昨日:今日=2:1

ちびまるフォイ

明日の八方ふさがり

家に帰ると部屋が空き巣によってあらされていた。

壁には「今日1日を最後の日だと思って過ごせ」と殴り書きされていた。


「け、警察に電話しないと!」


確認したが、部屋の貴重品は残ったままで侵入した形跡もない。

壁の文字もなんだか怖いし、ポルターガイストかもしれない。


怖くなってきたとき、1通の通知が届いた。


『昨日をお支払いいただけなかったことで、

 明日を迎えることができませんでした』


ケータイに届いたのは意味不明な通知だった。


「なんだろう、これ……?」


その翌日。

テレビを付けると爽やかな顔でアナウンサーが挨拶した。


『おはようございます。4月2日の朝になりました』


SF好きな俺はすぐにピンときた。

今日がループしているということに。


通知元をたどって事情を聞いてみようにも、

昨日と同じ今日を過ごすことしかできないのか

体は心を無視して勝手に昨日の動きをリプレイしていく。


(くそ! 体が動かない!!)


行きたくもない学校に行って、すでに聞いた授業を受けて帰る。

新鮮味のない今日1日を過ごすと2日ぶんは疲れた。


「昨日をお支払いって……どういうことだよ」


通知を読み進めていると、最下段にボタンがついていた。



【 昨日2日を使って、明日1日を買う 】



とにかく、ループする毎日閉じ込められるのは避けたい一心でボタンを押した。

翌日はニワトリより早く起きてニュースをチェックする。


『おはようございます。4月3日の朝になりました』


「ほっ……ちゃんと明日になってる……」


昨日の体が操り人形のように動くこともない。

自分の意思で動き、自分の意志で決めることができる。


明日を無事迎えられたありがたみを感じてからは、

毎日寝る前にかかさずボタンを押した。


【 昨日2日を使って、明日1日を買う 】



そんな毎日が続いていたころ。


「今日の放課後、楽しみだよな」


「え? なにが?」


「なにがって忘れたのか? ボーリング行く予定だったろ」


「そうだっけ? 聞いてないよ」

「言ったよ! お前だってカレンダーにメモってたじゃないか」


自分のケータイにあるカレンダーをたしかめる。

そこには確かに予定が書き込まれていた。


まるで覚えがない。


「悪い、ちょっとうっかりしていた」


「どうしたんだよ。らしくないな。昨日のことだぜ?」

「つ、疲れてるのかも……」


その日の夜、いつものようにボタンを押した。


【 昨日2日を使って、明日1日を買う 】


「えい」


ボタンを押すと、通知が届いた。



――昨日が足りません。



「はっ!?」


初めて出る通知に驚いたが、

それでも大丈夫だろうと楽観的に考えていた。



「今日の放課後、楽しみだよな」


昨日と全く同じ今日が繰り返されて絶望した。

でも俺は昨日と同じことをするしかない。


「え? なにが?」


口はひとりでに強い力で自動的に動いてしまう。

1日を終えた頃にはぐったりと疲れていた。


これからこんな毎日が続くのかと思うと自殺したくなる。

自殺もできないだろうけど。


昨日の繰り返しをするようにまたボタンを押す。



――昨日が足りません。



「今日のぶんも換算されないのかよ!」


昨日と同じ今日を繰り返しても意味はない。

ここからさきはもう「昨日」のストックを作り出せない。


完全に八方塞がりだ。


うなだれて画面に目を落とすとボタンの表示が変わっているのに気がついた。



【 過去を精算して、明日を買う 】



「明日が迎えられるならなんだっていい!」


迷わずボタンを押した。

次の日はドキドキしながら学校に向かった。


昨日と同じ時間に友達から声をかけられるかどうか。

そして、規定の時間になっても友達はこなかった。


「よっし、ちゃんと明日になっている!!」


体が操られていないだけでも安心はしていたが、

それでも普段とちがう形式で明日を迎えていたので心配だった。

なんの変哲もない明日を迎えている。


「そういえば、あいつはどこにいったんだろ」


いつも声をかけてくれる友達の席を探すと、

そこにはすでに知らない人が座っていた。


「お前……だれ?」


「いい加減クラスメートの顔を覚えろよ。

 そりゃたしかにあまり話したことはなかったけどさ」


「いやそういう問題じゃなくて! そこは俺の友達の席だろ!?」


「……何言ってんの?」


教卓にある席の名簿を見ても友だちの名前はなかった。

過去を精算の意味がやっとわかった。


「俺の過去のつながりが消えてる……?」


すでに俺に「昨日」のストックはない。

だから自分の過去の記憶はごっそりなくなっている。


それでも俺が過去に行ったことや人間関係はまだ残っていた。


過去を生産するとそれすらも消えてしまう。


「でも、明日を迎えられなくなるよりはずっといい。

 それに過去の人間関係を失っても、明日にまた人間関係を増やせばいい」


俺はその先も気にせず過去を使い潰して明日を手に入れた。

明日がくればなにかもっといい解決策が思いつくのを信じて。


けれど、俺の目論見はそううまく行かなかった。


「人間関係ってこんなに難しかったっけ……」


小学生の頃はボールで一緒に遊べばもう友達。

でも、今では友達1人増やすのにも倍以上の時間がかかる。


過去の精算にとても追いつけない。


過去の人間関係の精算ばかりが加速して、しだいに周りには誰もいなくなった。



【 過去を精算して、明日を買う 】



「お願いだ、明日を迎えさせてくれ」



――精算できる過去がありません。



ついに、終着点へと行き着いてしまった。

もうこれ以上1日も前に進むことはできない。


過去の人間関係を生産した今となっては、

以前よりもずっとずっと退屈で変化のない生活を繰り返している。


どうせ今日を繰り返すことしかできないのなら、

せめて誰かと関われる日々のほうがどれだけマシだったろう。


孤独と真正面に向き合い続ける24時間の辛さを考えなかった。


「ああ……もう限界だ……」


体は昨日の自分の行動を飽きずに繰り返す。

1日の最後に明日を買うためのボタンを押して終わる。


【 過去を精算して、明日を買う 】


――精算できる過去がありません。


いつもの通知が出たとき、ボタンが一瞬変化したのを気づいた。



【 今日を捨てて、過去を買う 】



糸を振り切るように全開の力でボタンを押した。

ボタンを押すと、一瞬だけ暗くなってまた戻る。


(ここは……過去の俺の部屋だ!)


何十回も"今日"を繰り返していたから、些細なものの位置の変化まで覚えている。

今日とちがうこの部屋は間違いなく過去の俺の部屋だった。


自分の手を見てみると、透けて壁が見える。


過去を買ったからといって、過去の日をもう一度過ごせるわけじゃないらしい。

今の俺に何ができるのか。


物だけが触れる俺は何かが起きたと気づかせるために部屋を荒らし、

せめて残された日々を大切に過ごす願いを込めて壁に文字を書いた。


『今日1日を最後の日だと思って過ごせ』


それだけ書いて、1日を終えた。


それきり明日を迎えることもなく、今日を過ごすこともできなくなり体は消えていった。

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