最終話
夜月が次に意識を取り戻したとき、JR大宮駅の新幹線改札口の外に立っていた。
周囲を見渡すと人で溢れかえり、通路にはカステラやらドーナツやらの土産物を扱う店が並んで賑わっている。
パーカーのポケットからスマートフォンを取り出したが充電されておらず、日にちも時間も分からない。
仕方ないので少し歩いて西口から外へ出ると、向かいのビルに設置された大型エキシビジョンに目をやる。太陽の位置から考えてちょうど正午くらいだろう。
ウェザーニュースの日付によれば、クイーンの最期から4日ほど経っている。
背負っているリュックサックが妙に重かったので下ろして中身を確認してみると、水々しいキュウリとトマトが入っていた。
(終わったんだ…。)
ボウガは無事に、女王蜂の針を里へ返したのだろう。
多心同体の夜月は彼女に身体を貸していたのだ。その間は人格を表に出さず、一切の記憶を残していない。
だからジガたちの故郷が新幹線を使って移動するような場所にある……程度しか分からなかった。
どんな所に住んでいたのかも、他に同じような任に就いていた者がいたのかも、全く不明である。
「この野菜はお土産? もらってもいいんだよね?」
バス停を目指して歩きながら、自分の中にいるボウガに尋ねる。
言葉は喋らないが、深淵の中で頷いたのが伝わってきた。
最後の最後で蚊帳の外に追いやられたことにもあまり感慨は沸いてこない。
里の秘密を知ってしまったら夜月が狙われるということなのだろう。
ボウガなりの気遣いだと解釈したので、呆気ない結末も受け入れている。
(この世界には針以外にも『異能』がたくさんある)
神尾エリは自殺する前に、夜月に様々なことを語ってくれた。
もっとも驚くべきは異能を持つことの代償である。
超常の力は持ち主の寿命を削る……クイーンはそう断言した。
大して力を使わなくても『針』を所持していれば数年で命が尽きるという。
エリ自身も
もともと異能を持って生まれてしまったエリは寿命が短かったのだ。
それは彼女だけでなく、ジガやヒガやボウガにも同じことが言える。
儚いからこそ強い。何とも皮肉な話だった。
(クイーンが死んでも、ばら撒かれてしまった『針』は消えない)
バス停の電光掲示板には待ち時間が表示されていて、まだ15分もあった。
気が変わった夜月はK塚公園まで歩く。
降り注ぐ日差しに肌が焼かれる中、ベンチへ腰を下ろした。
先月、近くでホテルの爆破テロがあったので未だに人通りは少ない。
その犯人は微笑ましい光景をジリジリ焼かれながら眺め、物思いに耽る。
「放っておけば、クイーンの元から逃げ出した蜂たちは近いうちに死ぬ」
いずれも夜月をいじめていた連中だ。感慨は無い。
しかし、ある意味ではクイーンの被害者でもある。
彼女たちを救う方法はいくつかあった。
例えば、夜月の持つ『因果を断つ剣』で異能を切り取ってしまえばいい。
そうすれば『針』で命を削られていくこともなくなる。
「でも、今は」
何もかもどうでもよかった。
誰が死のうと、誰が生きようと、関心が無い。
それは自分に対しても例外ではなく、例え『因果を断つ剣』を持ったまま朽ちようとも構わなかった。
もし助かりたいと思ったなら自らの異能を使って、自分自身を斬ればいい。そうした場合はボウガの人格も壊してしまうことになるから彼女の同意も必要だろう。
おそらくは反対されない。
「ボウガ、これからどうする?」
同居人は答えない。
独り言の多いイカれた奴だと思われても構わなかった。
無色透明な2つの人格は寄り添ったまま。
ふと、夜月は神尾エリの真意を思い出す。
自分がどれだけ大きなことができるのか、知りたかった……そんな感じだった。
「わたしたちも、何か大きいことする?」
具体的には何も思い付かなかった。
けれど、このまま脱水するまでボーッとしているよりはスケールの大きなことができそうな予感がする。
K塚公園の入り口にはひょろ長い影がふたつ。
どちらも人間ではない。文字通り、影が地面から立体的に伸びたかのようだった。
手足と頭があるからシルエットだけはヒトに近い。
「あれは影遁なんだね」
唐突にボウガがシェアしてきた知識で正体を確認し、夜月は立ち上がる。
腰を落としてゆっくりと……人差し指で虚空をなぞった。
異能の抜刀。
筋組織と神経網に溶け込んだ『針』はビリビリと空気を震わせる。
「少なくとも、生きよう。あんな影法師に殺されるのは嫌」
内にいるボウガは強く同意してくれた。
おそらくは、里からの追跡者なのだろう。
夜月を始末したいのか、ボウガを殺したいのか、どちらかは不明だが明確な敵意を感じる。
「ねぇ、ボウガ。あの術を使っている本体の位置は分かる?」
伝わってくる。遊歩道の向こう側に異能の使い手が隠れているようだ。
これからは追われる身になるのだろうか。
同居人はいつまで協力してくれるのだろうか。
異能を抱えたままいつ寿命が尽きるのだろうか。
(全部、あとで考えよう)
平坦だった夜月は昂揚していた。
どうでもいいというニュートラルな感情は消えて殺意が芽生える。
死にたいのか、生きたいのか、そう尋ねられたらなるべく後者と答えよう。
自分で選ぶのなら、どちらでもいい。
しかし他人にどちらかを強制されることに嫌悪を感じる。
叛逆の心と共に手の中に重みを感じた。
夜月の『針』は漆黒の片刃の剣となる。何か名前を付けてやりたい。
咄嗟の衝動に従い、呼んだ。
「いくよ、エゴ」
これからも。
(了)
アンムーアド・エゴ 恵満 @boxsterrs
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