第8話 水泡

 ――誰を呪い殺せば良い?


 そう告げる君の姿は、呪詛の影響で真っ黒に変わり果てていた。

 どうしてこうなってしまったのだろう、どこで間違えたのだろうかと後悔をするばかりで、どうにか君を励ましたいのに君の頬をなでられないほど体はもう限界を迎えていた。

 いつか出会ったあの日のような君にいてほしかった。

 ただ、笑って欲しかった。


 ――この土地の人間を守って欲しい


 あのままだとこの土地は呪われた地になり果てる。

 人のいない土地でひとりぼっちになった君を奴らに連れていかれ、死してなお離ればなれになると思った。

 そんなことになったら死んでも死にきれない。

 だから彼らのためにではなく、最後の最後に俺のためにそう願った。


 だが一緒にいたいと願った望みは呪いとなり。


 君を苦しみさせ続けた。



 斎庭の扉をあけると中には弟と君がいた。

 こちらを振り返った君の憎しみに満ちた目に、俺の中にいる無数の泡がたじろいだ。


 ――大丈夫だ


 呼吸をおいて、かつて食われた彼らに言い聞かせる。

 彼自信が望んでああなったわけではない。

 人々の呪詛が俺の呪いが彼をあのように変質させてしまっただけで、本当は口が悪くてすぐに人をおちょくってくる、少し不思議な力を使えただけの精霊だったのだと。


「――!」


 かつて俺が名付けた名を呼ぶと君は大きく目を見開いた。


「それ……僕の、名前……?」


「ああ。君を置いてけぼりにした薄情者が、あの日君に出会った時に勝手につけた名前だ。許してくれるなら、何度だって呼ぼう」


「ああ、本当に君なんだね。その瞳は、その顔は! ようやく会えたよ! 君にずっと会いたかったんだ!」


 喜び方を忘れたようにゆがんだ笑みを君は浮かべた。

 身の力以上の力を奮い続けていた君は存在が壊れかけ、俺の魂もまた弾けかけていた。

 お互いボロボロの酷い有様でどうしようもなくなっていた。


「ずっと会えなくてごめんな。君がそんな風になるまで頑張ってくれたのに。まぁ、さすがに土人形にいれられるとは思いもよらなかったけど」


「……あれは僕も失敗したって思っているよ」


 軽口をたたくとすぐにいじけてすねる姿はありし日の君であった。


「僕、この土地をずっと守り続けてきたんだよ。そう約束したから。約束を守り続けていれば君と一緒にいられるっていったから!」


「ありがとう。今まで俺のわがままを聞いてくれて」


「良いんだ。君が言うなら、これからもずっと続けてあげる。たとえ僕が壊れてしまっても」


 手を広げると、腕の中に彼は飛び込んできた。

 俺が成長しても、君はいつまでも変わらなかった。

 君の身長を俺が追い越したときの不貞腐れる君の態度に笑った時もあった。

 君のショックはようやく実った土地中の稲穂をすべて枯れさせてしまうほどで、大騒動になったものだ

 けれど、だんだんと離れる身長は、いつしか俺が君を置いていくことを暗に意味していて恐ろしさに変わった。

 だからこそ今、身をかがまずにこうして抱きしめられることがなにより嬉しかった。


「今なら僕の方が身長高いね」


「あの時笑ったこと、まだ根に持ってるのか?」


「当然。二度と忘れてやるもんか。今度僕の身長を抜かしたら、稲穂どころか草木一つ生えなくなりそうだ。このまま君には成長しないでいて欲しいよ」 

「俺もそれ、いいなと思うよ」


 提案に乗ると、彼は驚いた顔をした。


「……いいの?」


「ああ、だから一緒にいこう」


「うん」


 二人ででこをくっつけ笑いあう。

 俺は君の背中にまわした右手をそっと離し。

 ポケットに入っていた、てっぽうというものを君の背中にあてた。


 ――ここにある引き金をひけば良い。


 男のいった通り指を動かす。


 空気をきりさく音とともに体に衝撃が走った。


 中に籠められていた弾が体を貫通する。





 泡が弾け散る音がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る