第4話
パチパチと音がする。煙りの匂い…小屋に火が掛けられたのだ。私は倒れたピノを抱き、急ぎ小屋から出た。その瞬間、杖のような物で強か打ち付けられ、倒れ伏してしまった。私は縄で縛り上げられ、そのまま転がされた。
外に居たのは大司教と二人の賢者だった。小屋の周りには、魔法陣が描かれている。
「結界を強化せよ!」
大司教の合図で、二人の賢者が術をかける。魔法陣が光を放ち、倒れているピノに四方から鎖が巻き付き、身動きが取れぬように封じ込まれた。
「このまま小屋ごと焼き尽くすのだ!」
小屋は焼け崩れ、天高く炎を巻き上げている。賢者が詠唱を始めると、鎖に引き摺られるように、ピノの身体が炎に近づいて行く。
「や…め、ろ…」
私は芋虫のように這ってみたが、思うように動けない。
「我が聖騎士を三人も殺めたのだ!言い逃れは出来ぬぞ!」
「まぎれもない悪魔の子だ!神の御名において、裁きを与える。灰になるがよい!」
二人の賢者が口々に言った。
「悪魔の子を匿い、災いを撒き散らしたゼペット、お前も同罪である。その罪を悔い、改めるのだ!」
私は身を捩り、転がるようにピノに近付こうとする。小屋の崩壊で飛び散った、火のついた木片に近付き、縄を焼き切る。
「ピノ!今行くぞ!」
痛みを堪え、足を引き摺りながら、ピノの元へ這って行く。しかし…
「もう遅い!」
ピノを縛る鎖が、炎に届いてしまった!
「いやぁぁぁーーっっっ!!!」
火柱に飲み込まれ、叫ぶピノ。私は怒りに痛みを忘れ、ぶるぶると震えながら立ち上がる!
「ピノぉーーーっっっ!!!」
もう、声は返って来ない。いくら呼んでも、叫んでも、ピノの返事は無かった。
『こんなこと…こんなことが許されるのか…何故私は、二度も息子を目の前で殺されなければならないんだ…これが神の裁きだと?ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなぁーっっっ!!!』
私は血の涙を流し、大司教を睨む。そこにいるのは慈悲深い聖職者では無い。神の名を騙り、私の家族を亡きものにした殺人者だ!
「悪は去った。悪魔の子を討ち取ったぞ!」
叫ぶ大司教。
「勝手なことを言うな!善悪など、どの立場から見るかによって、どちらにでもなるものだ!教会は善か?善だと言いきれるのか!教会にさえ、教会にさえ関わらなければ、妻は精神を病む事も無かったし、我が子を手にかける事も無かった。親子三人慎ましく暮らせていたはずだ!それを悪魔の子などと呼び、寄って集って命を奪おうとする。そのような者を善だと言えるか?私の家族にとって、教会は悪でしかない!教会こそ悪だ!神の名において人殺しをするなんて…神がそんなことを言うか?人を殺せなどと言う神は神じゃない!それこそが悪魔だ!それでも神だと言い張るなら、私が行って確かめてやる!どうせ私はここで死ぬだろう。ならば神に抗議して、教会に天罰を喰らわせてやる!」
炎に包まれるピノを抱き抱え、私は眼を閉じた。
『ピノ、すまなかったね。最後まで守ってやれなかった…ごめんよ…』
『パパ、いいんだよ。楽しかったよ、今まで。色々ありすぎて、疲れちゃったけど、やっと一緒に眠れる…』
『ピノ、私も働きすぎたかな?ずっと留守番させて悪かったね。これからはずっと一緒だ。』
『うん。ずっと一緒…ねぇパパ、ママは、まだ怒ってるかな?』
『どうだろう…もし怒ってるなら、それはパパのせいだ。ピノとばっかり仲良くするから、ヤキモチだな。謝らないとな。』
『ボクはパパもママも好きだよ。みんな仲良しがいいな。』
『そうだな。それがいい。きっと優しいママが出迎えてくれるよ。それまで、おやすみ…ピノ…』
『おやすみなさい…パパ…』
私の憂鬱な日々は、ようやく終わりを告げた。これからは妻とピノと三人、永遠の時を過ごせるだろう。誰にも邪魔されることなく、穏やかな日々を…
ゼペットの憂鬱 菊RIN @kikurinmoon
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