離れる
かち、かち、かち…………。
部屋の中を、無機質な音だけが包み込んでいた。
時刻は昨日から2分と少し。最新のLED電灯のおかげで昔の戦争ドラマみたいにくらい雰囲気は無いけれど、部屋の中は涼しい。
「まだ12時ですか」
そう呟くと、余計に部屋が冷たく感じた。
いつもの温もりを感じないのは、これで2日目だった。
彼女の出て行ったドアを見つめて、静かに息を吐き出す。
「そういえば、1日は86,400秒らしいですよ。2日なら172,800秒ですね。こう聞けば、永遠みたいに長く感じるこの時間も、納得できます」
けれど、たった2日。
この
かち、かち、かち……………。
部屋の中を、無機質な音が包み込んでいた。
いや、その中に一定のリズムで小さな音が紛れ込んでいる。
「すぅ………すぅ………すぅ………」
最新のLED電灯のおかげで、部屋の隅までが明るい。なのに暗く映る部屋は、唯一の温かさが消えていた。
こんな時でも丁寧に掃除されたキッチンのシルクがきらきらと反射する。好きな家事にでも集中していないと、寂しさを紛らわせなかった。
部屋の中央にあるテーブルのイスは、向かい合うように2つ並んでいる。
そこに腰かけている彼は、規則的な寝息をしていた。
時刻は昨日が終わってから1日が経った3分後。
彼女が出て行ってから、3日が過ぎた。最後にドアの奥に見た後ろ姿が、静かに崩れかけていく。
テーブルの上には湯気の立ち昇るコップが2つ。待ち望まれた乾杯は、未だ訪れようとしていなかった。
かち、かち、かち………。
部屋の中を、急かすような音が満たしていた。
時刻は朝の2時と数分。小さな電灯を頼りに、黙々と機械の叩き付けるような音が続いている。
軽快なリズムと不定期な静けさを交えながら、ゆっくりと時間は過ぎていく。
1週間と少し。それが提示された条件で、80%が必要な完成度だった。
既に7日が経過して、頭の奥がぼーっとしている。勿論寝ていない訳ではない。けれど、最高のものを創り上げていく中で、少ない期間は睡眠時間を削ってしまう。
何よりも、ここに無い温もりが体の芯まで冷やしていた。
カチャカチャカチャカチャ…………。
無機質な二つの音色が、ただ静かに木霊していく。
タタンっ。
時刻は日付が変わって2時間と少しだった。
真っ暗で凍てつく道を、1台のバスが走り抜けていく。人の姿はどこにも見えない。
進み始めてから、時間が経つ毎に人の気配が消えていった。夜の街路を照らす明かりも、残業残る会社も、居酒屋も、次第にその姿を消していった。
今ではただ、寒い車内から真っ暗な夜空を見上げることしかできない。
小さな明かりだけ、胸にぽっかり空いたような温もりに、恋焦がれている。
暫く経って、バスを降りた。暫く経って、指先が赤く染まった。
吐き出される真っ白の吐息が数秒で闇色に溶け、ただただ冷徹な空気が肌をなでる。
1歩、歩く、さらに1歩。そして1歩。
1歩、早く歩く、さらに1歩、早く歩く、そして1歩、さらに早く歩く。
走る。
走る——。
足を止めた目の前に、扉が迫る。
冷たい取っ手と、暗い家。シャッターは閉じられ、しばらくドアが開いていないことは、ドアの前の忘れ物で気付いた。
落としてしまった、1本のペン。風で動いたのか、少しズレているものの、ドアの前に落ちていた。
あれから、6日と少し。いまさら、どうしたら良いのか見当が付かなかった。
取っ手に伸ばした手が、離れる。また取っ手に近づいて、離れる。
そうして何度か、もやもやした気持ちが募るままに葛藤を繰り返した。
カチャ。
鍵を開ける。
何だか今、このドアを開けないといけない気がした。
時刻は日付が変わって3時間と少し。眠れないまま、ただ時だけが過ぎていた。
でも今は、なんだか不思議と心が落ち着く。
ドアノブを握って、静かにドアを開いた。
「あ———」
小さな吐息は、愛しい客人から漏れた。
その震えた声と姿を見て、僕は小さく息を吸う。うん、寒い。
「お帰りなさい。暖房と、ストーブ、それから温かいココアの豪勢なお出迎えですよ。」
さぁ、中へ入ってください。
僕と彼女 抹茶 @bakauke16
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