魔法が使えるようになった誕生日
八月二十七日。
ルイの契約者を探しに行った日から五日が経過した。
「しょ、翔太! ルイが契約したそうよ!」
「まじ!?」
三日経っても連絡がなかったため「だめだったのかな」と思っていた翔太だが、要らぬ心配だったようだ。
「それで未来くんの誕生日会に誘われたかしら!」
今日は八月二十七日。
ルイが未来と契約した日であり、「中渡(なかと) 未来(みらい)」十六歳の誕生日である。
――――――――――――――――――
連絡があったのは午前八時。
サッカー部に入っていた未来だったが、いじめをきっかけに退部したため夏休みでも学校に用がない。
魔法書にサインし、ワインの元へ契約の挨拶に行き、見えなかっただけでずっと近くにいたローズと挨拶を済ませる。
誕生日会は午後二時に中渡家で行われるらしく、翔太たちは送られてきた住所を頼りに移動。
「ここ、っぽいよな」
スマホの地図アプリが指すのは目の前の新しそうな一軒家。
おそらく合っているだろうと思いながら、翔太はインターホンを押した。
しばらくすると鍵を開ける音がしてドアが開く。
「よく来たな! おっ、ちゃんと小豆もいるじゃねぇか!」
「お邪魔します」「お邪魔するわ」「お邪魔しますなのだ」
我が家のように振舞うルイが出迎えてくれ、小豆が入っているキャリーバッグを見るな否や目をキラキラさせる。無いはずのしっぽが見えた気がした。
家に入ると洋菓子の甘い香りが鼻を抜ける。
幸せな匂いに誘われるようリビングに入ると、風船やハッピーバースデーと書かれたガーランドで部屋が飾られていた。
そんなリビングで一人、バースデーハットを被った今日の主役がいて――、
「あっ、翔太さんにシルクさんに小豆くん。ですよね? 今日は僕のためにありがとうございます!」
未来は翔太たちに挨拶をし、お辞儀をする。
今日の誕生日会を主催したのはルイだが、翔太たちを誘ったのは未来だ。
未来曰く、トイレに閉じ込められた状態から助けてくれたお礼と、ルイの契約者探しを手伝ってくれたお礼がしたかったそう。
「こうやって会うのは初めましてだな。今日は呼んでくれてありがとう!」
「そうね、初めまして。誕生日おめでとうなのよ」
「おめでとうなのだ!」
挨拶を済まし、座椅子に座る。
すでに座ってパーティーを始めていた黄色の女はこちらを見るなり――、
「あらいらっしゃい。未来が呼びたいって言わなければ呼ばなかったけれど、ゆっくりしていけばぁ?」
「一言余計だな」「余計なのだ」「ハッ」
「もう! ローズはお口チャック!」
と、一言余計な挨拶をしてくる。
シルクはローズを鼻で笑っていて、結羅は怒っているようだ。
これで全員と挨拶は終了。
翔太は机に置いてあるホットプレートに目がいく。
甘い香りの正体は、このホットプレートで焼かれた薄い円状の生地のようだ。
机には切ったバナナやチョコスプレー、ホイップクリームなどが置いてある。
どうやらクレープを作っているらしい。
「人数分のクレープが出来たらクレープで乾杯するんだとよ。小豆はルイが面倒見るから作っといてくれ」
「人任せだな」「人任せね」
「うっせ。ほーらほら小豆〜!」
「なぬっ、し、シルクー!」
シルクの膝の上でくつろいでいた小豆はルイに抱っこされ、遊ばれている。
その様子を未来は不思議そうに眺めていた。一人だけ言語魔法がかかっていないため、小豆がなにを言っているのかわからないからだ。
それに気がついた結羅が言語魔法をかけてやると、小豆が悠長に喋っていることに驚き、ルイと一緒に小豆と戯れ始めた。
翔太たちは不慣れながら自分のクレープを作り、人数分のクレープができあがった。
「ではでは! お兄ちゃんの誕生日を祝いましてーっ?」
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」「なのだ!」
シルクは「誕生日って乾杯なのかしら」と、疑問に思っているが口には出さないようだ。そもそもクレープで乾杯というのも珍しい。
クレープを食べられない小豆以外は、いっせいにクレープにかぶりつく。
まだ温かい甘みのある生地と、冷たい生クリーム。濃厚で美味しいバナナにチョコの味。甘さと生地の小麦粉が相まって、美味な味わいだ。
「これがホットプレートでできるなんて凄いな」
「フライパンでやったほうがうまく丸になるけどな」
「結羅ありがと、僕の分まで綺麗に作ってくれて。とっても美味しいよ」
「えへへ〜! お兄ちゃんは主役なんだからもっと食べていいよー!」
男の娘の結羅は太もも丈のロングTシャツを着こなし、また新しく生地を焼き始める。
おそらく短パンを下に履いているのだろうが、傍から見ると履いていないように見えた。
「男の娘って存在するんだな⋯⋯」
「結羅の可愛さは引き出してあげないと勿体ないから、ローズが引き出してあげたのよぉ」
ローズ曰く、契約をもちかけたときは女の子の格好はしておらず、未来のように根暗だったそう。
「最初は着させられてたんだけど、だんだん楽しくなっちゃって。今ではそこら辺の女子より僕のほうが可愛いなって思うし、実際そうでしょ?」
「否定できないな」
今ではすっかり自己肯定感の高い子になっている。いい変化かもしれない。これ以上あがると嫌われそうだが。
「僕にはローズが見えていなかったから、結羅が女の子の服を着てたときは驚いたよ。それに最初のほうは嫌な顔しながら着てたから疑問だらけで」
未来はそう笑いながら話す。ローズが見えていなければ驚くのも無理はない。
あっという間にクレープを食べ終わり、紙コップにお茶を入れ一息。
すると翔太がなにかを思い出したかのようにハッとし、ルイに喋りかける。
「そうそう、『蓄電放出魔法』がまだ習得できてなくてさ。電気を操る魔法が得意なルイにコツを教わりたいんだが」
「お、いいぜいいぜ」
今日習得しなければならない「蓄電放出魔法」が習得できていなかったため、電気を扱う魔法が得意なルイに教わることに。
魔法を見ることにまだ慣れていない未来は、曇った瞳に光を宿らせてその光景を見ている。
ローズと結羅は相当クレープ作りにハマったらしく、生地の液を新たに作り、ミルクレープを作ろうとしている。
「ふんっ、いいわ。シルクには小豆がいるもの」
「拗ねておるのか?」
「べ、別に? 拗ねてなんかないわよ」
ルイからコツを教わっている翔太はシルクの言葉に気がつけない。気がついていれば表情が緩み、ニヤついていただろう。
それからしばらくし、翔太はルイのおかげで蓄電放出魔法を習得。
ミルククレープを作っているローズと結羅は、中に挟むホイップクリームにいちごを混ぜていちご味にしている。
そんな中、思い出したかのようにローズがハッとして、「そうそう」と呟いた。
「ローズたちのミッションが明後日にあるんだけどぉ、私たちの魔力じゃちょっと厳しいのよねぇ。ルイたちは魔法の練習があるし、魔力に余裕があるシルクたちに手伝ってもらいたいんだけどぉ」
ローズは手を止め、上目遣いでねだるように言う。
シルクは明らかに嫌そうな表情をして「はぁ」と、ため息をつく。
翔太に目線を向けると、「引き受けてもいいだろう」と言うように頷いている。
今度は長く、「はーっ」とため息をついた。
「翔太は全ての魔法を習得していないわ。まぁ大抵のことはできるでしょうけど。それでも手を貸してほしいっていうの?」
「えぇ、シルクの手も借りたい状況なのよぉ。契約者がいなかったときに肩代わりしてあげてたんだからこのくらい受け入れてほしいわぁ」
「ぐぬぬ⋯⋯」
その話を出されたら断ることができない。
「しょうがないわね⋯⋯わかったわよ」
借りがあったシルクは、ローズのミッションに協力することにした。
「じゃあ明後日。午前十時にこの辺にある公園で待ち合わせましょお。魔力貯めといてねぇ!」
こうして予定が増え、未来の誕生日会は幸せに終わる。
未来はこれから魔法を使っていくのだという実感が湧き、未来への不安など微塵も感じていないのであった。
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