≪トイレには魔物が潜む≫【SIDE♂】
ハルが池袋のセクシャルハラスメントを受けていた一部始終を見ていた俺は、早速素の部分が出てき始めた自分の分身を見て内心穏やかではなかった。
当然、ハルが女体化して分裂した俺だという事は誰にも話すつもりはないが、もしかすると言葉遣いや仕草でハルの中身が俺だという事がバレてしまうのではないだろうか?
そんな超常現象を「はいそうですか」と信じる奴はそういないと思いたいが、御堂島など妙に勘の鋭い奴もいるし、新聞部に本気で追及されたら可能性はゼロじゃない。
もし、俺たちの秘密がバレたらどうなるだろうか?
クラスに超能力者疑惑のギャルやペン一本で熊を撃退した女がいるビックリ人間の集団だから意外と受け入れられそうな気もする。
いっそのこと、早めにカミングアウトしてしまうのも一つの手段かもしれないな。
いや、それでもハルの身になって考えたらそれは避けてやりたいと思う。
俺は男だからせいぜい周囲の男連中にからかわれたり、女子に白い眼で見られたりする程度で済むだろうが、女になってしまったハルは、男子からは今までと違った目で見られ、女からは一部を除いて避けられてしまうかもしれない。なにしろ、これからハルは体育の着替えも身体測定も修学旅行の入浴も女子連中と一緒にするのだ。(内心、そうとう羨ましいが…)
それにクラスの連中はある程度反応が想像できるが、クラスメイト以外の連中に関してはどうなるか想像もつかない。エッチな漫画だと女体化がバレた主人公はだいたいドロドロのアヘアヘにされるのが相場だ。
それはエロ漫画の世界として、もしこの事が学校の中だけじゃなく外部の人間にバレたらどうなる?まずツイッターやYouTubeなんかでハルの盗撮動画や根も葉もないデマがネットの世界を駆けまわり、そのうちネタに困ったマスメディアが俺たちのアパートや実家に取材に来るようになり、更には俺たちの身体に起きた異変を調べようと研究者達が俺たちの周囲を嗅ぎまわるようになるだろう。
そして最後には黒服の連中にある日突然拉致され、気が付いた時には手術台の上に俺たちは拘束され、研究の為ならどんな非人道的な行為も厭わない(なんとなく白玉を想像した)暗黒サイエンティスト達によくわからない実験器具を身体のいたるところに取り付けられ、逃げられないように手足を切断されて、実験動物として死ぬまで拷問に近い人体実験を受け、最後にはあまりの苦痛と恐怖と絶望と度重なる薬物投与で完全に人格を破壊されて…
って、いくらなんでもそんなわけはないか。
あまりにもオーバーなバッドエンドを想像してしまったが、なんにせよ俺たちの事は死ぬまで限られた人間だけの秘密にしておくのが良いだろう。
ちなみに、天境学園では席順は基本的に学校側から全て指定されている。中学時代はくじ引きによって決まるのが基本だったので入学当初は抵抗感もあったが、考えてみればなかなか天境の先生方がなかなかしっかり仕事をしているのが解る。
例えばだが、英知や菜桐などの学業面での成績が期待できる生徒や背の小さいフニコは黒板が見やすい位置に席があるし、逆に三橋や池袋など学習態度に問題がありそうな生徒も教師の目が届きやすい位置に配置されている。
他にも、石野や北河など席を近づけるとロクな事にならなそうな生徒や竜崎と岡田など相性の悪そうな生徒も遠ざけたり、逆に御堂島など孤立してしまいそうなキャラの生徒は中の良い九亞と近づけたりしクラスにトラブルが起こりにくくしている。
ちなみに俺は廊下側の後ろから2番目の席だが、ハルは転校してきたので窓際の一番後ろに新しく席が作られたので、実は今日登校してから一度も会話していない。
だが、そもそも昨日の夜二人で「あまり二人で話過ぎると周囲の好奇心を無駄に買うから学校では基本的にお互い干渉しないようにしよう」と打ち合わせていたのでかえって好都合ではあった。
とは言え、今日の放課後、新聞部の取材をいかにしてやりすごすかを一度打ち合わせたくはある。
はてさて、いったいどうしたものだろう。
●〇●
4時間目の授業も終わり、昼休憩の時間になった。
昼食は、学食を利用する者、弁当を用意しているもの、近所のコンビニへ向かう者など三者三様だ。
ちなみに俺はサンドウィッチを買ってある。昼飯は手軽に済ますのが俺のスタイルだ。
ハルはどうかと言うと、学食に行ったらしい。朝、食費として500円渡してある。なんとなくだが、教室にいたくなかったのだろう。
しかし、単純に考えて食費が2倍になるのだから今後は家計の事も考えなければならないな。ハルにも何かしらバイトさせるとして、なんなら弁当も作らせられないだろうか?
これは男女差別ではない。何故なら中身は男だからだ。
もしハルに弁当を作らせる事を女性差別とするなら、男女同権論者は外見的な特徴で権利を分別して考えている差別論者という事になる。
そう言えば過去に朝倉が性差別をテーマにアタック新聞で社会欄を書いて、ウーマンリ部から苛烈な批判を受けて翌週に謝罪文を掲載していたな。
(余談だがウーマンリ部はフェミニズムを提唱する女子生徒の集まりで、一時英知さんが在籍していた。今年の3月に、新聞部によって不祥事を掴まれ廃部に追い込まれた。その話は、またいつか。)
閑話休題。
「なあ、アマハル。遥さん、従妹なんだってな。羨ましい。従妹って結婚もできるんだろ?羨ましい。もしかして子供の頃、一緒に風呂とか入ってたのか?羨ましい。もしかして今もたまに一緒に入ってるのか?羨ましい」
俺がサンドウィッチを齧っていると、石野が『羨ましい』という表情で話しかけてきた。
こいつはヤマネコ組きっての変態で、夏休みの間に学校のプールに忍び込み、布面積が極限状態のメランパンツを身に着けテクノミュージックに合わせシンクロをしている自分の動画を撮影しYouTubeに投稿して厳重注意、映画部の男子と共謀して視聴覚室でAVの上映会を行い厳重注意、果ては平和学習の一環で教育委員会関係の偉い人が全校集会で真面目なスピーチをしている時に校長室に忍び込みAVを見ていた事がバレてついに停学処分を受けたという生粋の変態だ。
その割には、電子音楽を奏でさせればプロも狙えるレベルなので意外と嫌われていない。
「そんなわけねーだろ。未成年の癖にエロゲのやりすぎだ」
「マジかよもったいねーな、今時エロゲでも従妹ルートなんて絶滅危惧種なのに。今からでも遅くないから紡ごうぜ、お前だけの従妹ENDを」
「バカ言ってんじゃねーよ、トイレ行ってくるからどっか別のところで妄想膨らませてろ」
「おっ?
「うるせー死ね」
こいつの相手をしていると俺も変態ワールドに引き込まれそうというのもあるが、単純に催してきたので俺は教室を後にした。
●〇●
「ウフフフフフ…!面白くなってきましたねえ!!ええ面白い!面白おおおおおいい!!」
俺がまさに膀胱の消火活動をしている時だった。隣の小便器に並んだ白玉國郎が同じくホースを伸ばしながら話しかけてきたのは。というか、話しかけられてるんだよな?
白玉は奇人変人レベルで言えば我が校でもブッチギリで、金色とピンクに染めた頭髪に滝廉太郎みたいな丸眼鏡に赤いカラーコンタクトという常識人にあるまじき首から上だけに留まらず、下はどこかの大佐みたいに真っ赤に染めた制服だ。おめーは3倍速にでもなりたいのか。
できればお近づきになりたくない人物の代表格である。
その白玉があろうことか話しかけてきた。小便をしている最中に。
逃げられない。なぜなら小便をしている最中だから。
よりによってこんなタイミングで話しかけてくるか普通?やはりイカれた奴だ。
「ねえアマハル君。あなた、未来の事に興味はなくて?」
「おかまみたいな喋り方をするんじゃない。というかこっち見んな」
男ならわかると思うが、便所で並んで会話する事もなくはないが、その時は基本正面を向いたままだ。下手をすると見たくないものが目に入るからな。
「未来!!輝かしい未来!そして、絶望の未来!!いずれにせよ未来はあなたの、我々の手の中である!しかして本当にそうだろうか!?未来は全て決定されている?それとも、未来は自分の手でつくるもの?どうです?アマハル君!あなたの未来はあなたの今と繋がっているのですか???」
「あ~~~~、はいはい。発狂すんな。発狂すんな。未来なんて、興味ねーよ。今を頑張るのでせいいっぱいだ」
俺は膀胱に溜まった小水を小便器に出し切ると、小刻みに腰を上下に動かし余分な雫を飛ばした。
ともかく、こいつの発狂に付き合ってもいいことなどない。とっとと出ていくに限る。
「くふふふふふふ………、未来。私たちの未来は」
白玉は、奇妙に左右に揺れながら
「ハルカさん、気を付けてくださいね。アマハル君も」
「なに?」
白玉がスラックスのジッパーをあげながら、先ほどとは一転して静かな声で言った。その声は、静まり返った便所の、水が流れていく音の中で暗く響いた。
「私にはあなた達の未来が見えない。それだけです」
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