考えるな、感じろ。おっぱいを。⑤

「――時間かかってごめんね? でもちゃんと汗拭かないとだからさ」

「え、えぇ、お願い、致しますわ……っ……」


 魔物におっぱいを好き放題まさぐられているという事実に凄まじい嫌悪感を覚えつつも、プルルは歯を食い縛って耐えていました。


 全ては作戦の為。いてははルーク(偽)をおっぱいだけに集中させるためです。

 おっぱいをもみくちゃにされながらも、プルルはルーク(偽)の隙をうかがっていました。

 と、そこへ。


「――だから……拭いて欲しいんだけど……」

「あ、あたしもなんだけど!」

「自分もです! お願いします!」


 ポインとフワワとモチチの声が耳に届きました。あちらもあちらで動き出したようです。仲間の声にプルルは勇気をもらえたような気がしました。


 プルルがそっとルーク(偽)の表情に目をやると、あのルークと同じ顔とは思えないくらい、醜く歪んだルーク(偽)の目は血走っていて、もはやプルルのたわわなおっぱいしか見えていないようです。近接戦闘の経験がないプルルにもわかってしまうくらい、どこからどう見ても隙だらけでした。


(い、今の内ですわ……!)


 好機到来です。

 縄を切られて自由になっている手の感触を頼りに、プルルは床をまさぐります。ここは石造りの廃墟。天井は崩れ、壁には穴が開いています。だから転がっていました、この状況にいては唯一の武器となる瓦礫がれきが。声を掛ける前に近くに置いておいたので、手の届くところにあるはずなのです。

 手が汚れることもいとわず、プルルは必死に探します。

 はたして、それは見つかりました。掴むのに手頃な大きさ、鈍器として使用するには十分な重さの素晴らしい瓦礫です。相手は魔物とはいえ、ルークの姿、つまり人間の姿をしています。ならばこれでルーク(偽)の頭を思いっきり打ちつければ、きっと気絶させることができるでしょう。


 気付かれないように、プルルは静かに深呼吸しました。

 一回、二回、三回。

 

(……よ、よーし、やったりますわよ……!)


 緊張のあまり、心の声が変な言葉遣いになりながらも、プルルは意を決して瓦礫を掴んで手を持ち上げ……ルーク(偽)の後頭部目掛けて、思いっきり振り下ろしました!


 ゴンッ!


 生々しくも鈍い音が鳴り、思わずプルルは目をつむりました。

 これで気絶したはず――プルルはそう思いますが、待てども待てどもルーク(偽)が倒れ込む気配はありません。おっぱいもわし掴みにされて変形したままです。

 変に思ったプルルは、恐る恐る目を開けました。

 すると。


「――痛いなぁ」


 なんということでしょう。そこには苦痛に顔を歪めただけのルーク(偽)がいるではありませんか。

 そう、ルークの姿をしていても相手は魔物なのです。プルルのような細腕の女の子が瓦礫で殴った程度で倒せるわけがないのです。


「……なるほど、そういうこと。でも残念だったね。これ以上暴れられても困るし、ちょっと眠っていてもらおうかな」


 その言葉でプルルの顔色が絶望に染まります。この状況で眠らされてしまったら、一体何をされるかわかったものではありません。おっぱいもみもみだけで済まない可能性があります。恐怖のあまり、瓦礫も手からこぼれ落ちてしまいました。

 

 ゆっくりとルーク(偽)の顔が降りてきます。このままではまた眠らされてしまいます。

 焦るプルルは何か手はないかと考えます。とにかく目を見てはいけません。目を瞑ってしまえばいいのでしょうが、それはそれで今度は何をされるのか見えない恐怖があって、どうしても瞑ることができません。

 ならば、とプルルは思いました。自分の目が瞑れないなら、相手の目を隠せばいいのですわ、と。しかしこの状況でそんな都合の良い物が都合良くあるわけ――


「じゃあね。恨むなら愚かな行動をした自分を恨んでね」

「――え、えーいままよ、ですわ!」


 むぎゅっ。


 そんな擬音が聞こえそうなほど勢いよく、プルルは近付いてくるルーク(偽)の後頭部に腕を回すと抱き寄せ、その豊満でぷるぷるなおっぱいで挟み込みました!


 ――なるほど! おっぱいで目隠しすれば良かったんですね!


 突然の事態に混乱状態に陥ったのか、おっぱいに挟まれたルーク(偽)が抜け出そうとじたばたもがきます。抜けられてなるものかとプルルはそれを無我夢中で抑え込みます。細腕とは思えないほどの馬鹿力です。これを抜けられてしまえば、聖剣を取り返すことができません。ルーク様の為に――そう思えば不思議と力が湧いてきました。


 とにかくこのまま押さえ込もうと、プルルはごろん、とルーク(偽)と体勢を入れ替えました。これまで無数にベッドの上でごろごろを繰り返してきたプルルにとって以下略。


 おっぱいの下敷きになったルーク(偽)はより一層もがきます。

 しかし、それも束の間。最後に一際大きく跳ねると、ぴくりとも動かなくなりました。


(あ、あら……?)


 いぶかしんだプルルが、恐る恐るおっぱいをどけると、そこには白目を剥いた、でもどことなく幸せそうな表情をしたルーク(偽)の顔がありました。そのまましばし観察してみますが、目を覚ます気配はありません。


(やっ、やりましたわ……!)


 怪我の功名。わざわいを転じて福となす。塞翁さいおうが馬。

 つまり、結果オーライ。

 何はともあれ、無力化に成功しました。 

 そのことを静かに喜んだプルルは身体を起こすとおっぱいを服の中に仕舞い、投げ捨てられた短剣を拾って両足首の縄を切りました。これでもう身体の自由を奪う物は何もありません。


 先程までルーク(偽)たちがいた場所には誰もいません。残りの三人も、ポインたちがうまく引き留めてくれているようです。そして、そこにはルークの聖剣がそのままに置かれていました。


 慌ててそこまで移動しようとしたプルルですが、思い止まります。今、残りのルーク(偽)に見つかってしまえば今までの苦労が水の泡です。

 そもそも先程の騒ぎで気付かれてしまったのでは、とプルルは不安になり、柱の陰からそっと、ポインたちの様子を窺います。


「――ククク、人間にしてはいいモノを持っているな」

「――ちょ、ちょっと! あんまり引っ張らないでよ!」


「――ふふ、そろそろ出るんじゃないですか?」

「――だからあたしは出ねーって言ってんじゃん!」


「――ふぉっふぉっふぉっ、これはどうぢゃ?」

「――こ、この人、ねちっこすぎます……!」


 そこには先程見たような下卑げびた顔をした三人のルーク(偽)が、夢中で極悪非道おっぱいもみもみの限りを尽くしていました。ポインもフワワもモチチも、みんな辛そうな顔をして必死に耐えています。


 もはや一刻の猶予もありません。自分が遅れれば遅れるほど、仲間たちが辛い目に遭うのです。プルルは柱から飛び出すと、できるだけ急いで、だけど静かに聖剣へと向かいました。

 崩れて一部しか残っていない石造りの壁に立て掛けられている、豪奢ごうしゃな鞘に納められた剣。近づけば近づく程存在感が増すその剣は間違いなく、ルークの聖剣でした。

 あとはこれを宿に持ち帰れば任務完了です。そして宿には己の武器である杖があります。杖さえあれば、魔法さえ使えれば、そんじょそこらの魔物なんてルークに助けてもらうまでもないのです。

 それまでの辛抱ですわ、みなさん――とプルルが聖剣を手に取ろうとさらに近付くと――


 パリンッ。


 ――派手な音を立てて何かが割れました。視線も意識も聖剣にしか向いていなかったせいで、足元に酒瓶が転がっていたことに気が付かず、蹴飛ばしてしまったのです。

 その音に驚いて反射的に肩をすくめておっぱいも揺らしたプルルが、しまったと思うものの、時既に遅し。


「――おい、誰だ!」


 あれだけ大きな音が立ってしまったのですから、バレてしまうのも当然です。ポインに馬乗りになっていたルーク(偽)が振り向いて声を荒げました。しかしその手は未だにポインのおっぱいを掴んだままなので、いまいち迫力に欠けます。


「貴方は……ふむ、どうやら私たちはまんまとハメられたようです」

「勇者の聖剣なぞ放って逃げればよかったものを……馬鹿な女よのぅ」


 次々にこちらへと振り返るルーク(偽)たち。その下になっておっぱいをあれこれされていたポインとフワワとモチチは、揃いも揃って(あちゃー)という顔をしています。


 プルルを再び捕らえようと立ち上がるルーク(偽)たち。杖がなく魔法を使えないこの状況で、三体の魔物を相手にすることはできません。聖剣ならありますが、プルルは剣を振るったことなどありませんでしたし、そもそも聖剣は認められた者でしか鞘から引き抜くこともできないのです。


 捕まってしまえば元の木阿弥です。ここは聖剣を持って逃げるしかない、とプルルは聖剣をおっぱいに挟み込むようにして抱き抱え、廃墟の出口へと駆け出そうとして、

 

「今さら聖剣を取り戻しても無駄だ。今頃勇者の奴は、魔王軍四天王が一人、我らがナイゴス様に殺されておるわ!」

「聖剣がない勇者は、ただの人間と聞きます。ただの人間が敵う相手ではありませんよ、ナイゴス様は」

「まぁ逃げるなら逃げるがよい。その間、お主の仲間たちがどんな目に遭うかはご想像にお任せするがのぅ、ふぉっふぉっふぉ」


 ルーク(偽)たちの言葉に、プルルは思わず足を止めてしまいました。自分たちがとらわれ、聖剣を奪われている間に、ルークにも魔の手が襲い掛かっていたのです。聖剣がなければ、ルークはただの青年なのです。強大な魔王軍四天王を相手にできるわけがありません。

 ならばこそ急いで聖剣を届けなければ、と思うのですが、眠らされてしまっていたので、ルークと別れてからどれほどの時間が経っているかわかりません。今から聖剣を持って向かっても、遅いかもしれないのです。そもそもどこにいるかもわかりません。それに、今ここで仲間を置いて行ってしまえば、仲間にどんな危険が及ぶかもわからないのです。


 勇者か仲間か。どうすればいいのかわからず、聖剣をおっぱいに挟んだまま、プルルは固まってしまいました。

 するとそんなプルルへ、


「私たちのことはいいから行って! ルークを助けてあげて!」

「あの勇者がそんな簡単にやられるわけないじゃん!」

「そうです! ルーク先輩を信じましょう!」


 その声に、プルルはハッとしました。そうです、たとえ聖剣がなくても、ルークがそう簡単にやられるはずがありません。だって、勇者なのですから。それに仲間たちだってきっと――。

 未だ囚われたままの仲間の声に背中を押され、プルルは力強く頷き返すと、意を決して廃墟の出口に向かい――しかし、突如そこから現れた人影に抱き留められました。


(まさか新手ですの!?)

 

 一瞬、絶望感を覚えて身を固くするプルルでしたが、何も起こりません。それどころかその腕の中は温かでした。まさか、と人影の正体を確かめるようにゆっくりと顔を上げたプルルは、そこにいた人物――ルークの顔を見た瞬間、視界が涙でぼやけました。


「――ば、バカな! 勇者だと!?」


 ルークがここに現れたことに驚愕しているのか、ルーク(偽)が目をきます。

 それを意に介さず、ルークはにこり、と爽やかにプルルへと微笑みかけました。


「ありがとう、聖剣を取り戻してくれて」

「い、いえ、あの、ルーク様……元はと言えばわたくしが――」

「大丈夫、プルルのせいじゃないよ」


 自分のせいなのだ、とプルルが謝ろうとするのを制したルークは、プルルがおっぱいに挟み込むようにして抱き抱えていた聖剣に手を伸ばしました。

 下がってて、と聖剣を手にしたルークは、プルルをその背に庇うように一歩前に進み出ます。

 その視線の先には、自分と同じ姿をした魔物たち。


「聖剣を持たぬ勇者なぞ、ただの人間ではなかったのか!?」

「ただの人間がナイゴス様を倒せるわけがありません……!」

「小僧! お主一体何をした!?」


 口々に叫び問い掛ける魔物たちに、珍しくその表情を怒りに染めるルークは剣を抜きつつ、冥土の土産に教えてやる、と口を開きました。


「ナイゴスが魔族のだったということが、お前たちの敗因だ」

「バカな! 女だろうと、ナイゴス様は凄腕のなのだぞ!」

「えぇ、使が、剣の腕を磨き努力で四天王まで上り詰めた凄いお方!」

「それを聖剣を持たぬお主が太刀打ちできるはずがなかろう!」


 信じられぬとルークの言葉を否定する魔物たちを、勇者はふん、と鼻で笑い、堂々と言い放ちました。


「僕にはもう一本、女剣士だからこそ使える聖剣があるんだよ!」


 その言葉通りに、もう一本の聖剣はそこにあると誇示するかのように、ルークのズボンは大きく盛り上がっていたのでした。

 それに気付く者は、誰もいませんでした。



 その後、本当の聖剣を取り戻したルークに、魔物たちがどうされたのかは……語るまでもないでしょう――。

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勇者とおっぱい。 高月麻澄 @takatsuki-masumi

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