おまけ

第32話 桜

 昔から、好みのタイプを聞かれたら決まって『優しい人』と答えていた。


 だって、かっこいい、と答えるより内面を重視しているようで好印象だし、とびきりの奇抜さもない代わりに、ドン引かれることもないから、ちょうどいい塩梅かなって。


 別に必死にならなくても、いつだってそこそこモテてたし。まだ若いし、容姿もそこそこだから。狙うのは、好みのイケメンじゃなくて、告白してくれる中で一番タイプの人。高望みなんてめんどくさい。





 それに、『優しい人』がタイプだったのは本当。

 宮部みゆきが「夢にも眠れない」の中で、『易しい人じゃなくて優しい人が好きなんだ』なんてことを主人公の男の子に語らせていたけど、まさしくその通り。本気になったら『扱い易い』人間なんてダースで量産できるだろうけど、そんなことをしても意味がない。


 私を受け入れてくれて、間違ったことをしたらちゃんと意見を言ってくれて、そして、微笑んでくれる人。間違っても頭ごなしに意見を押し付けないで、私の自我と存在を認めてくれる人。ほんとうは、そんな人がすき。


 怒鳴り声はキライ。


 もしかしたら、親がくれるような、無償の愛を無意識下で望んでいたのかもしれない。誰にでもいいから、その人の意思と責任でもって、私の存在を肯定されたかった。


 ちなみに同じだけの『優しさ』を返せる気はまったくしない。

 だって恋人とはいえ、赤の他人に自分の全てを肯定してくれ、って言われたら、承諾できる? 私は無理。表には出さないかもしれないけど、なに言ってんのコイツ、って心の中で間違いなく思う。


 性根がひねくれている自覚はある。

 だからあくまで、タイプはタイプ。理想論だ。






 あいにく、親には恵まれなかったもんで、自己肯定がむずかしい分、それを他人にしてもらうことで補おうとしていたのかもしれない、と分析してみたりする。


 まったく、親という人生のスタートダッシュが悲惨だと、人生ぜんぶに影響するんだから。子供にとって親は全世界なんだから、親に存在を否定されたら、世界から否定されるのも同じ。ありとあらゆる万物に否定されても、それでも自信をもって、大手を振って生きていける?


 ムリでしょ。


 でもあたしは生きてる。きっかけが与えられて、欲しいものを手にいれる努力をしてきたから。

 あたしは、知っている。

 あたしは、美しい。

 あたしは、かっこいい。

 あたしは、ここにいるだけで価値がある。

 あたしは、欲しいものは全部手にいれるの。

 心の中の『欲しいものリスト』に載ったものは、順調に手に入れてきた。


 ちなみにそのリストに、親からの愛が載ったことはない。そんなもの今更もらっても困るし、すり寄ってくるとしたら、間違いなくなにか裏がある。

 はあ、まったくあたしの親ってマジで罪深いよね。






 あたしのタイプは『優しい人』。

 このどろどろした、全く美しくない内面でさえも、許容してくれて、同調してくれる人。だったはずなのに。


 今は、どうしたって『優しい人』がタイプだなんて言えない。

 最初に思ったのは、どこかおどおどして、凡庸な人だな、ってことだった。

 こげ茶の優しい瞳に、とても惹きつけられた。


 この人なら、あたしのことを理解してくれるかもしれないって思った。どこかあたしに似ているかもしれないって思った。


 でも、もしかしたらそう思いたかっただけなのかもしれない。

 その人の視線がいつだって別の方を向いていた。あたしを見ることなんてなかった。


 そのくせ、お日様みたいな人だった。

 私を理解してくれようした。


 理解されたいと願ったくせに、こんな理想の人が見つかったくせに、私は怖かった。私の内面を知って、失望されるのが怖かったんじゃない。


 ただ、こんな薄汚いあたしの現実なんてこの人には似合わない。そう思った。この人があたしの中にある汚いものを知ることが、許せなかった。




 そして、その人は行ってしまった。

 ずるい。ずるい、ずるい。





 神さまも死んじゃって、あたしはまた一人になった。




「冬も終わって、そろそろ桜の季節だな」


 食卓でパンをちぎりながら、あたしの新しい家族になった人々がそんなことを言う。まるでペットのように引き取られたあたしは、まだ家族揃って食卓を囲むことに慣れない。一生慣れないかもしれない。


「そうしたら、花見に行こうぜ」


 兄になった人があたしを見て微笑む。

 気を遣ってくれているのかもしれない。

 ゆりが執着していた人。あたしが憎くないんだろうか。


 なんとなく気まずくなって、窓の外に視線を向ける。


 同時に、開け放たれた窓から風が舞い込んできて、その拍子にどこから運ばれてきたのか花びらが一枚、室内に入り込んだ。くるくると回転するように落ちてきたそれが、床に寝そべっている犬の鼻先にあたり、犬がむず痒そうにくしゃみをする。


 あたしはなんとなく食卓を立ち上がると、その花弁を手にとった。外の空気の冷たさでひんやりとした手のひらの上のそれを見て、なんとなく、生きていける気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宣戦布告。彼女が異世界に来たのは間違いだった!? 目 のらりん @monokuron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ