未来予知能力者の日常

浅雪 ささめ

未来予知能力者の日常

 名前は青月謙一あおつきけんいち、肩書きは会社員という、去年二度目の成人式を迎えたばかりの、どうってことない平凡な僕には皆と少し違うところがある。


 それは未来予知ができる、と言う点だ。こんな風に言うと大抵の奴は僕のことを羨ましがる。

 でも僕ができるのは、皆が想像するような予知能力ではない。別に地球滅亡の日が分かるわけでもないし、宝くじも競馬も当たらない。予知できると言っても限界がある。


 じゃあ、どの程度なのかというと、僕は朝起きたときに、が予知できる。『できる』とは言っても、見たり見なかったりの調整は出来ないのが難点だ。

 能力というか、体質というか、そんな感じで晩ご飯の献立こんだてが分かるということだ。幻滅したって? そうかもしれないが、そう悪い物でもない。晩ご飯がカレーと分かれば昼食にカレーを食べることもなくなる。用途といえば今の所はそれくらいか。他にも使えないか未だ模索中である。



「ただいま」


 僕は玄関のドアを開け、中に入る。すると


「おかえりー!」


 と元気な声が帰ってくる。声から察するに娘の千咲ちさきだ。もうすぐ中学生になる。

 遅れて妻もおかえりと、出迎えてくれた。


美穂みほは?」


 美穂はもう一人の娘である。中学生だが、部活には入っていない。だから僕より帰りが遅いことはそう多くない。


「もうテーブルについてますよ」


「そうか」


 そう言って僕は二階に上がり、自室で着替える。朝見た今日の晩ご飯は、焼き鮭だ。


「いただきます」


 テーブルの上には朝見たとおりの光景。最初の頃は驚き、随分と焦ったが、今ではもう慣れてしまった。


 我が家の食事中の会話はそう多くない。おいしいね、くらいだ。あとは娘の成績とか会社の愚痴とか、どこの家庭でも話しているような事ばかり。


 ところでこの予知能力についてだが、娘達には話していない。特には知られて悪いこともないし、時間を掛ければ理解はしてくれるだろう。それでも娘達には話していないのはなぜか。

 単純に親として余計な心配をかけたくないのだ。




 次の日起きると、やっぱり目の前にテーブルが見える。ハンバーグかな。それにグラタン。いつになく豪華だった。しかし、すぐに思い当たる。そうか、今日は僕の誕生日か。

 少し口角があがる。この年になって祝われるのは少し恥ずかしいけど、やっぱりうれしいものだ。


 でも、いつものことながら朝食と昼食は分からない。やっぱり変……というか中途半端な能力だなと思う。



 今日は誕生日だというのに、仕事で少しトラブルがあり、いつもより帰るのが遅くなってしまった。お詫びにチキンでも買っていこう。


 家に帰るといつものように妻の水音みおと娘の千咲が迎えてくれる。美穂はあまり僕に近寄ろうとしない。嫌われているのだろうか? きっと、そういうお年頃なのだろう。美穂も数年前までは甘えてくれていたのだが。


「ただいま、遅くなってごめん」


「いいのよ、いつもお疲れ様」


 自室で着替えを素早く済ませ、リビングへ向かう。


「今日は一段と豪華だな」


 朝見たときと同じ感想を言う。


「ええ、今日は貴方の誕生日ですからね。お祝いしないと」


 恥ずかしいな、なんて思いながら頭をかいていると千咲が、


「パパ、プレゼント!」


 と僕に犬のぬいぐるみをくれた。手のひらサイズの可愛い物だった。差し出された手を見ると、ばんそうこうが貼ってある。自分で作ったのか。すごいな。


「ありがとう」


 素直な感想と共に、僕は千咲の頭を撫でる。千咲はニコッと笑って自分の椅子に座った。美穂は僕の方をチラチラと見ながらハンバーグを頬張っている。

 その日は楽しい夕食だった。ハンバーグは中にチーズが入っていて驚いた。朝見るときは見た目だけだから、こういう仕掛けには気づけない。

 水音の方を見ると目が合う。すると水音はドッキリ大成功、とでも言うかのように、ふふっと微笑んでいた。その笑顔がとても綺麗だった。




 次の日、朝起きると、可愛くラッピングされた包みが枕元に置いてあった。中には財布とメッセージカードが入っていて、『もうボロボロでしょ。 美穂』と書いてあった。枕元にプレゼントって別の行事混ざってない? まあ、これが美穂なりの照れ隠しなのかな。そう思っておくことにした。

 起きてきた美穂にありがとう、と頭を撫でるとそんなに嫌がる様子もなく、ふんわりとした笑顔でリビングへと向かっていった。

 ついでに言うと今日の晩ご飯はカレーだ。




 目覚まし時計の音で目が覚める。いつもと同じ朝。でも、どこか違和感を感じる。いつも見えている物が見えないのだ。

 いや、いつも通りテーブルは見える。しかし、その上には何も料理はのっていなかった。そんなことは今まで無かった。水音が作れないときは僕が作っているからだ。外食の時だって見えているのになぜだ?


 それに胸苦しさを感じる。体に異変が? と思って目を向けてみると、僕のお腹の上で千咲が気持ちよさそうに眠っていただけだった。

「ハハ……なにやってんだか」


 僕は千咲を起こさないようにそっと起き上がり、リビングへと向かった。


 今朝、テーブル以外見えなかったことについて考えながら朝食をとる。しかし、考えても分からなかった。僕と水音の二人ともが作れない状況になるとでもいうのか。

 病院に行くことも考えたが、馬鹿にされて終わりだと考え、僕は普通に会社に行くことにした。


 いつも通り仕事をこなし、昼食をとってる途中、笑顔が絶えないと社内で評判である課長に呼ばれた。午前中は何事もなかったはずなんだけどな。


青月あおづきくん。ちょっといいかい?」


 僕の名前の読み方は『あおつき』なのだが、評判とは裏腹に、深刻な顔の課長を見て一大事だと思い訂正はしなかった。僕はそれほどにも大変なことをやらかしたのだろうか?


「何ですか?」


「病院から電話だ。君にだそうだ」


 病院から? 別に持病があるわけでもないのになと、変に思いつつ受話器を受け取る。


「はい、青月です」


『青月水音さんのご主人ですね?』


「はい、そうですが……」


 どうして水音の名前が?


『大変申し上げにくいのですが、水音さんが搬送され、死亡が確認されました。至急、病院の方まで来て頂けますでしょうか?』


 ガタッ


 あまりの唐突さに、受話器を取り落としてしまった。受話器からは、『青月さん? 青月さん?』と微かに何回も聞こえるが、とても返事を出来る気分ではなかった。


 足をもつれさせながらも会社から出ると同時に、すぐにタクシーを拾い、急いで病院に向かう。

 水音に何があったのだ?

 パニックになり、喪失感に苛まれながらも僕に何か出来なかったのかと自虐心に駆られる。

 タクシーのラジオから『先ほど○○近くでトラックがスーパに突っ込み、大事故を巻き起こしています』というキャスターの声が聞こえてくる。まさか水音がそれに巻き込まれたとでもいうのか。

 会社に電話が来たのも不思議に思ったが、おそらくメモ帳を見たのだろう。たしか水音のメモ帳には僕の職場の電話番号が書いてあったはずだ。それが最初に目に留まり会社に掛かってきたんだと思う。



 病院に着くまでの十数分。それは水音との思い出を思い返すには、短すぎる時間だった。




「水音は?」


 タクシーを降りると、少し足がもつれながらも慌てて病院へ駆け込む。


「青月さんの旦那さんですね? すぐにご案内します」


 僕は看護師に案内されて、水音のいる場所へと向かった。


「水音!」


 ベッドの上の水音には、今にも消えそうな儚さがあった。僕には彼女が光っているようにも見えた。それがカーテンから差し込む光だとは分かっていても、僕にはそうにしか見えなかった。応えない水音を見て僕はここが病院にも関わらず、泣いてしまった。いや、おそらくこれは正しい反応だろう。僕を案内してくれた看護師は、気を利かせてくれたのか、病室から姿を消していた。

 その心遣いが僕にはとても嬉しかった。

「水音、水音……」

 そして、そのまま応えない水音と一夜を共にした。



 朝早くに目が覚める。そう言えば千咲と美穂に何も言ってないや。昨日テーブル以外に何も見えなかったのは、このせいだったのか。二人は何も食べていないのだろうか?

 目の前に見えるテーブルには、サラダの野菜の切り方が少々乱雑な以外にはが並んでいた。


 僕は不思議に思いながら、医師から今後の説明を受けていた。美穂と千咲が来ててもおかしくはないと思い聞いてみたところ、二人はこの病院の場所が分からなかったという。

 帰ってから二人を連れてこよう。


 足取り重く、家に帰る。玄関の扉を開けるのさえ、ためらわれた。


「ただいま……」


「おかえり!」


 今日は千咲だけでなく、珍しく美穂も出迎えてくれた。昨日帰ってこなかったにも関わらず何も言わなかったのは、娘達にも電話が来て事情を知っているからだろう。余計な心配を掛けてしまった。二人とも目が赤い。


「ごめん、悪いとは思うけど、今日はもう寝させてほしい。昨日もあまり眠れなかったから」


 僕はふざけた野郎だ。こんな時に寝るなんて。でも……それでも美穂が


「うん。布団用意してあるよ」


 と、目を赤くしながらも言ってくれた。


「ありがとう」


 二人を見ていると、また泣いてしまいそうだったのですぐに二階へと上がった。


 今日は僕が夕食を作らないとな。




 起きると、窓の向こうは暗く染まっていた。やばい、完全に寝過ぎてしまった……。

 晩ご飯を作らないといけない。急いで下に降りる。すると階段を降りている途中、良い匂いがすることに気づく。


 疲れから来る幻聴ならぬ幻嗅かな。

 娘達に申し訳なく思い、おそるおそるリビングを開ける。


「おはよう?」


 少々疑問形になってしまったのは、朝ではなかったからではない。さっきの匂いが幻嗅ではなかったからである


「ありがとう。二人とも、ありがとう……」


 僕は二人をそっと抱きしめた。

 二人は我慢できなくなったのか、大声で僕の胸の中で泣き出した。僕もつられて三人で、皆で泣いた。



 味噌汁がちょっとしょっぱかったのは気にしないでおいた。

 

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