人を見る目でちらちら視線を送ってくる森霊人エルフの青年に、シギョウは眠たそうな苦笑を一つ浮かべて、寝癖で跳ね散らかった髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

 この程度のことは慣れている、と。とんでもない一言が口の端から飛び出し、そこにすかさず弁明が続く。


「僕ァ十五の時から治癒士って文字肩書きに載せてるんだけどね、まだ自我のある転変者抱えて『元に戻してくれ』って泣きついてくるのを何人も見るんだよ。まだ人間だ、ちょっと姿が変わっただけだ、だから戻せる筈だって。それを何とか宥めてすかして、死人の方とも喋って、折り合いを付けさせるのも僕の仕事なわけ」

「あ……」

「まあ流石に知り合いの下半身が触手になってて、しかもこんな明確な自我を残したままで、しかも僕らの天幕で飲み食いしてるのにはちょっと漏らしそうになったけどね」


 あっはっはっは、と朗らかに大笑。その顔をよく見てみれば、確かに引きつっている。彼は彼で驚かなかったわけではないようだ。

 掻き回しすぎて余計に散らかった髪に気付かず、まだまだ眠気の覚めない顔でへにゃりと笑うシギョウ。そんな彼をまじまじと見て、残りの三人は、唖然としたようにお互いを見合わせた。



「で。彼を常界に連れて行くとしてもさ、どうやって? 毛布で包んで背負っていくなんてのは流石に許可できないよ」


 携帯糧食で簡単に朝を済ませ、寝泊まり用の天幕を畳んで、一行が集まるのは仕舞い残した天幕の前室。折り畳み椅子をカブラギに譲り、敷き布の上に胡座を掻くのは生者どもで、その内の先輩二人は揃って見習い潜行士を睨めつける。

 一方のテンゲンはと言えば、物怖じすることはない。やりようはあると自信ありげに頷き、ひとまず自分へ任せてくれと続けて、カブラギの目を真っ直ぐに見据えた。


「申し遅れましたが、僕はテンゲン。潜行士見習いで、時術士です。時空間に関する術をいくつか使えます」

「珍しいな、『堤本』……嗚呼、レンテイの弟子か何かか?」

「レンテイさんの方は分かんないですけど、『鳴響』の弟子です」


 『鳴響』の名を出され、ぎょっとしたようにカブラギが目を剥く。

 『鳴響』のヤボシと言えば、霊具打ち界隈でも潜行士界隈でも伝説と謳われる、古き森霊人エルフの時計師。第一圏に出現した謎の実体からの襲撃を生き延び、潜行士を辞めた後齢九百を数える今でも新たな計時機構を発明し、それを組み込んだ超複雑時計を世に送り出し続ける化け物のような老爺である。ついでに言えば、農耕種族である森霊人エルフのくせに筋骨隆々の巨漢であることも有名な話だ。

 そんな、生ける伝説のような男の弟子。その色眼鏡越しに見ると、目の前の青年は妙にほやほやとしており、能天気で、頼り甲斐がなさそうだった。

 自然、不審げな色が視線に混ざる。それを察知してか、テンゲンは困ったように眉をハの字にして一笑したかと思うと、いきなり腰の鞘から山刀を抜き放った。


「!? ま、待てっ! 私は何も」

〈断ち離せ、渦巻き荒ぶときの檻、八方八重はっぽうやえの空虚の軸。安く眠れうろの愛し子、害為すものを知ることもなし〉

「待て待て待てっ! まだ死にたくな――」

〈結べ、――“八重刻の眠り函・様式IIダブルペタル・スレプトクレイドル・ツー”〉


 満面の笑みで朗々と聖句を紡ぎ上げるテンゲン、大慌てで赦しを請うカブラギ。

 両者の間に高まる緊張は、青年の手が山刀を転変者の眉間に振り下ろしたことで最高潮に達し、


「ぅわああああああああぁあっ!?」


 鉄の棒を思い切り煉瓦に打ち合わせたような大音声が、一閃に叩き斬る。


「っ――、? い、生き……?」


 目の端に涙をちょちょ切れさせ、下半身にうねる触手様の器官までも青年の魔の手から逃れんとして思い切り突っ張って、手で顔を庇い。腕に去来する痛みに耐えんと、思い切り歯を食い縛って待ち構えていたカブラギは、一向にその瞬間が訪れないことに不安感を募らせながら、そっと腕を退けてテンゲンの方を見る。

 そこには、逆手に山刀を握り締めてにこにこしている――どう見ても獲物を捕らえて今から解体する蛮族のそれでしかない――テンゲンと、自身の文字通り目の前まで迫った刃、そして、その切っ先を阻む不可視の壁が。


「これは」

「秘伝なので詳しくお教え出来ないんですけど、僕が知ってる中で一番頑丈な結界術です」

「な、なぁっ……!? み、見習い潜行士が使えるような術じゃないだろう、こんなもの!」

「潜行士以前に時計師の弟子ですから」


 てらいもなくそう言い切り、呆気に取られるカブラギに向かって、テンゲンはきっぱりと告げる。


「今は箱だけですけど、此処に停滞ディレイを重ねがけすれば擬似的にカブラギさんをとして扱えます」

「死ん……まさか、おい!?」

多次元庫アーカイヴの中の住み心地、良かったら後で感想聞かせてくださいね!」

「待てぇっ――!」


 必死で手をバタつかせるも、時既に遅し。

 テンゲンの手が容赦なく“北辰”の竜頭を強く押し込み、停滞ディレイの術を発動。同時に、カブラギの周囲を取り囲んでいた壁が目隠しの如く光を放ち、かと思えば墨をぶち撒けたように黒く染まる。

 中ではさぞ恐ろしい思いをしているのだろうが、構わない。時計の形をした霊具を胸ポケット定位置に仕舞い込み、カブラギ入りの結界から距離を取ったテンゲンは、視界に収めた黒い立方体を上下から押し潰すように手を動かす。同時に、一抱えほどもあった函がするすると容積を縮めてゆき、青年が両の手を重ねて握り締める頃には、折り畳み椅子ごと姿を消していた。

 静まり返った前室の中に、どさりと重い音。

 呆気にとられ、足元を疎かにしたシギョウが、あんぐりと口を開けて尻餅をついていた。


「や、やりようはあるって、これ、こっ、これ」

「生き物も多次元鞄デポットに仕舞いたくて、自分で作ったんです。転変者で試すのは初めてですけど、えへへ、えへ」


 へこへこと頭を下げて媚び笑うテンゲンと、それを言葉もなく凝視するシギョウと。妙な沈黙が辺りに漂い、じゃらり、と銀の宝珠が揺れる音がそれを払う。反射的にその方へ顔を向ければ、防護帽ヘルメットで表情も見えぬヨドが、それでもはっきりと分かるほどの困惑と呆れを滲ませて“可惜夜あたらよ”を構えていた。

 無闇に使うな。低く低く紡がれた声が、能天気な笑顔を納めたテンゲンに突き刺さる。


「その時計もそうだがなテンゲン、自分の力量を人に見せびらかすな。自重しろ」

「見せびらかすなって言われても。出し惜しみしたら僕死んじゃいます」

「ならば早急に手抜きか隠匿の手段を作れ。ただでさえお前は目立つ要素がありすぎるんだ、手札を隠さないと妙なのに絡まれるぞ」

「……あぁー……」


 王都へ来た時、二石刻しゃっこくの間に何回も声を掛けられたことを、ふと思い返した。

 安宿の娼婦に声を掛けられ、ぼったくり商人に物を押し付けられそうになり、誰とも知れぬ人妻に金をせびられ、裏路地の孤児に食料を強請られ、挙げ句の果てにはごろつきに身包み狙われ――あれと同じことが、今後組合内部でも起こることを想像すると、確かに途轍もなく面倒くさい。

 そも、テンゲンは金稼ぎや廃界内部の完全攻略に来ているわけではない。第九圏で死亡したとされる兄の真実を確かめに来ただけなのだ。いま持っている力は全てそれに繋げる為のものであるし、それを目的の道中に使うことはあっても、それを目的とする気は毛頭ない。だと言うのに、廃界攻略の為にも安売りしてくれだの、或いは金を稼ぎたいから譲り渡してくれだの……そんなことを毎度毎度言われるのは、確実に気が滅入る。

 ならば、ヨドの言うことは至極尤もな話だ。


「分かりました。何か手を考えてみます」

「嗚呼、そうしてくれ。我々としても、折角増えた仲間を他の乱雑な攻略隊に強奪されるのは癪だ」

「そっちが本音?」

「どちらも本音さ」


 ぽんっ、と勢いを付けて帽子の上から手を乗せ、綺麗に結い下げた髪の毛をくしゃくしゃに掻き混ぜて乱し。何するんですか、と笑い半分本気半分で苦情を述べるテンゲンにふっと小さく笑いかけ、ヨドは構えていた神器をやおら肩に担いだ。


「さて、帰還だな。やるぞ『導杖』」

「ヘァッ」


 そして、まだ呆けているシギョウの尻を蹴って叩き起こし、張りっぱなしの前室を片付ける。

 伸縮式の骨組みを最小まで縮め、種々の防御術式がみっしりと縫い取られた帆布カンバス地の覆い布を畳み、骨組みを中に入れてくるくると丸めて、最終的にテンゲンが何とか抱えられる程度ほどになった大荷物。それをシギョウの持つ肩掛け鞄型の多次元鞄アーカイヴにねじ込んだ。

 その他、火を消したランタンや小型の机も鞄に押し込み、そこでシギョウの鞄が満杯に。残った食糧品類はヨドの持つ鞄に分けて入れ、最後に煮炊きの跡や落し物がないことを三人で確認すれば、ようやく出立の準備が整う。

 ぐしゃぐしゃにされた髪の毛を直して再び帽子を被り、また来た道を戻るのかと内心身構えるテンゲン。対して、先輩二人は気楽な様子だ。しゃらり、と黒い櫂の柄尻に下がる宝珠を鳴らし、ヨドは適度な緊張感を持って立つ見習い潜行士の肩を、ぽんぽんと軽く叩いた。


「帰りは楽をしよう」

「はい?」

「普段はもっと深い圏で使うものだが、何しろ鞄の中に転変者を一人匿っている。早いところ解放しなくては知り合いが可哀想だ」


 楽をしたい。知り合いを早く解放したい。

 どちらが本音なのだろうか。

 どちらも本音なのか。

 よく分からなくなって、促されるままヨドのすぐ隣に立ったテンゲンの長耳に、低く紡がれる聖句が入りこんでくる。


招来きたれ、招来、招来〉

星海せいかいの往来船、影を往く帆掛け船〉

〈遥けき地と界の果てより、汝に近き輝ける地へ〉

〈潜航せよ、――“星河を征く古舟クロステラ・オールドセラー”〉


 謳うような声が止み、ヨドの持つ黒い櫂が、コツンと硬い地面を打った。

 同時に、どぽんっ、と泥に岩を投げたような音がして、三人の姿が足元にわだかまる影の中へ沈み――


「……はっ!」


 ふと気付けば、テンゲンが突っ立っていたのは見覚えのある木の小屋。

 恐らく長い間呆然としていたのだろう、すぐ傍の休憩スペースでは先輩潜行士二人組が何かの書類へ黙々と署名サインしており、その近くでは組合事務職員の制服を着た女性が黙々と端末に何かの情報を打ち込んでいる。

 潜行士組合、廃界支部。たった一日離れていただけだと言うのに、何故か数年ぶりの再会を果たしたような気分を覚えながら、潜行士見習いはあわあわとして作業中の者共の元へ歩み寄った。


「おっ、見習い君が戻ってきたぞぉ」

「すいません、ぼーっとしてました。僕何石刻しゃっこくくらい呆けてましたか?」

「大体半石刻と言った所だ。まあ構わんよ、我々も完了報告で釘付けにされていたところだし、開門にはまだ時間がある」


 まあ座れと、忙しくペンを動かす手の代わりに爪先で空いた椅子を突く。それに従い、大人しくヨドの隣に腰かけたテンゲンの前に、制服を着た女性職員がすかさず数枚の書類を差し出してきた。

 受け取って文面を確認すれば、それは本部窓口で提出した遺産相続に関する書類の確認が終わった旨の通告書と、分与される財産に関する諸々の確認書類。それらに全てサインし、霊力オドを徹して本人確認を行えば全ての分与手続きが完了すると職員は言う。それならばとテンゲンは言われるまま署名欄にサインし、本人確認を終わらせて、後を職員の手に託した。

 そこで、先輩二人が追われていた記入作業も丁度終わったらしい。どっさりと積み上がった紙束を全て職員に押し付けて困らせ、一人では無理と応援要請。やってきた制服の男女数人が手分けして書類の山を事務所へ運んでいく。その背を眺めながら、テンゲンは何をそんなに溜めていたのかと半目になりながら問うた。


「溜めてはいない、あれで今回分の作業だ」

「書類が星廻せいじゅん末の爺やと同じ量でしたけど……」

「時計師の確定申告書がどのようなものかは知らないがね、テンゲン。我々は救助の任務だけで生計を立てているわけではないと言っただろう?」

「それにしたって多くないですか」


 今回『鵲』が受けた通常依頼は、螭穴りけつの大坑道に生息する宝喰猫ほうしょくびょうの角の剪定と、現在盛んに採掘が行われている孔の耐久性調査のみ。それがこの量まで膨れ上がることは流石にないだろう。他に大勢いた潜行士が書類作業でひいひい言っている姿も見てはいない。

 疑問たっぷりの見習いに、ヨドは努めて青年に向けたものではないことを主張した溜息を零した。


「今回は回収した遺品の数が多かったからな。通常の完了報告に身元確認書類、収集した遺品目録、化学分析の結果通知、諸々含めればこの数にもなる。……おまけに今回は君の実技試験に関する報告書を書いた上、蛟の卵が見つかり、七圏で死亡した潜行士が転変者として発見され、あまつさえそれを保護した。例外報告も嵩めばああなる」

「あっ、ご、ごめんなさい」

「良いんだ、今更苦労するほどのことでもない。これより酷いことも過去にはあったしな」


 しみじみと呟くヨドに、あれは酷かったねぇ、とシギョウも賛同。詳細を聞いてもいいかとテンゲンが口に出す前に、シギョウの碧眼が支部内に掛けられた時計を見上げてにっこり笑う。


「詳しいことはまた後で」

「それ多い」

「そりゃ僕らは守秘義務の塊だからねえ。他言無用の廃界ならともかく、職員の前でそうべらべら喋れるわけないでしょ。喋ったら免許取られちゃう」

「それ、言外に此処じゃなかっ」

「おぉーっとぉ言わない言わないそれ以上はいけないよぉテンゲンくぅん。僕ぁ免許を取られたら困るけど職員さんにお説教をされるのも嫌だからね。ほらー開門までもう少しだよー」


 最後どころか半分までも言わせない内に言葉を被せ、早口でまくしたてながらテンゲンを椅子から引っ立てて、ゆっくりと立ち上がったヨド諸共背をぎゅうぎゅうと押し。過去に何かやらかしたとしか思えない焦りっぷりである。ちらと隊長ヨドの方に目をやれば、防護帽ヘルメット越しに視線が返ってきて、何も言うなとばかり重々しく首を横に振られた。

 どうやらこの『鵲』、揃って何か仕出かしたらしい。下手に職員の前で話をしてはなるまいと、見習いは早々に何かを悟って、苦笑と共に口を噤んだ。

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潜行せよ、廃界第九圏 月白鳥 @geppakutyou

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