第14話.遭遇
「平静でいろ、アルビン」
「は、はい」
コルさんの冷静な一言を聞いて、動揺していた僕は落ち着こうと頑張った。
ふとコルさんが背負っている弓が視野に入った。大きくて古い弓だ。
そう言えば今までコルさんが弓を使うところを見たことがない。士官から立派な弓をもらうほどだから、きっと凄い腕のはずなのに。
「村長は賢明なお方だ」
コルさんが低い声で言った。
「だから無益な争いを起こしたりはしない。しかし相手の正体も分からない以上、万が一のこともありえる」
「そうですね」
「その時は俺たちが村を守るしかない。理解したか?」
「もちろんです……!」
僕は威勢よく答えたが、次の瞬間、当然な事実を思い出した。万が一のことが起きて、戦闘になってしまえば……僕は人間に向かって射撃しなければならない。それは兎とか狼に射撃することとはまったく違う……『殺人』だ。
まさか僕は今日、殺人をすることになるのか……? ついさっきまで僕はアイナと一緒に暖かい日々を送っていたのに、いきなり人を殺してしまうのか……?
狼の時もそうだったけど、何故災難はこんなにいきなり起きるんだろう。覚悟を決める暇もなく、気が付いたらもう目の前に立っている。
「アルビン」
「……はい」
「俺たちはただ村長の命令に従えばいい。あまり複雑に考えるな」
コルさんはまるで僕の心が読めたかのように、そう助言してくれた。それは多分コルさんも僕と同じことを悩んだからだろう。戦争で今の僕みたいに悩みながら……射撃したんだろう。だから今は……なるべく弓は使わない。忘れたいから。
そう、殺人がやりたくてやる人は少ないだろう。兵士だってそうだし、もしかしたら騎士だってそうかもしれない。でも……やるしかない時はやるしかない。単純に考えるんだ。守るためには敵を殺すしかない時だってある……!
僕は覚悟を決めて東側を見つめた。もう空は完全に暗くなったし、月明かりもない夜だから村の外の方はほとんど何も見えない。だから向こうからいつ何が出てくるかも分からなく、ただ注意深く警戒するしかない。
静けさの中で時間だけが流れた。今頃村の女性たちは逃げる準備をしているはずだ。もちろんアイナも……。
アイナのことが心配だ。妹は一人で不安に駆られているはずだ。もちろんコレットさんや村のおばさんたちが気を使ってくれるだろうけど、こんな時にアイナと離れているのは……僕も不安だ。
「くるぞ!」
誰かが叫んだ。そして微かに音が聞こえてきた。大勢の人が一緒に歩く音だ。僕は戦争に参加したことはないけど、この音の正体なら分かる。これは……進軍の音だ。進軍の音がどんどん大きくなっている。
「何故……偵察隊が戻ってこない?」
コルさんが言った。その通りだ。偵察隊は所属不明の軍隊が来る前に戻ってくるはずだった。それなのに……まさか……。
「みんな、武器を構えろ」
村長の声で、みんな自分の武器を手にした。僕も弓と矢を手にして、いつでも射撃できるように準備した。
僕の心臓はもう破裂しそうだった。狼に襲撃された時と同じ、いや、それ以上だ。頭はもう真っ白で、手が震えてくる。僕は精一杯歯を食いしばったが、それでも震えが止まらない。
「私が合図するまで、射撃したり、突撃したりしてはならん。分かったか?」
村長は足を運んで、村の入り口の真ん中まで行った。そしてそこに一人で立って、所属不明の軍隊に立ち向かおうとした。僕はそんな村長から何故か勇気をもらった。思いがけない危機にも沈着に振る舞うその姿を見ているだけで何故か安心できる。
「来たな」
コルさんの低い声と一緒に、松明の光たちが次々と坂道を登ってくるのが見えてきた。数は……少なくともこっちよりは多い。
所属不明の軍隊はもう目の前まできている。僕は弓を持った手に力を入れた。村長からもらった勇気と緊張が僕の中で激しく渦巻いて、もう耐えられないほど心臓がパクパクした。このままだと戦う前に倒れてしまいそうだ。
「……中止だ!」
声が聞こえてきた。先方からだ。つまり所属不明の軍隊の方から、誰かがこっちに向かって叫んでいる。
「……武装解除だ! 味方だ!」
その声は屠畜場のおっさんの声だった。彼は向こうから必死になって叫んでいた。
「コ、コルさん……」
僕は慌ててコルさんを見つめた。
「さっき言っただろう。村長の指示を待つ」
コルさんは無表情でそう答えた。
「みんな武器を下ろせ」
村長が指示した。僕たちは槍や弓を下ろした。
「味方だ! こっちは味方だ!」
屠畜場のおっさんの声が近づいて、ついには本人の姿が見えた。彼はありえないものでも見たような顔で村長に走ってきた。
「そ、村長!」
「落ち着いて説明しろ! あの軍隊は何なんだ!?」
「そ、それが……」
しかしもう説明する必要はなくなった。その時、雲に隠れていた月が出てきて……兵士たちを照らしたのだ。
「あれは……」
兵士たちはみんな鎖できた鎧と鉄の兜を着て、整列したまま歩いていた。その静かで威厳ある姿はどう見ても田舎の領主の軍隊ではない。毎日訓練を受けた、精鋭中の精鋭……。
「まさか……」
そしてその兵士たちが掲げている旗には、金色の鷲が描かれていた。このラべリア王国でその旗を持つことが許される軍隊は一つしかない。
「王家の紋章……」
どんな緊急事態にも動じなかった村長さえ驚きを隠せなかった。村長だけではない。コルさんも他の人たちもみんな驚愕の顔だった。もちろん僕もだ。僕にとっては、王家の紋章なんて本の中の存在だったのだ。
そしてその兵士たちの先頭には、鎖の鎧を着ている一頭の馬がいた。その馬に乗っている人は鉄の鎧と兜で全身を覆っていた。
「……騎士……」
それは紛れもなく、本物の騎士だった。僕がずっと憧れていた存在が……すぐそこまで来ていた。
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