第2章.運命の鍵
第13話.急変
その日のことは、いくら時間が経っても記憶の中に鮮明に残っている。それほど強烈な体験だった。
夕方までは何もかもいつもと同じ一日だった。僕は仕事を終えて、アイナと一緒に夕ご飯を食べていた。平和で暖かい夕食の時間……しかしいきなり聞こえてきた鈴の音が、その全てを奪ってしまった。
「お、お兄ちゃん!」
それは村の中央の井戸に設置されている鈴の音だった。その音は緊急時、たとえば戦争が起こった時、村の成人男性たちを集めるための合図だ。
何か大変なことが起きているに違いない。早く行ってみないと……!
「アイナ、家の中でじっとしていろ!」
「うん!」
素早く弓と矢を持ち、家を出た。空はもう暗くなっていたが、道が見えないほどではない。僕は転ばないように注意しながら村の中央に向かって走った。
井戸の周りから松明の光が見えた。もう村のおっさんたちが集まっているのだ。流石早い。僕は急いでおっさんたちに近づいた。彼らはみんな深刻な顔で、槍や弓などを持ち、村長を見つめていた。
どうやら鈴を鳴らしたのは村長のようだった。村長はいつもの余裕のある態度ではなく、厳しい顔つきをしていた。
「一体何のことですか、村長!」
屠畜場のおっさんが、みんなを代表して質問した。村長はまずみんなの顔を松明の光で確認した。
「コルはまだか……まあ、仕方ないな……みんな、よく聞け」
今ここにはコルさんを除いて村の成人男性の全員、約20人が集まっている。その20人が村長に注目した。
「ついさっき……一人の行商人が私のところにきて、驚くべき知らせを伝えてくれた」
村長の声は小さかったけど、しっかりとみんなの耳に届いた。
「その知らせとは……ある軍隊が、東の道からこの村に向かって進軍している、ということだ」
「……あ!」
僕はあまりにも驚いて思わず声を上げた。しかし他のみんなは静かだった。みんな内心驚いたはずなのに、慌てたりはしない。戦争を経験したからなんだろうか。
「で、それはどこの軍隊ですか?」
また屠畜場のおっさんが質問した。
「我が王国の軍隊であることは確かだ。しかし……どの領主の軍隊なのかまでは、行商人も知らないようだった。暗く遠くて旗を確認できなかったらしい」
「その行商人は今どこに?」
「すでに村を出て逃げた」
村長の説明で、僕たちの村が危機に直面していることが明らかになった。所属不明の軍隊が、今こちらに向かっている。
軍隊が来ると、ろくなことがない。それは同じラべリア王国の軍隊でも例外ではない。もしかしたら……村が略奪されるかもしれない。いや、それだけは……平和で静かな日々を失うわけには……!
「男爵様からの知らせは?」
「ない」
村長が首を横に振った。それは普段ならありえないことだ。この村はロナン男爵の領土だから、他の領主の軍隊がここに進軍する時は、ロナン男爵に前もって知らせる必要がある。そうしないと侵略と同じだ。
「みんな、今の状況の大変さが分かったか? なら偵察隊を編成する」
村長はちょっと考えてから3人を選んだ。屠畜場のおっさんを含めたその3人は、みんな戦争で活躍したと噂されている人たちだ。
「お前たちは遠くからその軍隊を観察して、なるべく情報を集めてきてくれ。所属、規模、編成……分かったか?」
「はい!」
偵察隊の3人は早速村の外へ向かった。僕は彼らの後ろ姿を目で追った。その時、誰かが僕に近づいた。
「アルビン」
「コルさん」
それはコルさんだった。コルさんは松葉杖で必死にここまで来たのだ。彼の背中には弓と矢があった。
「コルも来たか。それじゃ今度は連絡隊を編成する」
村長は足の速い3人を選んで、村の女性たちにいつでも逃げられるように警告する任務、そして隣の村とロナン男爵にこの事実を知らせる任務を任せた。
「他のみんなはもしもの時に備えて、武装したまま東側に隠れる」
残った人たちは村長の命令に従って、村の東側に移動し松明を消して隠れた。僕もコルさんと一緒に木の陰に隠れた。
「アルビン、状況を説明してくれ」
「はい、それが……」
僕は今の状況を説明した。コルさんは軽く頷いた。
「それは大変だな」
コルさんが『大変』という言葉を口にするのは初めてみた。僕は更に緊張した。
空気が冷たくなったのに、額から汗が流れた。まさか兵士たちが村を襲撃したりして……略奪されるのかな……そうなったらこの村は……この村の平和は……。
悪い想像がどんどん膨らんで、僕は動揺した。
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