第78話 光の最強魔法

「そんな! 信じられない!」


 愛は間違いであって欲しいと願った。

 しかし、その人物から来る気配は、紛れもなく恵み姉さんだった。

 全員が戦闘態勢を取っていたのに、愛だけが突然驚いた声を出したので、ユリアが心配をして聞いてきた。


「愛、どうしたんだ?

 あいつが……、悪の大魔導士でないのか?」

「あ、あの人は私の……、お姉さん!」

「なんだって!」


 そこに居た全員が愛の言葉を疑った。

 なぜなら、愛のお姉さんがここに居る筈は無いと誰もが思った。愛のお母さんからのメッセージで、愛のお姉さんは、橘流の後継になっていると。


 昔の面影を少し残した愛のお姉さんは、嗄れた声でゆっくりと話し出した。


「愛、お久しぶりね。

 その顔は、どうしてお姉さんがここに居るのって、言っているわよ。

 訳を、……知りたそうね」


 愛はゆっくりと頭を垂れて、再び持ち上げた。


「私は貴女が憎かった。

 橘流の後継者はたった一人。私はそれになりたかったのに、唯一立ちはだかる人物が居た。

 それが愛、貴女!

 同年齢だと、遥かに貴女の方が強いと母さんが言っていた。私もそう思い、死に物狂いで練習をしたわ。いくら頑張っても、貴女が年を取る度に、私との力の差が縮まって行った。貴女への憎しみは、年を追うごとに増して行ったのよ。

 でも、そんな私にも、幸運が訪れた。

 そう、私と貴女が橘流の後継者を賭けて戦った日。ほんの僅かな差で貴女に勝つ事が出来た。こんなに嬉しい事は無かったわ。

 もし、半年遅れて試合をしていたら、私は多分負けていた。

 でも、喜びは束の間で、貴女は異世界に行くだろうと、お母さんとお父さんが私に言った。

 それから、この世界の事を知り、色々とお母さんが教えてくれたわ。

 そして、愛。貴女がこの世界では、一番の魔法の使い手になるとお母さんが言った。

 私は、橘流の一番には成れたけれど、……たったそれだけ。

 方や、貴女は異世界で一番。

 私はそれが、許せなかった!!

 再び貴女を憎いと思い始めて、魔法の特訓を始めたわ。お母さんからそれとなくやり方を聞いてね。

 そして強力な魔法が発動出来る様になると、この世界に来た。

 でも、私がこの世界に来た20年前は、魔物と均衡が保たれていて、強い魔法使いは必要では無かったわ。

 そう、この世界に、私は必要とされなかった。

 それなら、私が悪の大魔導士となって、この世界をこの手に収めようと思った。そして、少しずつこの世界を掌握する様になったわ。あと少し、あと少しでこの世界は私の物になった。

 しかし、予想通り貴女はこの世界に現れ、再び私の邪魔をする存在になった。

 愛!! 私は!! 貴女が憎いのよ!!」


 愛は直感で、強力な魔法が来ると分かると、直ぐに大声で仲間のみんなに言った。


「魔法が来る! 盾を使って!!」


 それを聞いた愛の仲間達は、即座に盾を魔法で作り出した。


 恵は、闇の魔法を発動した。

 それは、善なるものを焼き尽くす、闇の最強魔法だった。


 盾からはみ出た部分に容赦なく闇の魔法が襲いかかり、仲間から悲鳴が聞こえてきた。

 愛も左肘が少し出ていて、そこを焼かれ、皮膚がただれ初めた。余りの痛さに我慢できなくて悲鳴をあげた。


 恵はそれを聞くと、薄気味悪い笑い声を上げながら、更に闇の魔法を強めていった。


 このままだと、全滅するかもしれないと愛は思った。盾の耐久力は、そんなに長くは持たない。

 左肘は、憎しみの様な痛みが残っており、これがこの魔法の特徴と思った。


 ふと、愛は、対極にある光の魔法の特徴が、何なのかが初めてこの時に分かった。


 彼女は、右手の中で愛するユリアからの愛を、手の中でイメージした。

 すると、今まで出来なかった光の最強魔法が手の中で再現出来た。


 彼女はこの時、初めて理解をした。光の最強魔法は、愛だと!!


 彼女は、ブレスレットと体に残っていた魔法を全て使って、光の最強魔法を恵姉さんに向かって発動した。

 シャスタ山と同じ、とても強い、とても強い光が恵姉さんの魔の最強魔法と激突した。

 しかし、それでもなを、最初は魔の魔法に押されていた。


「愛、貴女が憎い!! 憎い!! 憎い!!」


 恵姉さんが言った憎悪の言葉に、更に魔の最強魔法が強まっていった。

 彼女の言葉に押されて愛は、あわや、完全に抑え込まれようとしていた。


 それを見たユリアが、直ぐに愛に声を掛けた。


「愛、頑張れ!!」


 愛は、ユリアの言葉に、千の援軍を得た。

 彼の言葉は、彼女にとって、愛そのもの。

 彼女の光の最強魔法が更に光り輝き、恵姉さんの魔の最強魔法を徐々に押し返し始めた。


 そしてついに……、恵姉さんの身体が突然燃え始めた。


 恵は光の最強魔法で焼かれながら、悲鳴をあげ、地面をのたうち回りだした。

 けれど愛は、姉のした事を許す事が出来ずに、魔法を止めなかった。

 愛の目からは、大粒の涙が、あとから、あとから溢れ出ていた。


「愛! もう止めるんだ!」


 そう言って止めたのは、ユリアだった。


「既に勝敗は決まった。

 これ以上、愛を苦しめたくは無い」


 愛は泣きながら魔法を止め、ユリアに抱きついて泣きじゃくり始め、彼は優しく抱き返してくれた。

 彼の腕の中で、彼女は泣いて、泣いて、泣いて、泣いていた。

 彼がもし居なかったら、気が狂ったかもしれない程泣いていた。


 ユリアはアンドリューに言った。


「兄さん!」

「ああ、分かっている」


 アンドリューはそう言うと、恵姉さんに真空魔法と同時に、暗器で心臓めがけて投げた。

 暗器は切り裂く音と共に、彼女の心臓を直撃し、大量の血が流れ出した。


 恵姉さんは、最後の悲鳴をあげると絶命した。

 全ての戦いは、これで終わりを告げた。


 恵姉さんの遺体は洞窟の外に持ち出され、切り裂く魔法で細かく切り刻まれ、猛禽類達がそれを食べ始めた。


 ユリアの腕に抱かれながら愛は、恵姉さんに別れの花を一輪捧げ、別れの言葉を言った。


「恵姉さん。……さようなら」


 恵姉さんの肉体が全て天に帰るまで、愛は止まらない涙を拭おうともしなかった。

ユリアの腕の中で、愛は恵姉さんを最後まで見守っていた。

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橘愛と異世界の仲間たち 坂本ヒツジ @usasasuke

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