≪トイレには魔物が潜む≫【SIDE♀】
池袋のセクハラを抜け出す時に怒鳴ってしまったせいか、クラスメイトの俺を見る目に若干変わったような気がしている。教室に新しく加わった新顔に対して、どう接すればいいのかようやく迷い始めているのだろう。
昼休憩になり、昼飯はどうしようかと悩む。
なんとなくだが、1班のフニコや阿天と3班の竜崎や九亞がこっちを見て俺を弁当に誘をうか迷っている気配がする。なんとなくそれが面倒に感じ、俺は誰かに声を掛けられる前にそそくさと教室を出る事にした。今のうちに学食に行けば、静かに一人飯を味わえるだろう。
教室を出る時、石野と話しているアマハルと一瞬目が合った。
余談だが、石野は学園一の変態と噂されている男だが、シンセサイザーで電子音楽を作らせたらプロ顔負けで、映画研究会と共に教室でセーラー服を着て踊る美少年が教室でマシンガンをぶっ放しクラスを滅茶苦茶にする映像のBGMを作り動画投稿サイトでバズらせた。(その後プールで変態水着を着たまま音楽に合わせシンクロする動画を投稿し厳重注意を受けた)
まあ男だった時はなんだかんだ言って面白くて結構仲良くしていたが、今の俺にとっては関わりたくない相手だ。何しろ毎日寝起きと寝る前に必ず抜いてるらしい。
何を抜くって?ナニをだよ。
俺はもうできないけどな。
〇●〇
500円。
それがアマハルから渡された俺の食費だ。
家の経済事情を考えたら仕方ない金額だが、それにしても寂しいものである。
せめてあと100円あれば紙パックのレモンティーを確保しつつカツカレーうどん定食を注文できたのに、残念の極である。
もっとも、女になった今、そこまでボリューミーな物が食べられるかはわからないが。
俺もバイトを始める必要がありそうだな。ただ、そうなると家賃据え置きで収入は2倍か。食費や生活費も2倍になるけどお釣りが来るな。なんなら弁当をアマハルと俺で交代で作って食費を節約してもいいかもしれん。自分が二人いるとできる事も増えるのかもしれない。
ともかく、今は500円しかないので仕方なくコロッケうどん定食の食券を買い、無料の麦茶と一緒にお盆に載せて食堂のはじっこの空いてる席についた。
コロッケうどん定食はその名の通り、うどんにコロッケが乗っかったものに、白米と漬物とポテトサラダがついているという、炭水化物に偏ったメニューだ。
コロッケもポテトサラダもジャガイモの甘みがギュッと詰まって美味しいのだが、コロッケとポテトサラダでジャガイモを被らせている事に食堂のおばちゃんたちは疑問を抱かないのであろうか?
美味しいからいいけど。
「あのさ、一緒に、いいかな?」
コロッケうどんの油がジワリと溶けだしたうどん
「ああ、これ、カツカレーうどん定食って言って、うちの学校の学食で男子に一番の人気メニューなんだ。あたしはけっこう大食いだから、こんくらいがちょうどいいんだ」
瀧さんは、聞いてもないのに献立の解説を聞かせて来た。
いや、知ってますよ瀧さん。それ、俺の食べたかったやつですから。
美味しいんですよね、それ。カレーうどんの味は家庭的なのにスパイスが効いてるし、カツもミルフィーユカツだけど甘みのある良い豚肉つかってて。
「あ、ごめんね。勝手に座って勝手に喋って」
「大丈夫ですよ」
俺はなんとなく照れくさくて素っ気なく答えてしまった。
実は、俺は瀧さんとあまり話した事がない。軽音楽部でギターもボーカルもできるし、女子にしては背が高めで黒髪のショートが良く似合う、カワイイというよりカッコいい美人で、結構おっちょこちょいで間が抜けているという事を部長から聞いたことがあるくらいだ。
「あ、あのさ。音楽とか?好きかな?」
「特別好きな音楽はないです。食べないんですか?」
「あ、そうだね。食べなきゃ」
アツアツのうどんを啜って瀧さんは「アチチ」と声を漏らした。
「アハハ、私、猫舌だったんだ」
そう言うと、うどんをフーフーし始めている。美人の瀧さんがそういう間の抜けた動作をしているとちょっとカワイイ。
「瀧さんは、ご飯一人なんですか?」
「んあ?ミオと浩子って子と食べる事もあるけど、一人の時も多いな。ミオは結構一人でどっか行くし、浩子は昼飯食べない日が多いし」
そうだったのか。はじめて知った。やはり、女子になってわかるクラスメイトの交友関係もあるんだな。
「そうそう、私たちさ。うちのクラスの2班の連中で、軽音部やってるんだ。それで音楽とか好きかなって…」
「嫌いじゃないですけど、自分でやるには…」
「そっか…、そうだよね」
瀧さんはちょっと残念そうな顔をするとようやくうどんに口をつけ始めた。ちょっと食べて、またフーフーを始める。
瀧さんと話しているうちに、俺はコロッケうどんもポテトサラダも白米も食べ終わってしまい、少しトイレに行きたくなってきた。
行けるうちにトイレに行くのは大事な事だ。
「先に失礼しますね」
「あ、ああ。ごめんね、急に」
「大丈夫です」
自分自身、そんなつもりはないのに言葉が素っ気なくなってしまっているのが少し嫌な感じだ。
もっと気軽に話せるはずなのに、なんというかどんなテンションで喋ったらいいのかがわからないのだ。
もともとが、人と仲良くなるのに時間がかかるのに女になった今、どうしていいのかわからない。誰とでもすぐ仲良くなれる阿天や九亞、物怖じしない池袋が羨ましい。
「あたしもさ、転校生だったから。なんとなくね」
そう言えば瀧さん、転校生だったっけ。多分、俺がクラスに馴染めるか心配してくれたのかもしんないな。いい人なんだな。
「もしよかったら、仲良くしてよ。気が向いた時にさ」
「……ありがとうございます」
瀧さんは、フーフーを続けている。
せっかく違う自分になったんだから、今まで特別仲良くしてなかったクラスの女子と仲良くするのもいいかもしれないな。
もし俺が男だってバレたらそれも難しいだろうけど…
〇●〇
女になってから、慣れない事は多いのだけど、この瞬間は未だに少し苦手意識がある。
それは人間として…、いや生き物として生きるには避けられない事なのだが女になってからはコツが掴めず内心少しストレスさえ感じている。
なにかというと、トイレだ。
一応、水のほうとだけは言っておく。
今俺は白い壁に囲まれて、白い便座に座っている。パンツを降ろして。
何がストレスかと言うと、女になって初めて知ったのだが理屈はわからないがたまに小水の軌道が安定せず、尻のほうにつたってくる時があって気持ち悪いのだ。
女性のトイレシーンを見た事がないので何とも言えないのだが、エロ漫画でたまに見るイメージだとなんとなく座った姿勢から放射線を描いて出ていくもんだと思っていた。
しかし、放射線を描きつつも完全な線にはならずぷっくりした部分にビタビタ垂れたりもするので驚いた。
他の女子もこうなのだろうか?
これが和式だったらもっとヒドイ事になりそうなので、学校のトイレが全て洋式なのはまだ良かったのだが、初めて女子トイレに入ったドキドキと不安感でスムーズに小水が出ない。
隣の個室から『シィー』と排尿の音が聞こえてきて、薄い壁一枚向こうで女子の誰かがおしっこしていると思うと、むしろおっかない。
身体は完全に女なのだが、なんだかとってもいけない事をしている気分になってしまう。
もし今なんかの力で急に男に戻ったら俺はどうなるのだろう。
「………ん」
少し時間がかかって、男の時とは違う『シュー』と言う噴水音が股間から流れ始めた。
股間の肉から尻のほうに液体が伝う感覚がする。やはり未だに慣れない。
尻の接地面を微妙にを揺らしてみたが、特に効果はなく憂鬱な気分になる。
これって臭いとかつかないのだろうか。
チョポチョポ…チョポ…
全て出し切ったようで、俺は畳んだトイレットペーパーを股間の肉に当て、指で擦るようにして拭いた。
これもまだ慣れなくて、ちゃんと拭いたつもりなのにシャワーを浴びる時に紙のカスが微妙に張り付いているのに気が付いて嫌な気持ちになるのだ。
割れ目だけでなく、濡れてしまった尻も念入りに拭く。
おろしたパンツを履きなおすのだが、尻にキュッと閉まる感覚が逆に臭いや湿りが移らないか不安になってしまう。
もしクラスで「なんかあの子おしっこ臭くない?」とか言われたらどうしよう。
今のところアマハルに臭いを指摘されたことはないから問題ないとは思うのだが…。
キィ…
個室から出た。
女になってから、肩は重いしすぐ疲れるしトイレは今までと勝手が違うしロクな事がない。俺は一時期不登校だったんだ。ストレスには弱いのに…。
手を洗おうと洗面所のほうを見ると、玖珂さんが手を洗っている最中だった。脇にハンカチを挟んでいる。ああ、女子ってそういうふうにするんだ。人にもよるんだろうけど。
玖珂さんはクラスの中でも無口なほうで、あまり人と喋っている所を見た事がない。スタイルも綺麗で、背中までストレートに伸ばしたキューティクルな黒髪が艶やかで、ミステリアスな魅力から男子人気は高い。
あまり人と喋らないのに加え、冷たく見えてしまう猫目のせいもあって近づきにくい雰囲気に包まれているので、なかなか男子がアプローチしている場面は見られない。
女子とさえもあまり話さないので、俺は別に声をかけるような事もせず隣の洗面台で手を流した。
本当は、雪山で遭難した話の深層とかインドのスラム街で迷子になった時の事とかすげえ聞いてみたいのだが。
「…………神さん」
「えっ」
正直ビックリした。
手を洗い終わった玖珂さんに、話しかけられた。
空が響くような、透き通る綺麗な声だ。
そう言えば、この人はこんな声だったんだ。
というよりも、人とあまり話さない玖珂さんがどうして俺に?
「気を付けたほうが良い」
「なんで」
「わからない。けど、気を付けたほうが良い」
そう言えば、玖珂さんは死ぬ人がわかるとか噂されている。
つーか、え、俺、死ぬの?
もっとも、玖珂さんが本当に人の死を当てた事がないから噂に過ぎないとは思うが…。
「え、俺、死ぬの?」
ついつい素の反応で聞いてしまった。
「わからない。多分大丈夫。けど、一応」
玖珂さんの瞳にはほんのわずかに山吹色の冷たさが虹彩に混じっていて、その瞳孔は時間を吸い込んでいるような気がした。
「ハンカチ、持ったほうが良いよ」
それだけ言うと、玖珂さんは背を向けてトイレから出ていった。
蛇口の締め方が中途半端なところがあったのか、水滴が弾ける音が聞こえた。
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