電話をひとつ買わせてください!

ちびまるフォイ

答えは目の前に

「今日はどういったご用件で?」

「電話を買いに来たんです」


「なるほど」


店員は手元の電話で本部に連絡した。


「本部、本部。こちら支部店。お客様1名をご案内いたします」


電話を切ると客に向き直った。


「なにか機種はお決まりですか」

「騎手……? いえ、まだなにも」


「でしたら、こちらはいかがでしょう。

 先日発表されたばかりの最新作。

 画面はなんと背面にもついているシェアパネルを採用。

 カメラも最新でなんと透視機能付き。骨や筋筋までくっきりです」


「いえ、あの……」


「もちろん、これだけではございません。

 実はこの機種にはヒートモードがございまして、

 端末が暑くなることで後ろのディスプレイで目玉焼きが焼ける!

 忙しい朝にこそ最適の最新機種となっています!


 し・か・も、この最新機種をご契約するまえに、

 高価な壺とよくわからない絵画をご購入するれば端末価格は実質ゼロ!

 そう、無料で最新機種が手に入るんですよ!!」


「他のはないですかね……?」


客の一言に店員の目の色が変わる。


「本部、本部。こちら支部店。コード"レッド"のお客様です」


通話を切った後、ふたたび客に向き直ると笑顔で答えた。


「お客様、少々お待ちください。

 かならずやご希望に添えるものをお持ちします」


数時間後、荷台いっぱいに電話を詰めたトラックが

店舗の壁をぶち破って入ってきた。


「おーらい、おーらい、すとーーっぷ」


店員はそのうちのひとつを手に取り説明をはじめた。


「お客様、当店はこの地域でもトップクラスの品揃え。

 色も性能も見た目も、必ずお客様にぴったりなものをお見繕いしますよ」


「もうこれでいいですっ」


客は一番近い場所にあったものを手にとった。


「……さすがですね」

「え」


「お客様、実はそれはまだ日本で発売されていないモデル。

 それを選ぶとはやはりお客様はやりての方ですね」


「いや……」


「そちらの端末ですと、宇宙ステーションとつながっていまして

 24時間どこにいても地球惑星の座標を確認できるほか、

 折りたたみ機能で端末を鶴の形に折って収納もできます」


「逆に色んな部分が尖ってて邪魔じゃないですか……?」


「それだけじゃありません。高性能な人工知能を内蔵しているので

 これから検索しようとしていること先に検索して表示し

 通話相手が話す言葉を先読みして0.1秒先にあなたに伝えます!」


「0.1秒なら別に……」


「それで、プランはどうしましょう?」


店員は複雑な表が並ぶパネルを出した。

そのサイズは銭湯に描かれている絵よりもデカい。


「お客様のご年齢ですと、この

 "アンブローチメント・ハイディショナル・オピシャリティ"プランがオススメです」


「よく噛まずに言えましたね」


「略して、AHOです。こちらのが聞き覚えあるのでは?」

「いえまったく」


「こちらのプランですと日々の毒電波受信料が一律になりまして、

 データマイミングロードもゴーマイウェイでランニングし放題。

 同じプランをご契約の人とバディになったときは10Mまでドメ得です」


「……それ以外のプランで」


「さすがお目が高い。普通のお客様ならこのプランに飛びつくところ

 お客様はさらにその先を目指すというわけですね。かしこまりました」


店員は本部に連絡をする。


「本部、本部。こちら支部店。お客様のご要望がありました。

 アカシックプランの解放許可をお願いします」


『承認した。許可する』

「ありがとうございます」


店員は電話を切ってまた向き直る。


「大変おまたせしました。ただいま本部から限界突破の許可が出ました。

 これにより、これまで秘匿されていたプランもお客様にご紹介できます」


「え……いや私は……」


「お客様は異世界に行かれますか?」

「……は?」


「よく異世界に行かれる方ですと異世界通信量が定額の異界割の

 この"ナロウプラン"がチートのオプションがついてオトクです」


「それ以外で」


「さすが。ではこちらの"超絶覇獄滅塵暗黒魔龍破断剣"プランは?」


「必殺技じゃなくて?」


「こちらのプランですと、お客様の身体能力が向上します。

 オプションで好きな筋肉の部分を増強できるほか

 既読無視されたときに自動で筋肉返信してくれる自動フィジカル機能も充実。

 さらにはどれだけ筋トレしても乳酸がクラウド上に保存されて後で受け取れる

 "どこでも乳酸"に自動加入できるという特別なプランです!」


「ほかで」


「これでもダメですか! お客様、では私も本気を見せるとしましょう」


店員は上着を脱いだ。

上着は普通の上着より重くなっていて、着ているだけで接客の腕が上がる。


それを脱いだということは、単に暑くなったということ。

春の始まりを告げる!


「お客様、では、こちらの

 "アンリミテッド・ファイナルシーズン・終わりの始まり"プランは?」


「え、えーっと……?」


「こちらのプラン内容は充実しすぎて口では説明できません!」


店員は辞書ほど厚みのある本をテーブルに載せた。


「どうですか! なんとこの本に書かれているプランがなんでも使い放題!

 これ以上のプランはないですよ! 森羅万象あらゆるニーズに答えます!!」


「あの私は……」


「お腹が減った? ご飯に関するプランもあります。

 鼻がかみたい? ティッシュもらい放題のプランもあります。

 背中がかゆい? もちろん、背中をかくためのプランもあります!!


 普通のお客様には高額ゆえお伝えできませんが、

 この全方向死角なしの最強プランこそお客様にふさわしい!!」





「いらないです」


「うそぉ!?」


店員は最後の切り札でさえ通じなかった相手に絶望した。


「ば、バカな……こんなお客様がいるなんて……!!

 接客30年。ついに私は自分の想像をも越えたお客様に遭遇したというのか……!!」


店員は震える手で本部に連絡する。


「本部、本部。緊急事態です。

 こちらのあらゆるリーサルプランでご満足いただけなかったです」


『なんだと!? ついに"神級SSLR"の客というわけか……!!』


「やはり世界は広い。存在は都市伝説ではなかったんですね」


『こちらでも緊急対策会議を始める。その結果を待て』

「はい!」


電話を切った店員は客に向き直る。

店員が切り出す前に客が聞いた。


「あの、その電話は?」


「ああ、これですか。通話機能しか無いただの会社用の電話です。

 なんのオプションも入っていないし、プランもなく、機種も古い電話ですよ」





「それください」


客は満足そうに店を出ていった。

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