きぐるみだらけの幸福追求都市シティ

ちびまるフォイ

ユーハブアハッピーライフ!

「おはようございます。ではこちらを着てください」


「このきぐるみは?」


「この街の住人は全員きぐるみを着なくちゃいけないんです。

 これを着ているかぎりあなたは幸福ですよ」


「はぁ……」


きぐるみに袖を通すと中は想像以上にハイテクだった。

心拍数から脳波まですべてがきぐるみ内部でモニターされている。


『あなたは幸福ですか?』


「わっ! きぐるみがしゃべった!」

「大丈夫ですよ。答えてみてください」


『あなたは幸福ですか?』


「いえ、幸福じゃありません」


『なぜですか?』


「それは……全然いい暮らしができてないので……うお!?」


まだすべて言い切らないうちにきぐるみが動き出した。

きぐるみは驚くべき早さであれよあれよとお金を稼ぎ出した。


気がつけば狭いアパート暮らしだったはずが、

高級タワーマンションの最上階で下民を見下ろすほどの財産になった。


「す、すごい! このきぐるみって勝手に夢を叶えてくれるんですね!」


「気に入っていただけましたか。

 この街ではすべての人間の幸福が義務化されています。

 ですから、このきぐるみで毎日幸福を追求するのです」


『あなたは幸福ですか?』


きぐるみは次の司令を待つようにまたコメントを求めていた。

その翌日、早くきぐるみが着たくて早起きすると、昨日とは別のきぐるみが届いていた。


着てみると同じように問いかけられた。


『あなたは幸福ですか?』


「いえ、幸福じゃありません」


『なぜですか?』


「そうだなぁ、それは天気を自由に操れないからです。

 俺が自分で好きなように天気を操れたら幸福です!」


『……』


「あ、あれ?」


『きぐるみ容量オーバーです。

 このきぐるみにあった幸福追求をしてください』


「なにそれ!?」


すぐにこの街のヘルプセンターに電話した。


「なんでも幸福を追求してくれるって聞いていたのに

 できないこともあるじゃないですか!」


「当然でしょう。それに常に最高位の幸福は実現しません」


「なんで!」


「幸福を失わないためですよ。

 毎日どんな願いも叶えられるようなきぐるみを手に入れたら

 それこそあっという間に幸福がなくなってしまうでしょう」


「それの何が悪いんですか」

「幸福の追求を失った人間は生きる屍です」


「もういいです!」


たまらず電話を切ってしまった。

幸福が確実に得られるからとこの街に越してきたというのに。


毎日届くきぐるみに「実現できる幸福」のばらつきがあるなんて聞いてなかった。

俺は最速で最大級の幸福を叶えたい。


『あなたは幸福ですか?』


「幸福じゃないですよ!」


『なぜですか?』


「お前ができる幸福に上限があるからだよ!

 ちくしょう、昨日みたいな超高性能のアタリきぐるみだったらよかったのに」


『どうすれば幸福を叶えられますか?』


「そんなこと……いや待てよ?」


このきぐるみでもそれくらいならできるのかもしれない。

俺は思いついたアイデアはきぐるみに伝えた。


「俺は幸福じゃない。それはきぐるみが選べないからだ」


『きぐるみを選べるようになれば幸福になりますか?』


「もちろん!」


するときぐるみは自動的に動き出した。

もはや自分の体ですら何を行っているか専門的すぎてわからない。


『完了しました。これであなたは好きなきぐるみを選ぶことができます』


「おおすげぇ! やればできるじゃん!」


『あなたは幸福ですか?』


「前よりはな。でもまだまだ幸福じゃない」


翌日、俺が指定した通りのきぐるみが届いた。

昨日のハッキングは大いに成功したらしい。


「やった! これでいくらでも幸福が得られるぞ!」


『あなたは幸福ですか?』


「いや、ぜんっぜん幸福じゃないね!」


『どうしてですか?』

「天気を操作できないからさ!」


『では幸福を追求いたします』


今度の高性能きぐるみの力で天気を操作する装置を開発すると

その全責任を自分として好きなように操作できるようになった。


「すごい! やっぱり高性能きぐるみだとできることが違う!」


『これで幸福ですか?』

「いいや、まだまだ!」


『どうして幸福じゃないんですか?』


「俺はまだ彼女がいないから幸福じゃない!

 キレイでかわいい彼女がいれば幸福に近づく!」


きぐるみは動き出した。

どんなにあやふやで答えがいくつもありそうな幸福でも

宿主の好みなどを読み取って自動で動いてくれる。


『彼女ができました。これで幸福ですか?』


「いいや、これしきのことじゃ幸福にはならない」


『なぜですか』


「俺が誰にも注目されていないからさ。

 俺はもっと人の中心に立つべき人物なのに注目されていない。

 これのせいでまったく幸福じゃないね」


『有名になれば幸福になれますか?』

「ひたたく言えばそうだな」


きぐるみはなおも幸福の追求をやめなかった。

今日で終わったとしても次の日にもアタリのきぐるみを選択できる。


毎日好きなだけ叶えられそうな大掛かりな幸福を求め続けた。


そんな日々が続くとあっという間に幸福のネタがなくなってくる。


『あなたは幸福ですか?』


「いや、幸福じゃないよ」


『なぜですか?』


「それは……うーん、そうだなぁ……」


『答えられないということは、幸福ということですか』


「ちがうって! 今、考えている途中なんだよ!

 えっと、そうだ。ペットにハリモグラがほしいから幸福じゃない!」


苦し紛れにペットの話を出すほどに幸福の限界が来ていた。

もし幸福が満たされればこの街にいられなくなってしまう。


「ど、どうしよう……」


きぐるみはあっという間にペットを準備してしまう。

次の命令を待つようにきぐるみが声をかける。


『あなたは幸福ですか?』


「いや、もちろん幸福じゃない」


『なぜですか?』


「えーーっと……その……」


『答えられませんか?』


「ちがうんだ。幸福じゃないけど……けど……」


『幸福ですか?』


「こ、幸福じゃない! なぜなら――きぐるみを着ているからだ!」


『意味がわかりません』


「俺はきぐるみの力なんか借りずに幸福を追求したい。

 自分の力で獲得した幸福にこそ本当の勝ちがあるんだ!」


『わかりました。きぐるみをパージします』


きぐるみが自動的に脱げた。

生身の体で外に出るのは久しぶりで心地いい。


「ああ、金も地位も名声も愛情もなにもかもある。

 そしてもうきぐるみにしばられることもない! 自由も手に入れた! 俺は幸福だ!」


きぐるみを離れてしがらみから解き放たれた。

これからは自分の好きなように、好きなだけ幸福を探すことができる。


自分で選択できるということが何よりも幸福なんだ。



 ・

 ・

 ・


数日後、俺はふたたび脱いだはずのきぐるみをまた着ることになった。

そのことを話すと友人は驚いていた。


「どうしてまたきぐるみに戻ったんだよ。せっかく自由になれたんだろ?」


「それが……きぐるみから『幸福ですか』と聞かれなくなったら

 自分が今幸福なのかどうかわからなくなったんだ」


「え」


「きぐるみを脱いだら何もほしくなかったんだ。

 でも今が幸福だという自信もない。

 幸福がわからない怖さを感じるくらいなら、ずっと聞かれる方がいい」


「だよな。尋ねられないと幸福なんてわからないよな」


話す2人の顔はどちらも底なしの幸福を求めて幸せそうだった。



『あなたは幸福ですか?』

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