第31話 パターン21569860
桜の花びらがまるでシャワーのように降り注ぐ。
「さくらちゃん、海堂くんちに引き取られたんだって。おばあさんは、施設に行ったみたいね」
「へえ。それはよかった」
「…手を回したの、葛切さんじゃないの?」
「さあ?」
葛切さんが肩をすくめた。
「葛切さん、僕、したい事を見つけたんだ」
「へえ?」
僕らは桜の咲き誇る通学路を、隣同士並んで歩きながら会話をする。
「小説を書こうと、思う。読んで、自分がひとりぼっちじゃないって思えるような、そんな物語を書きたいんだ」
荒れ狂う海を彷徨う人たちに、錨をおろす場所を提供するような物語。
それとも、葛切さんと出会って抱いた感情や想いを文字にして書き起こすのもいいかもしれない。
「ふうん、やりたいことがあるって、いい事だよ。少年」
「うん。…いつか、読んでくれる?」
葛切さんが微笑んだ。
「よろこんで」
それから僕らは、根元に生えた菜の花と桃色との春らしいコントラストによって生み出された、その光景にただ見とれた。
「そういえば、この間見ちゃいました。スケッチブック」
たまたま開いたまま置かれたスケッチブック。
中が覗けてしまった。
「いいよ、べつに。なんで敬語なの?」
「別に」
「ふふ。それで?」
「僕のこともスケッチしていたんですね」
中身は桃井さんが言っていたような、世界の秘密が書かれた取扱説明書でもなければ、攻略方法が書いてあるわけでもなかった。
本当にただのスケッチブックだったのだ。
「え、ごめん。嫌だった?」
しょぼんと葛切さんが眉を下げる。
僕は首を横に振ると、良かったと笑ってくれた。
「でも、なんで僕なんか描いたの?」
葛切さんの才能は本物だ。
目を見張るような美しいスケッチの中にいる、本物そっくりの僕はあまりにも凡庸で、だからこそ却って浮いていた。
「なんでって、…なんででしょうねえ」
葛切さんが僕の真似をして敬語で返した。
笑っている様子を見ると、どうやら教えてくれる気はないらしい。
まあ、いいか。
僕も心の中で肩を竦めて、一緒に笑った。
直後、葛切さんの液晶が通知音を立てる。
葛切さんはあ、お父さんだって言って、メッセージの中身を確認する。そして、困ったように肩を竦めた。
「だいじょうぶ?」
何があったのだろう。
僕の心配をよそに、葛切さんはあはは、と力なく笑う。
「大したことじゃないよ。ただ、お父さんに手伝いを頼まれただけ」
「なんの?」
そういえば、葛切さんのお父さんって結局、何をしてる人だったのだろう。
葛切さんは一瞬ためらうように目を左右にキョロキョロさせた後、
「かすみくんにならいいかなあ」
「う、うん?」
葛切さんはとんでもない事実を僕に打ち明けた。
「あのね、お父さん、魔法使いなの。呪術の準備を手伝って欲しいって」
「へ?」
「冗談でしたー」
そうしてからころ笑う。
「ねえ、葛切さん」
「なにかな、かすみくん」
ずっと、気になっていたこと。
葛切さんの前世の話。
絵を描くことが好きな葛切さん。
その筆致に既視感があった。
僕は、それを聞きたかった。
「葛切さんって実は…」
けれど、僕がその先を言うことは叶わなかった。
「かすみくん」
僕は、葛切さんに顔を向けた。
途端に葛切さんの手が僕の口をふさぐ。
彼女の大きな夜色の瞳が僕を見つめている。
僕も、彼女を見つめている。
彼女との距離は、今までにないほど、近い。
彼女が左手の人差し指を、その紅い唇に当てた。
「いわないで」
ほんのり、微笑んでいるのだろうか?
「え」
「いいんだよ。そんなことどうでも。わたしは、わたしである限りわたしだから」
激しい耳鳴りと、動悸。
永遠とも思える瞬間ののち、葛切さんはその手をそっと僕から外した。
「あれ、真っ赤だ」
葛切さんがいたずらっぽく笑った。
「く、くずきりさん!」
慌てて身を離す僕をよそに葛切さんの顔が笑う。
「わたしにも分からないんだよね」
「え?」
「わたしは一体…、いつまで生き続ければいいんだろう」
それはデリケートな問題だった。
「今は女でも男でもある、ややこしい状態だけど。その前は女だったし、ああ、その前も女だった。最近は女が続いているんだな」
「え?」
葛切さんの顔が妖しく笑った。
「言ったでしょ? わたしはここではない世界から来たって。この世界の前にいたのは、この世界で俗に言う魔法のある世界だった」
「な、なに言ってるの、葛切さん」
背筋に冷たい汗が流れた。
「わたしは、ずっと繰り返しているんだよ。かすみくん」
「だ、だって、あんなにも世界のあり方に拘って…」
「それは、最初は期待していたし。…それに、君がわたしに言ったんじゃない! ちゃんと生きろって!」
「で、でも、高校一年生の時に思い出した記憶って…」
「それは、言葉通り、たくさんの前世の記憶だよ」
高校一年生の時に思い出した記憶。
それは体のすげ替えが起きる前の記憶ではなく、彼女が話していたような、文字通り前世の記憶だったと言うことか。しかも、話しぶりからして、前世は一回だけではない。ずっと、繰り返している…?
「な、なにを」
「わたしだって、信じたくないけどね。さらにその前は男だったし、そこの世界では宇宙戦争が起きていた。そしてこれは遠い記憶だけど」
語るその目がからかうように、誘うように、すう、と細まる。
「一番最初は、きみだったような気がするんだよね」
「…僕?」
「そう。始まりはきみなんだ。きみはいずれわたしになる。ねえ、きみが少しでもわたしのことが好きなのならいいのだけど」
くすくすと妖しく笑う。
「これも、冗談?」
「そう、うそだよ。ただの冗談。つまらない、冗談」
これは、と小さく呟いた。
「く、葛切さん」
「ねえ、かすみくん。わたしは一体、誰だと思う?」
世界五分前仮説。
この世界が誕生したのは、一体いつのことなんだ?
葛切さんの体を使って喋っているのは、どこの誰なんだ_?
僕は頭を振る。
それでも、
「葛切さんは、葛切さんだよ」
「そうだよ。その通り」
それでもやっぱり不確かな存在の葛切さんを確かなものにしたくて、その手をとってぎゅっと握りしめる。
彼女の手は、いつだって、あたたかい。
「葛切さんが転生したって言うならそうなのかもしれない。この人生を終えても、また転生するかもしれない」
「へっ?」
「そしたら、また僕と出会おうよ。いや、僕が葛切さんを探し出して見せるよ。そうして、今度もまた世界の謎を解きに行こう」
葛切さんがキョトンとする。
「行くって、どこに?」
「そんなの、決まってる。ここじゃないどこかにだよ」
瞬間。葛切さんがその大きな目をさらに大きく見開く。
そして満面の笑みで頷いた。
「それはいいね。賛成」
折しも季節は、春。
…春?
(あとがき)
この小説は、中学生の時の私に宛てて、こんな物語があったら、もう少し救われたかもな、とそんな気持ちで書き終わりました。当時、経験したことをベースに書いています。
なので、今中学生ぐらいの子が読んでも、望むような答えはまったくないかもしれませんし、小説を読み慣れた方からすれば「なんでこんな分かり切ったこと言っているんだろう」となるかと思います。
ちなみに書き始め当初は、ただ流行っているコンテクストで、自分の好きなように話を書いてみようと思っていただけだったんですが、気がついたらこうなっていました笑
稚拙で、おおよそ受けない内容ではありますが、それでも何人かの方に読んでいただけて、勝手に感情を共有した気になっています。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
ちなみに私はまったくの無神論なので、信仰を持っている人からすれば、葛切さんが語る「神様論」は唾を吐きかけたくなるものかも。
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