ちょっと珍しく
「ふんふふんふふ~ん ♪ 」
楽し気な鼻歌が静かな室内を満たしていた。
六月の一日、雨。
雨音は強く、時おり風向きが変わると窓を叩きうつ。
梅雨にしては珍しい、本格的な大雨だった。
「ふふふ~んふふんふっふふ~ ♪ ――あ」
「どうかしましたか?」
この雨の音で集中できないと判断した彼女は、僕の元に来るなり『構って!』の一点張りだったので、洗濯物を畳んでもらっていた。
機嫌よく鼻歌を披露していた彼女の手が止まる。
「そういえば、今月は六月だよね?」
「? そうですよ」
「だよねだよねっ」
「はい」
天気だけじゃなく珍しいテンションの彼女だった。なぜだか瞳が輝いている。可愛いな。
「可愛いな」
「だかひゃっ?!」
「え、あ、すみません。声に出てましたか?」
興奮気味で話そうとしていた彼女が、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
確かに話す邪魔をしてしまったのは悪いと思うけど、なんで睨まれるのだろうか。
「そーゆー不意打ちは……ずるいよ」
「――あ、もしかして口調ですか?」
こくりと肯定。
失敗した。いつもはちゃんと意識して話しているだけに、無意識な呟きまで考えてなかった。
「えっと……すみません」
「……別に、良いけどさ。何か、急にそんなカッコよくされたら……ずるいよ」
「ごめんなさいです」
微妙に褒められてるのか責められてるのか分からない。
とりあえず、彼女の機嫌を治すためにも話題を変えないと。
「そ、そういえば、さっきは何の話をしようとしてたんですか?」
「むぅ……」
若干不満げな顔をされたけど、すぐに切り替えてくれた。本当に優しい。可愛い。大好き。
――そうだ。
丸くなっている彼女に、僅かな
彼女の声が聞こえやすいように、傍まで移動する。
「それでね、六月っていうのは英語で『ジュン』っていうでしょ?」
「はい」
「そのジュンっていうのは、ジュピターの妻ユノ、英語で『ジュノー』から取られたらしいの。それでね、そのユノって人が、結婚生活の神様なの」
なるほど。僕に説明する機会は少ないからか、いつもとは違う彼女が見える。ちょっと自慢気で、ちょっと楽しそうで、嬉しそう。
「それでね――」
「ね、あのさ」
「っ!?」
再び話そうとする彼女の手を握って、瞳を前から覗き込むように見つめた。
そのまま、少しずつ彼女の顔に近づき……
「え、えっ!? ち、ちか……」
「――(君を六月の花嫁に、僕がしてあげようか?)」
「―――ッ?!?!」
どうだろうか。僕なりにかっこいい話し方というのを考えてみたのだけれど。
彼女が話そうとしてくれたこと、多分だけど僕も知っている。
ユノが結婚生活の神だから、六月に結婚すると幸せになるらしい。
多分だけど、そう言いたかったんだと思う。そして、六月に結婚した花嫁を六月の花嫁、『ジューンブライド』と言うらしい。
何でも、世の中の女性が憧れるらしい。
そして、
「ぁ……ぅ……ぁ……」
彼女もまた、憧れる人の1人なんだと思う。
真っ赤に染まった顔で目を大きく開いた彼女が、口をぱくぱくさせているのがとても可愛い。このためなら頑張った甲斐があると思う。
頭が回らないのか視線が
彼女の愛らしくぷるぷる震えた手が、振り上げられる。
「――――っ!!!」
ぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこぽこ…………。
嬉しさと恥ずかしさのメーターが振り切れちゃったみたいだった。
まったく痛くないどころか、むしろくすぐったいくらいの力で僕の胸を叩き続ける。その間も彼女の頭は僕のお腹あたりをぐりぐりしてきていて、
(何か、もう……僕も幸せなんだけど)
こんなに愛おしくて可愛くて優しくて可愛くて可愛い彼女を持てるなんて、僕の運勢は尽きたと言っても過言じゃないと思う。
けれどそれでも、十分なくらいに幸せ。
「夕飯は何が良いですか?」
「……私の大好物で」
「分かりました。とびっきりの肉じゃがを作りますね」
宥めるように、抱きしめて撫でまわす。彼女の透き通るような髪はさらさらしていて、僕の手から滑り落ちるように垂れている。
「さ、仕込みをしないとですね」
「……待って」
ぎゅ。
「はい?」
立ち上がろうとした僕を、彼女の腕が止めた。
何事かと振り返り、彼女の瞳を見つめた。
「不束者ですが、宜しくお願いします。来年の六月、楽しみにしてるね……っ!」
そう言って彼女は、逃げるように自室へと駆けていった。
――。
―――。
――――。
「どうしよう。幸せ過ぎるんだけど」
それからおよそ3時間、僕はぼーっとしていた。
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