エピローグ
4月4日 11時にFull of heartに来てくれたら嬉しいです。
和彦も彩恵も、もちろん私も、日菜ちゃんに会えるのを楽しみにしています。
滝本一華
一華さんからの手紙を受け取った私は、4月4日、久しぶりに桜ヶ丘駅に降り立った。初めてきた時と風景はさほど変わっていなかった。
私はいつも仕事に持っていく鞄を肩に下げて、息を切らしながらあの坂道を登る。
「日菜!?」
「・・・ゆき音!」
途中でゆき音と会い、2人で手を取り合って喜んだ。ゆき音とは、ゆき音の結婚式以来だ。
ゆき音は今、女の子のお母さんをしている。今日は実家に娘を預けてきたと言うゆき音の話を聞きながら、私は坂道を上りきった。
「せーのっ」
声を揃えて2人で懐かしい錆びたドアノブを回してお店のドアを開けると、懐かしい花の香りが出迎える。花に囲まれた店内は何も変わっていなくて、まるで高校生の時にタイムスリップしたみたい。
「日菜ちゃん!?ゆき音ちゃん!?」
声を上げたのは和彦さんだった。
変わらない和彦さんの姿を見て、私もゆき音も本当に嬉しくなって思わず握手を交わしてしまった。
「すっかり大人になったね!!久しぶり!!」
「お久しぶりです!」
3人で再会を喜びあっていたら、奥にいた茉莉ちゃんが息子である樹くんを抱っこしながら
「ゆき音ちゃーん!久しぶり!」
大きく手を振っている。そんな茉莉ちゃんにゆき音は駆け寄って、早くも樹くんにメロメロの様子。私もゆき音と一緒に樹くんをあやしていたら、不意に茉莉ちゃんは両手でぐしゃぐしゃと私の頭を撫でて
「日菜も久しぶりだね。すっかりO Lさんになっちゃって」
悪戯っぽく笑った。
その時、和彦さんの持っているスマホが着信音を鳴らした。
「もしもし?うん。日菜ちゃんもゆき音ちゃんも来たよ。気をつけてきて」
期待を込めてお互いの顔を見合わせた私とゆき音を見た和彦さんは「さて、誰からの電話だったでしょうか!」と、弾むような口調で言う。
これから来るの2人のことを想像して、心臓が大きく動くのを抑えきれない。
彩恵ちゃん・・・一華さん・・・、どうなったかな。
和彦さんが電話に出てからしばらくして、お店のドアが開かれた。
現れたのは、紺色のトレンチコートを羽織った一華さん。
出会った時と何一つ変わらない美しさと凛とした出で立ちだ。私は思わず「一華さん・・・!」と、一華さんに駆け寄る。一華さんはそんな私とゆき音の頭を撫でて
「久しぶり・・・、日菜ちゃん。ゆき音ちゃん」
私たちも大好きな、あの優しい声で名前を呼んでくれた。
嬉しさに私とゆき音も涙が溢れる。一華さんももちろん、泣いていた。
その時。
「日菜ちゃん・・・、ゆき音ちゃん・・・茉莉ちゃん?」
鈴の鳴るような可愛らしい声がした。
振り向いてみると、そこには女の人が立っていた。
長い髪は上品にハーフアップに結んで、愛らしい大きな瞳はそのまま。
一瞬、誰だか分からなかったけど・・・、女の人が羽織っているトレンチコートが一華さんとお揃いだということに気付いた瞬間、誰だかわかった。
彩恵ちゃんだ。
「彩恵ちゃん・・・!」
「彩恵ちゃんだ!ええ〜、こんな大きくなって・・・!」
あの日の一華さんとの約束通り、大人になって一華さんとお揃いのトレンチコートを着た彩恵ちゃんに私たちは抱きつく。みんなで抱きついて、みんなで涙でぐちゃぐちゃの顔になった。
「日菜ちゃん、コーヒー淹れて欲しいな」
ひとしきりみんなで泣き終えた後、私は彩恵ちゃんに頼まれて、久しぶりにロイヤルブルーのエプロンをつけてコーヒーを振舞うことになった。
腕が落ちてないといいな・・・。
若干心配になる私を前に彩恵ちゃんは言った。
「お父さんとお母さんも、一緒に席座って飲もうよ」
彩恵ちゃんの口から「お父さんお母さん」という言葉を聞いた瞬間、私の心に煌めきが現れる。それは茉莉ちゃんとゆき音も同じで・・・。
「彩恵ちゃんが、一華さんと和彦さんのこと、お母さんお父さんって呼んでる・・・!」
「そういえば、彩恵が滝本になってから会うの初めてなのか!」
「うわっ、和彦さんが彩恵って言ってる。なんか許せないですね」
「なんでよ、茉莉ちゃん!」
和彦さんと茉莉ちゃんのやりとりに彩恵ちゃんは笑いながらも、少し恥ずかしそう。同じように照れる一華さんの背中をゆき音と茉莉ちゃんが押して、彩恵ちゃんの隣に座らせた。
隣に並んだ2人は、よく似ている。
私はコーヒー豆を挽きながら、彩恵ちゃんに問うた。
「彩恵ちゃん、今は学生?もう社会人?」
「学生だよ。医大生やってるんだ」
その答えに茉莉ちゃんが嬉しそうに声を上げる。
「え!ってことは、お医者さんになるの?!やっぱり一華さんと同じ小児科?」
「あ・・・。小児科じゃなくて、産婦人科希望なの」
「えっ?」
思わず声を上げてコーヒーを淹れる手を止めた私や、意外な答えに驚いた茉莉ちゃん、ゆき音の反応を見た彩恵ちゃんは「やっぱりね」と笑った。
「実はね、お母さん、高校生の時に病気になったんだって。そのこと知った時から、お母さんは私の病気を治してくれたのに、私はお母さんを救えなかったことが悔しかった・・・。だから、今度は私がお母さんと同じ病気の人を助けられるように、産婦人科医になりたいんだ」
強い意志を込めて話した彩恵ちゃんは、隣の一華さんを見て、すっかり大人の女性の微笑みを見せる。
「この話するといつも泣いてるね」
「彩恵だって、いつも泣いてるでしょ」
一華さんの言葉通り、彩恵ちゃんも頬を濡らしながら幸せそうに笑っていた。
「泣き虫なところは、一華に似たね」
和彦さんはそんな彩恵ちゃんを、優しく見守っている。相変わらず一華さんは笑顔はないけれど、一華さんの分まで笑うかのように可愛い笑顔を見せる彩恵ちゃんを、愛おしそうに見つめていた。
幸せな親子の姿に私までもらい泣きしそうになっていた時、涙を拭いた彩恵ちゃんが、小さい時のように目を輝かせながら聞いてきた。
「ねえ、日菜ちゃん、茉莉ちゃん、ゆき音ちゃん」
「うん」
「これからも、友達でいてくれる?」
茉莉ちゃんはすぐに「当たり前!」と言い、ゆき音も「私で良ければ、ぜひ」と言う。
「もちろん」
私はそう答えながら、コーヒーが入ったマグカップを差し出した。
これからも私たちが思い思われ、誰かに愛を注ぎ注がれて、生きていけることを信じながら。
A heart full of love ー愛を注ぐ人たちー 1054g @ERINn1203
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