≪VS新聞部①≫ 【SIDE♂】

 17年とちょっとしか生きていない俺だが、それでも生きる為の哲学のようなものは持ち合わせている。君子危うきに近寄らず、急がば回れ、三十六計逃げるにしかず。縦深戦術、四面楚歌、九死に一生、命あっての物種うんぬん…。

 そして、決定的な決断力こそが人生の明暗を分ける。緊急時には、決して行動を躊躇ってはいけない。斬られる前に斬れ。撃たれる前に撃て。さすれば道は拓ける。後悔などは生き延びてからすればよい。


 例えば、新聞部の悪しきジャーナリズムの魔の手から逃げる時もしかり。


 まず、勝利条件は取材を1日遅らせる事。

 例え今日を生き延びたとして、学校に通う以上いずれ新聞部の取材に対して答えねばならないのは逃れられない運命だ。それは逃れられない。

 だが、たった1日でいい。ハルと対策を練って望めば、いかな新聞部とは言え望んでいる半分しか情報を得られないはずだ。そうすれば飽きっぽい部長の事だ。別の取材対象を探すだろう。


 俺の立てたプランはこうだ。


 1・まず、6限目のチャイムが鳴る。

 2・全力でエスケープする。

 3・冷えた麦茶でも飲みながら家で事態の収束を待つ


 以上、完璧だ。


 俺はキミちゃん先生の現代文の授業を聞いているふりをしながら、俺は大学ノートに雑に書いた校門までの逃走経路を見ながら、何度も頭の中で自由への道のりをシュミレートしていた。



 ●〇●



「水の入った薬缶が飛ばないとも限らないなら、あたしンちのビールもそのうち飛んでってどこぞの酔っ払いにアルコールを注いでたりしたりな。ハハハハハ。じゃあ、そろそろ時間だな。ちょっと早いけど終わってホームルームするか」


 この人は本当に現代文の教師なんだろうか。 キミちゃん先生の脳みそは酒粕で出来ているのかもしれない。

 ともかく、授業終了の流れで早めにHRに入ってくれる事はありがたい。この状況なら、よもやチャイムと同時に駆け出すバカは俺以外にいないだろうし、ホームルームの途中であるなら、普通は誰も外には出れない。追っては新聞部の女忍者、九条忍が予想されるが少なくともスタートダッシュである程度引き離せるはずである。


 キーンコーンカーンコーンンンン…


 待ちに待った終業のチャイムが鳴る。


 チャイムと同時に俺は椅子も机も倒すような勢いで教室から廊下へと飛び出した。

 恐らく他のクラスメイトが何事かと騒めいているだろうが、そんな事は気にしていられない。廊下にはまだ他のクラスの人間も少なく、障害は少ない。


「九条君!!」


「御意!」


 後にした教室から部長の号令がしたと思ったら、赤いスカーフと風に揺れるスカートをはためかせて、音もなく深緑の影が飛び出してきた。

 新聞部のくノ一少女、九条忍だ。


「アマハルッ! 新聞部から逃げられるとでも思ったか!?」


 恐ろしい事に九条は獲物を一切足音を立てずに走るという妖怪じみた技を身に着けている。伊達に自分を忍者の末裔だとは思っていないようだ。小型の肉食獣のように、獲物が気づかぬうちに喉元に食らいつくような凄みがある。


「この雌イタチがッ!! 足の速さだけで何でも解決できると思うなよ!!」


 まさかお前クジョウ相手に無策であるとは思うまいな?

 侮ってもらっては困るんだぜ!


「こいつをくらえ!!」


 俺は走りながら、懐から取り出したモノを廊下にぶちまけた!それは冷たいタイルの床に一気に広がり、あっという間に白い水たまりを作り上げた。


「ぬうっ!?」


 仕掛けの成果を見届ける為に、俺はチラリと後ろを見やった。

 九条は俺が廊下にぶちまけた飲むヨーグルトに足を取られ、尻もちをついてすっころんだ。

 乱れたスカートの中で、履いていた黒いスパッツに白濁したヨーグルトが染み込みはじめているようで、顔をしかめている。何事かと廊下に出て来た他のクラスの男子などは露骨に九条の股間を見つめていた。


「はーっはっはっはっは!! さらばだ女忍者!!足が速すぎたのが命取りだったな!!とっとと家に帰ってヨーグルトで濡れたパンツを乾かすんだな!!」


「おのれええええええ!!! 許さんぞアマハル!!」


 怨念の籠った九条の声に、俺は勝利を確信した。いかな九条とは言え中身はただの女の子だ。汚れたおパンツが気になって仕方ないはず。なんだって年頃の女の子だからな!股間に飲むヨーグルトがしみているなんてキモチワルイに違いない!!


「九条流忍術、縛導鎖!!」


 九条が何か叫ぶ声が聞こえたかと思った瞬間、俺はもんどりうって顔面から冷たい廊下の床に倒れ込んだ。


 「ハンブラビバっ!!!」


 鼻をしたたか打ち付けた。鼻から血が出ている。何故なら鼻をしたたかに打ち付けたからだ。


 「いったい、何事…」


 状況を分析するに、どうやらクジョウは逃走する俺の足に向かって何やらボーラのようなものを投げつけたようだ。

 ボーラとは、紐や縄の両端に石や鉄球などの重りを取り付けた武器で、獲物に向かって投げつけると、遠心力で紐を絡ませて瞬間的に動きを封じることができる。

 そのボーラのようなものが俺の足に巻き付いている。動けないし、転んだショックで立ち上がれない。ついでに鼻に血がたまって息苦しい。


「血が…、鼻から血が…、息ができねえ…」


 実際はちょっとできてるが、鼻の骨が折れたかもしれない。


「さて、アマハル。言い残す言葉はそれだけか」


 見ると、顔をひきつらせたクジョウが俺を見下ろして腕を組んでいた。スカートとスパッツが白いヨーグルトで汚れている。あえて多少粘度のあるタイプを買って正解だった。


「は…、早く洗ったほうがいいぞ。石野に見つかったら今晩のオカ

 …」


「誰のせいだと思っている!!」


 九条の右足から大地を穿つような強烈なストンピングが俺の鳩尾に抉りこまれた。

 そこで俺の記憶は途切れたのだった…。


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俺(♂)の部屋に俺(♀)がいる。 キガ・ク・ルッテール @kigakututteiru

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