第9話 ウタカタの地
あの日。
この土地から土地神さまの守は消えた。
土地神さまの守が消えた後、この土地には苦難が押し寄せた。
疫病がはやり苦痛にあえいで人は死んだ。
雨が降らず穀物が実らず飢えに苦しみ死んだ。
子供はふと目を離したすきにすぐに死んだ。
海におぼれて死んだ子がいた。
沼にはまって死んだ子がいた。
森の中へ入り込み迷子になって餓死して死んだ子がいた。
今まで子が死ななかったのも、すべて土地神さまが見守っていたからだった。
幸せを幸せと思わず、当たり前のものだと甘受していた土地の者は弱く、ばたばた死んでいった。
この土地は地獄だ。
誰かが言った。
それでも生きて行くにはどうにか立ち上がらねばならなかった。
食料を保存する術を覚え飢饉にそなえた。
ため池をつくり、雨がふらぬ日々が続いてもなんとか水を確保できるようにした。
七つまでは海の子と子に言い聞かせ危険な場所へ行かないよう、村の皆で目をくばらせねばならなかった。
人は人の手で生きていかねばならなかった。
せき止められて淀んでいた川の流れは、やがて本来の澄んだ色へと戻りゆく。
あの時兄の魂を隠し続けていた謎の長身の男は、あのままであったらこの土地はやがて体が死んでもなお魂が抜け出せず、生きながら死に続ける混沌とした場所になっていただろう、あいつはそれを捨て身でくい止めた阿呆だ、俺も骨折り損だった、と言うと、口やかましくしゃべる摩訶不思議な乗り物にまたがり空へと去っていった。
その様子を母は黙って見送っていた。
あれは誰なのかと聞くと、昔の友人よ、と母は言った。
男の正体はついぞ分からぬままであったが、分かったこともあった。
この土地は島という場所であった。
土地神さまの結界がなくなると、果てしなく続くと思われていた海の合間に同じような人が住む島が周りにいくつもあったことが判明したのだ。
ウタカタの地。
周りの島々からは遙か昔に消え失せた、あるのかどうか分からぬ土地だからと、そう呼ばれていたそうだ。
結界が破れここが島と判明したあと、対外面でも大いに苦労した。
領地争いに明け暮れる二つの大国の狭間で、周りの島々とともに自治権の獲得に至るまでは、それはそれは綱渡りの日々であった。
その後の激動の歴史の流れの中でも、この島はどうにかしがみつこうとしているように見えた。
土地神さまが宿ると言われた大石があった場所には、大量の砂だけが残るばかりであった。
それもやがては風に運ばれ風化し、今では何も残っていない。
兄は結局、彼に連れて行かれてしまった。
いや、一緒に連れ立っていった。
それが兄の選んだ道なのだからと思いはするけれど、あの少年が消える瞬間、最後に私に向けたあの勝ち誇った笑みは忘れようがなかった。
お前が守っていた時よりもこの土地を豊かにしてやる、というのが今の今でも私の原動力になって支えている。
週一で訪れるようになった定期船をみる度に、私は感慨深いものがこみあがるものだ。
今日、二人目の孫が生まれた。
クウと名付けられた新たにこの島に生まれた子は、母譲りの整った顔に兄のような真っ直ぐな瞳をもって生まれた。
どうも不思議な色の魂だなと思ったのは一瞬で、私に向けられた笑みに思わずほほえんだ。
カイにクウ。
二人とも良い名だと思う。
孫が大きくなった時には教えてやりたいことがある。
人はこの手を使い生きていくこと。
それが人として生きるということを。
ウタカタの地 ももも @momom-
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