第15話.騎士
赤い円の中に黄金の鷲の絵……それはラべリア王国の王家の象徴として使われている、いわゆる『王家の紋章』だ。
僕の大好きな『王国を守護するものたち』という小説によると、その紋章が許される軍隊は一つしかないという。それは国王直属の部隊……『ラべリア王立軍』だ。王国の中の数々の部隊の中でも最精鋭と呼ばれる彼らは、5倍の敵と戦って勝ったという。
今その王立軍が僕の目の前にいるのだ。彼らはみんな鎖の鎧を着ていて、槍や弓、盾などを装備している。数は30人くらいだが、100の敵が来ても彼らには勝てそうにないほど……威厳に満ちた姿だった。
そしてその王立軍を率いているのは、銀色の鎧に白い花の紋章が描かれている騎士だ。その白い花は王国の唯一の騎士団である『白金騎士団』の紋章だ。白金騎士団は騎士の中でも選ばれた少数だけが入団できる『国王様の剣』であり……王国の危機に姿を現す『ラべリアの守り神』とも呼ばれる戦士たちだ。
涙が出てきそうだった。白金騎士団の伝説のような活躍はもう何度も本で読んだ。ずっと憧れていた。僕にとってはまさに夢の中の存在……その一人が僕の前に現れるとは……!
騎士の鎧は、もうこの世のものとは思えないほど完璧だった。頭から足まで隙というものがなく、銀色の鋼鉄が美しい刻線を描きながら騎士の全身を保護している。あれが本で読んだ『板金鎧』なんだろう。どうすればあんなものが作られるのか、僕には想像もできない。
「止まれ!」
騎士が右手を挙げて命令すると、王立軍が一斉に歩みを止めた。そして騎士は馬から降りて、一人で村長に近づいてきた。その姿があまりにもかっこよくて、僕はまた涙を流しそうになった。
「そなたがこの村を率いているのか」
騎士が村長に質問した。銀色の兜のせいで顔は見えないが、若い声だ。
「はい、私がこの村の村長であります」
村長が片膝を折って、頭を下げながら答えた。白金騎士団の騎士ともなれば、この村の領主であるロナン男爵より爵位こそ低いけど、実質的な権力なら上かもしれない。なるべく丁寧に接しなければならないのだ。
「我々の旗の意味が分かるか?」
「はい、存じております」
「そなたの周りに隠れているのは、この村の成人男性たちか?」
「はい」
村長がまた素直に答えた。
「では、彼らをここに集めてくれ」
「かしこまりました……みんな、武器を下ろしたまま集まってくれ」
村長が僕たちに指示した。その指示通り、村の男たちは村長のそばに集まった。
「武器は一つの場所に捨てておけ」
村長がまた指示した。相手が王立軍だということを知ってしまった以上、戦うのは無理かつ無意味だと判断したんだろう。村のおっさんたちもそれを理解していて、素直に武器を地面に捨てた。もちろん僕もコルさんからもらった弓を地面に捨てた。
弓を手放したら少し不安になった。白金騎士団の騎士ともあろう人が、村を略奪したりはしないと思うけど……万が一そんなことが起きたら……。
騎士は僕たちが武器を捨てるところを見てから、手を上げて兜を外した。すると端正な顔立ちが見えた。相当な美男子だ。
美男子……? いや、違う。この人は……女性だ。つまりこの人は女騎士だ……!
僕はまたしても驚いた。確かに女騎士もいるって本で読んだことがあるけど、その数は極めて少数のはずだ。その少数の女騎士の中に白金騎士団に入団した人がいて、その人を間近で見られるとは。
女騎士は背が高くて、歳は30くらいのようだった。短い黒髪と鋭い目つきのせいで一見美男子にも見えるが、女性であることは確かだ。
生まれて初めて見る騎士が女騎士だということに、何か不思議な感じがした。そしてその女騎士の姿があまりにも印象に残って、その以来『騎士』といえば最初に浮かぶのは彼女の姿になってしまった。
「私は白金騎士団に所属している、ケイト・ブレンという者だ」
女騎士が名を名乗った。ケイト・ブレン……つまりこの人は『ケイト卿』だ。
「まずはこの村の人々にお詫びしたい」
兜を外したケイト卿の声は、女性にしてはちょっと低いけど魅力的だった。
「我々の部隊は、現在王国のための作戦を遂行しているところだ。そのため進軍を前もって知らせることができなかった。本意ではないが、あなたたちを驚かせてしまったことにお詫びする」
その発言に、村のおっさんたちの強張った表情がちょっとだけ緩んだ。この女騎士は貴族だし武力も持っているから、自分勝手に行動してもこっちは止められない。しかし彼女はちゃんと謝ってくれたのだ。
「その代わりに……とは言えないが、この村に余った食糧があったら全部買いたい」
「食糧……ですか?」
村長が聞いた。
「そう、進軍に必要な物資として食糧を備蓄しておきたい」
「そうですか。しかしこの村も冬を過ごしたばかりなので、あまり余裕はありません」
「少ない量でもいい。通常の3倍の価格で買おう」
ケイト卿は後ろを振り返って、王立軍の兵士たちを見つめた。
「おい、ランタンとお金を持ってこい!」
その指示に、兵士の一人が素早く動いてランタンと革袋を持ってきた。音からして革袋には硬貨がたくさん入っているに違いない。
「さっき言った通りだ。この村の余った食糧を通常の3倍の価格で買おう。少量でもいいから、誰か売ってくれる人はいないのか?」
ケイト卿がランタンの光で革袋を見せながらそう言った。しかし手を挙げたり声を出したりする人は誰一人もいなかった。
「本当に誰もいないのか? これはあなたたちにも悪い話ではないはずだ」
確かにそれはそうだった。余った食糧を3倍の価格で買ってくれるのはなかなか美味しい話だ。出来れば僕が売りたいくらいだ。しかし僕には余った食糧などない。
「あ、あの……」
その時、村のおっさんの一人が声を出した。
羊飼いと亡国のお姫様 書く猫 @kakuneko22
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