天使の笑顔と狂気の笑顔

 ローズと約束をした当日。


 待ち合わせの公園に佇む二人。だが、二人は透明化魔法をかけているため、通りすがりの老人からは閑散とした公園に見えているだろう。


 シルクは公園の時計を見て、スマホの時計を見て。何度も往復して、現在時刻が「午前十時十五分」であることを確認する。


「うん、帰りましょ」


「そうだな。って、ならねぇからな!?」


 シルクは「こんなに待つなら政治番組を見た方がマシよ」と言ってずんずん歩いていく。

 翔太はそれを阻止するようシルクの腕を掴み、「まぁまぁ」となだめて元の位置に戻した。


「ただでさえ乗り気でないっていうのに十五分も遅刻よ? 遊ぶ約束ならまだしも、今日はミッションをしに行くっていうのに」


「ローズと遊びに行くことなんてあるのか? 仲悪そうだけど」


「例え話ね。ローズと遊びに行ったこともなければ今後行きたいとも思わないわ」


「犬猿の仲ってやつ?」


「相手が歩み寄る姿勢を見せないからそっくりそのまま返してるだけよ」


 いつにも増してキレキレなシルクに、思わず苦笑する翔太。

 案外仲良くなれそうな気がしているが、そもそもなぜ仲が悪いのかと疑問に思う。


「はぁ⋯⋯」


 この際だと思い質問を投げかけようとしたが、シルクのため息と被ってしまう。翔太が喋ろうとしていたことに気が付かないシルクは、この場にいない猫を思い――、


「小豆が恋しいわ⋯⋯この待ち時間に小豆を摂取できていればもう少し気が落ち着いていたはずなのに」


 と、顔をしかめて言う。


「その発言文章にしたら小豆あずきを食べないとイライラしちゃう人みたいだな」


「猫を摂取するというところにつっこまないところを見ると、翔太も小豆こまめに洗脳されてるかしら」


「確かに。二人揃って立派な中毒者だな。帰ったら二人で小豆を摂取しよう」


 小豆というツッコミ不在のため暴走している二人。いかに小豆という存在が大きいのか思い知らされる。


 今回小豆が不在なのは、ミッションに同行する理由がないことと、とある場所に小豆が行きたいと言うからだ。


 同行する理由がないのは単純に足でまといになる可能性があることや、魔力の補充は事前に行うことができるから。現地に行って魔力を与えるようなことはないと見込んでのこと。


 そしてどこへ行くのかは問い詰めても話してくれなかった。

 きっとどこかのメス猫に惚れたとかそういう類だろうと二人は推測している。表情と声色に、もろ出ていた。


 この場にいない愛猫を想っていると、公園の柵越しに二人の人影が見えた。

 その人影はこちらへと向かっており――、


「ごめんねぇ、待ったぁ?」


「「十七分待った」」


 と、悪びれもなく言ってくるローズに対し、二人は口を揃えジト目で言うのであった。


 ――――――――――――――――――


「ローズさぁーん? 二人に謝らなきゃ、ねー?」


 黄色の水玉模様があしらわれたワンピースを華奢に着こなし、まるでルビーサファイヤのような美しい瞳をあえて曇らせ、笑っていない笑みでローズに迫る。


 そんな怒った顔も可愛らしいのはローズの契約者であり、男の娘がアイデンティティの結羅だ。


「えぇー? 最初にごめんねぇって言ったじゃない?」


「あれが謝罪になると思ってるのー??」


「わ、わかったわよぉ」


 この二人の光景を見て、日頃のパワーバランスが容易にうかがえるなぁと思う翔太たち。


 ローズは上目遣いで自分の胸を強調するようにして「ごめんなさいねぇ、せっかく呼んでおいて待たせちゃってぇ」と謝ってくる。気持ちがこもってない。


「翔太、こいつ一発殴った方がいいと思うのよ」


「暴力はよくないぞ、やるなら精神的にだ。なんなら帰るか」


「やめてねぇ?」


「ほんとお二人共すみませんんん!」


 小学五年生の結羅がペコペコ謝り、ローズはフンッとそっぽ向いている。普通立場が逆だろう。


 これ以上ふざけると結羅の罪悪感を増長させるだけだろうと思った翔太は「いいんだよ」と笑顔で接する。


 それに対して結羅は困り眉で「いいんですか?」と聞いてくる。ローズの上目遣いよりも結羅のほうが可愛いと思った翔太は性癖が歪んでいるのかもしれない。


「いや俺はノーマルのはず⋯⋯」


「なに言ってるのかしら⋯⋯さぁ、早く現場に向かうわよ」


 ローズによるとミッションをこなす現場は東京だという。


「東京駅なら行ったことあるわぁ。だから瞬間移動魔法を使いましょお」


 そう言ってローズは右手で結羅と手を繋ぎ、左手で翔太たちを手招きする。

 瞬間移動魔法は魔法を唱える人に触っていると自分も移動できるため、触りに来いという意味だろう。


 翔太はどこを触ればいいんだと緊張し、一瞬よからぬことが浮かぶ。が、首を振って否定。一番無難そうな肩に手を置く。

 シルクは髪の毛を一本掴み、極力ローズに触れたくないということを行動で示す。


「移動のためとはいえシルクに触れられるのは気分のいいものじゃないわねぇ」


「うん、ここまでくると一周まわって好きな子をいじめたがる男子にしか見えないな」


「断じて違うかしら」「断じて違うわぁ」


「息ピッタリだし⋯⋯」

「あはは⋯⋯」


 シルクとローズは息ピッタリに揃ったことが余程嫌だったのか苦虫を噛み潰したような顔をし、結羅はこの二人の関係を知っているらしく、苦笑いをしている。


 その後ローズが瞬間移動魔法を唱え、あっという間に大都会、東京にやってきたのだが――、


「で、ミッション内容をそろそろ教えてもらっていいかしら」


 そもそもなにをするのか教えてもらってなかったことに気がつく。


 ほか三人は「あっ、忘れてた」という表情をし、思わずため息が出た。


「ミッションはねぇ⋯⋯」


 ローズの説明はシルクよりはマシだがやはり長く、人混みによって声が聞こえづらく聞き返すこともあったのでまとめると――、




 一、国会議事堂でデモが起こるらしい。


 二、問題はデモの内容ではなく、そのデモを率いているのが敵惑星「リバティ」の人間。つまり魔女だということ。


 三、その人物を見つけ出し、なにを企んでいるのか情報を聞き出す。




 ということらしい。


「なるほどな。でもなんで俺たちが呼ばれたんだよ」


「ローズは土を操る魔法が得意だけれど、それ以外はさっぱりだからぁ。東京ってコンクリートだらけでいまいち活躍できないのよねぇ」


「単純に戦力不足。相手がどれだけ強いかわからない、ってことかしら」


「そうなりますね」


「結羅くん、敬語で喋らなくてもいいのよ? ほら、敬語のままだとお兄さんの未来くんとキャラが被るし」


「急なメタ発言やめろよ!?」


 シスコンの結羅はお兄ちゃんとキャラが被るなら本望だと言いそうだが、敬語のままだといずれボロが出ると思いやめる。


「じゃあローズと同じように接するね! シルクお姉ちゃん!」


 腕を後ろで組み、顔を覗くように少しかがみ、下からニコッと微笑む。


「うっ⋯⋯可愛いすぎる⋯⋯あざといけど可愛いのよ⋯⋯」


「これが噂のあざと可愛い⋯⋯天使か⋯⋯」


 えへへと笑って照れ隠しなのかローズの後ろにぴょこんと移動してしまった。結羅の仕草一つ一つがそこらの女子より洗練されている。可愛い。


 ローズは結羅の可愛さにやられている二人に見かねて――、


「結羅に見惚れるのはわかるけどミッションしに行くわよぉ?」


 と、遅刻した人とは思えない言葉を喋るのであった。


 ――――――――――――――――――


 透明人間とデフォルト透明クイーンズは空を飛び、国会議事堂まで移動中。

 人がゴミのように見える⋯⋯とはよく言ったものだが、確かに空から人混みを見るとそう見える。翔太の優しい心から推測するに到底言うとは思えないが――、


「人がゴミのようね」


「言っちゃったよこの子」


 相当気が苛立っているのか、最近土曜ロードショーでその作品を見たからなのかわからないが、ゴミを見る目で言い放つ。地上にいる人たちはとんだとばっちりである。


「それで? 遅刻した理由は?」


「それがねぇ、⋯⋯東京の観光スポットを調べてたら遅れたわぁ」


「ホント馬鹿ね」


 さすがの翔太も「マジか」と苦笑。

 結羅は問題を起こした子どもに代わって謝る親のように、困り眉で申し訳なさそうにして、


「僕も一緒になって調べてたのが悪いんです⋯⋯」


 と、謝るが。


「結羅くんは可愛いからなんでも許されるわ」


「対応の差がすげぇ」


「結羅は可愛いんだから謝らなくったって許されるわぁ」


「それは教育的によろしくないのでは??」


 という結羅への過保護さが滲み出ている。

 確かに守ってあげたくなる可愛さだが、ダメなことはダメだと叱るべきだ。


「じゃあ翔太は結羅をちゃんと叱れるのかしら」


「それはまぁ一応。これでも教師だったからな」


「あらぁそうなのぉ?」


「翔太お兄ちゃん先生だったんだ!」


「うっ⋯⋯尊い」


 不意打ちで言われ、心臓に矢が刺さる翔太。叱れなさそうである。


 何度かクイーンズ二人が喧嘩しそうになったが、翔太のノリツッコミや結羅の可愛さによって未然に防がれた。


 そして現場の国会議事堂へと到着する。


「な、んだ⋯⋯これ」


 そこには、満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになった人たちがいた。

 彼らはみな激しく憤怒しており、感情のままに叫んでいる。


「こ、怖い⋯⋯」


 結羅は引き気味に怖がりながら異様で異質な光景を眺める。

 それは何かに取り憑れているような、操られているような狂気を感じさせるものだった。


 そしてみなの目線の先。黒く塗られた朝礼台に、一人の人物が立っている。


「好きに叫べーっ! アタシがぜぇーんぶっ! 代弁してやるからなぁっ!」


 えくぼを見せ、狂気的に笑う。

 右手で旗を掲げ、左手にメガホンを持っているその人物は、十代後半であろう少女だった。

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