8 忍び寄る不穏の影


 聖隷理亞帝都病院救急センター。

 5人の若い当直医が詰めるこちらも、ひと時の平穏に包まれていた。


 コーヒーを飲むもの。

 世間話をするもの。

 日報を書く者。


 それぞれの朝を過ごしていた。 



 午前8時16分 ――


 プルルル。

 救急隊員とセンターを繋ぐホットライン。

 けたたましく鳴り響く電子音が、休息の終わりを告げた。

 当直の医師がすぐさま、受話器を取り上げる。


 若手の巻田という医師だった。


 「はい、東都聖隷国際病院、救急センター」


 数秒後、彼は眉をひそめながら、相手の言葉を復唱するのだった。

 それが、終わりなき今日を迎える第一声となるとも知らずに……。


 「……地下鉄火災!?」


 同時に、センターに戻ってきた石倉は、その医師の表情から事態を察した。


 「どうした?」


 巻田が、受話器を抑えながら話した。


 「東京消防庁からです。

  小伝馬町駅で地下鉄火災が起きて、多数の負傷者が出たようです」

 「地下鉄火災?」

 「ええ。それで、ウチで急患何人受け入れられるか聞いています」

 

 石倉は、即座に答えた。

 地下鉄火災。となれば、重度の火傷が予想される。

 対応手順が、まるで読みつくした小説のページめくるように、鮮やかだった。


 「4、5人は大丈夫と伝えてくれ」

 「分かりました」

 「他の者は、第2、第3手術室へ。

  火傷治療に備えた準備を至急。

  それから石井、看護婦長にも連絡入れといて」

 「はい!」


 石倉の掛け声で、担当医たちが席を立ちセンターを次々と後にする。


 「さて、後は患者の容体如何か」


 ■


 一方、警察無線も騒乱を告げ始めていた。


 午前8時21分


 だがそれは、聖隷理亞帝都病院の受信したものとは、明らかに違う情報だった。

 


 ――警視庁から中央指令。


 ――中央どうぞ。


 ――110番入電につき、最寄りのPBより応援要請願います。

   場所、八丁堀2丁目22番。日比谷線の八丁堀駅。

   事務所より。駅構内で具合の悪くなったもの2名がいるそうです。

   あるいは、事件事故等やもしれませんが詳細不明。

   駅職員XXXXからの110番通報。整理番号274番。

   入電8時21分。担当XXXX。どうぞ。


 ――中央了解。


 ――警視庁から各局。中央管内。調査方。

   警視庁から中央。


 ――中央どうぞ。


 ――恐れ入りますが、次のところにもPB員等の派遣を要請。

   場所は日本橋茅場町1丁目4番6号。

   日比谷線の茅場町駅。同所までお願いします。

   内容は先に八丁堀駅にて指令した件と、同件やもしれませんが、異臭がして4名ほどの病人が出た模様。

   日比谷線、茅場町駅までお願いします。

   110番整理番号275。8時23分。担当XXXXどうぞ。


 ――中央了解。指示を待つ。どうぞ。


 ――警視庁了解。続いて110番入電……

   

   

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平成細雪奇譚 クライシス・レイルウェイ 卯月響介 @JUNA

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