第6話

だから、な?いきろよ。いきていてくれよ。

なぜ人は悪に染まるのか。

岩剣、宙を舞う。


・28話

雉間が息を切らしながら走る。落下する岩剣の真下でうなだれて立ち尽くす少女まで、あと少しーー。

「どりゃあぁっ!!」

思い切り地面を蹴り、勢いよく飛び込む。ほとんどタックルを決めるような形で少女を落下地点から回避させることに成功する。

「ふぅ、間一髪ーー」

呟いた直後。

「ーー!?」

ズドン、という重低音。一瞬前2人がいた、まさにその場所に岩剣が突き刺さる。

「へへおっかねえやい。けどこれでオイラも貸し借りなしだな」

満足そうな笑みを浮かべて雉間は押し倒していた少女の上からどく。

「にしても・・・随分ひでえ有様だな。遠くから山火事が見えたもんで火事場泥棒のし甲斐があると思ってきてみりゃあ、あんたが鬼退治に来てたところだろ?こいつぁ変だと馳せ参じたら今度は命の恩人が命の危機なんだもの。オイラびっくらこいたぜ」

いくらか眉を顰めて不快感を示しているようではあった。けれど、この惨状を目の当たりにしても嘔吐したり、恐怖のあまり足がすくんで動けなくなるといった様子はまったくない。それどころか、雉間はその年にしてすっかりそういった景色に「慣れて」いるようにさえ見えた。

そんな雉間の様子に驚きもせず、礼も言わず、少女はむくりと起き上がる。

「なんでじゃましたの?」

「は?」

「鬼を、殺す・・・」

「おいおいおい、まだ近くにいんのかよ!」

地獄絵図を目の当たりにしても比較的平静を保っていた雉間も、自分の身の危険となると途端に目の色を変えてあたりを警戒する。

「・・・オイラにゃあ見えねえけど」

「いる」

「どこにさ?」

「ここ」

そう言ってモモは地面に突き刺さった岩剣を引っこ抜く。

「あんたまさか、さっきのって自分で・・・」

「そう」

少女は淡々とした声で答える。

「わたしを、殺す」

「おい待てよ、馬鹿言うなって!」

雉間は追いかけて岩剣の重量に不釣り合いな少女の細く白い腕をつかむ。

「鬼を殺すって、そりゃ半分くらいは鬼の血も流れてっかもしんないけど、残り半分は人間の血だって混じってんだろ!」

「かんけいない。どんなすがたをしていても、鬼は鬼」

「でも別に悪いことしたわけじゃねえーー」

「した」

「へ?」

必死に説得しようとする雉間の声を遮って、少女は自分の罪業をぶちまける。

「ここにいるひと、みんなわたしが殺した」

「うそ、だろ・・・」

さすがの雉間もこれにはたまらず顔色を失う。後ずさってまじまじと少女の感情のない瞳を見つめる。あまりの恐ろしさに目が離せなかった。周囲の惨憺たる様子が、そのまま少女の底知れない狂気を物語っているのだった。

「なんで、んなこと・・・」

呆然と疑問を口にすると、少女は初めて悲しそうな顔になった。迷子になった子どものように、切なく眉を崩して痛ましい感情を抑え込むように俯く。

「なにか訳があったんだな?」

その様子から察した雉間が救いの舟をだそうとしても少女はそれに乗ろうとはしない。

「・・・ない、なにも。ただ鬼がここにいるだけ」

「なんの理由もなくここまでえげつないことするようなやつにゃ見えねえよ」

「ただのまちがい」

それから

「このはなしはおしまい」

と打ち切る。

「なあ、まだ終わっちゃいなーー」

「うるさい!!」

叫ぶ

「じゃまするのなら、あなたもーー」

「殺す、のか?」

こくっと頷く。

雉間、冷や汗を流しながら、足も震えながら

「いいぜ。どうせあんたに救われた命なんだ。あんたに取られんなら文句はねえや」

それから

「けどな、目の前で自分の命粗末にしようとしてるやつを見んのはたえられねえやい。だから言わせてもらうぜ」

「あんた、鬼なんかじゃねえ」


・29話

こっからモモ目線。

自分は鬼などではないと少年が言う。

「ちがう、わたしは鬼」

「いいや違わないね。オイラ世の中の底辺でずっと世間様を見上げて生きてきたから人を見る目だけは確かなのさ。そのオイラが言うんだから間違いない。あんた鬼じゃないよ」

「・・・・く!」

「それにあんた言ってたろ、人の姿をしてても鬼は鬼だって。じゃあ逆だってありうるだろ。鬼の姿をしていても鬼の血が流れていても人は人なんじゃねえのかい」

「それ、は・・・」

アオイのことが浮かぶ。アオイは鬼なんかじゃなかった。

「それにあんたが村のやつらを殺したのだとしても、なにかの理由があるんだろ?だったら無罪とまではいいやしねえが間違いくらい誰にだってある」

「こんなにたくさん殺しても?」

「ああ、そうさ」

断言する

「人間が鬼を憎んで、鬼斬を育ててまで皆殺しにしようとすんのは大事なもんを鬼に奪われたからだろ。だったら大事なもん奪われたやつが人間皆殺しにしたって、そんなのお互い様としか言えねえだろ。オイラあぶれもんとして爪弾きにされて生きてきたから、やれ人間がどうとか鬼がどうとかまるで興味ないね。どっちもその辺の獣と変わりゃしねえ。今日食うお飯(おまんま)のほうが大事さ」

ぶっとんだことを平然と言ってのける。けれど、鬼斬として生きてきたがゆえにこちらもぶっとんだ価値観しかもたないモモには、それもなんだかもっともらしいこととして聞こえる。

「だから、あんたが死ぬこたぁねえよ」

そう言われてもわからない、モモはこの辺で泣き出す。

「でもーーじゃあ、わたしはこれからなにを殺せばいいの」

「それを見つけるために生きなよ。分からないことがあるんなら進むしかねえ。迷いが残るんだったら踏み越えていかなくちゃならねえのさ。あんたがどうしても鬼を殺さなきゃ生きられねえってんならそこに文句はつけないよ。けどな、本当に断つべき鬼はなんなのか、自分を殺すのはそいつを見極めたあとでも遅くはねえんじゃねえか?」

強気だった雉間がここにきて、すがるような顔になる。しまいには雉間まで泣き出しながら

「オイラだってよぉ、あんまり惨めで悔しくって寂しくって、世の中なんてクソだって、人生なんてゴミだって、何度も何度も、何度だってよぉ・・・」

嗚咽を漏らしながら続ける。

「でもよ、オイラたちやっぱり生きなきゃなんねえ。せっかくこの世に生まれ落ちて、必死にここまで生きてきたんだ。最期まで意地でも生き抜かなけりゃあ、そんなの嘘だぜ」

そうして肩をつかむ

「死んじまったら全部無駄になっちまう。あんたが今まで一生懸命やってきたことも、他人があんたのためにしてくれたことも全部、なにもかも。そんなのオイラは許さねえ。絶対に許しちゃいけねえ」

アオイもいなくなる。ここで死ねば思い出も記憶もアオイの存在も全部。

「いやだ。そんなの、いやだ」

「だから生きるんだよ」

「どうやって・・・?」

「逃げるのさ」

涙を拭いて、雉間は迷い泣く言い放つ。

「まずは逃げて逃げて、とにかく生き延びる。迷うのも後悔すんのもそのあとだ」

それから手を差し伸べる。(どこで倒れたことにしよう?雉間が押し倒すことにしよう)

「立てるかい?」

モモ、その手を取る。

「よし、早いとここんな地獄とんずらしようぜ」


・30 エピローグ

場面変わる。山の頂上。空は青い。

「ぜえぜえ、ふぅーー。やっとこさ辿り着いた。ここまでくりゃあ追っ手も届かねえだろ」

乗り越えてきた3つの山を振り返る。

「にしても、さすが鬼の子。タフな身体してやがる」

肩で息をする雉間と対照的にモモはなんの乱れもなくあっけらかんとしてる。その表情のまま

「どうすればいいの?」

と尋ねてくる。

「はあ~またそれかよ。ほんとせっかちだな」

「これからわたし、どうすればいいの?」

「そんくらい自分で考えなよ。よくそんなんで生きてこられたな。・・・オイラも他人のことなんざ言えねえけどさ」

雉間は火事場泥棒であの村から盗んできた硬貨の袋を見つめてはうひょーと声を漏らす。たくさん金のつまった袋を見るのはこの世で一番気分が良いことなのだ。

「でも、鬼殺すことしかしらないから・・・」

自信なさそうに俯いてもじもじと話す。

「なんでえ。あんだけ強いくせに変なやつ」

「・・・・・・」

でもなんだか放っておけないところがある。

雉間は手元の袋を見る。思えば、こいつが暴れてくれなけりゃこの金も手に入らなかった。今持っている命も財産も、あれもこれもすべてこいつに貸しを造ってしまっているのだった。それは・・・それはなんだか癪に障る。

「あーーー、しょうがねえ。わーかったよ、じゃあこうしよう。あんたはオイラの用心棒になってくれ」

「ようじんぼう?」

「そ。オイラの身に危険が迫ったら守ってくれ」

「まもるのはしごとじゃない」

「あー言い方が悪かったな。オイラの命を狙ってくるやつを殺してくれ。狼とか、山賊とか、鬼とか、そういうのさ。ちゃんとお給料も出すから」

ぱんぱんに詰まった袋を見せる。

「それならできる」

「よし、じゃあ決まりだな。そんじゃとりあえず東の町でも目指してみるか」

「そこにいってなにするの?」

「そんなの歩きながら考えりゃいいだろ」

「・・・・・・?」

少女はわからないと言った顔つきをする。

雉間は一段高い岩に昇って、舞台にあがった役者のように手を広げる。

「昨日までの話はもう終わったんだ。これからは楽しい明日のしようぜ。今までは鬼を殺してばっかりの日々だったかもしんねえけど、んなもんもう忘れちまえ。世の中にはもっと面白いことがたくさんある。ものすごい絶景とか、ど派手なお祭りとか、ほっぺた落ちるほどうめえ食いもんとかよ。まだまだオイラたちの知らねえ楽しいことばっかりだ」

それから遠くに微かに見える町を見やりながら、

「今ならこんなにたんまり金がある。とびきり腕のいい用心棒までついてやがる。オイラ生まれてこの方、こんなにツキに恵まれたのは初めてだい。村の連中にゃ気の毒だけど明日のことが楽しみでしかたがねえ」

それからモモを向き直って

「オイラたちはこれから、これまで知りもしなかったとびきり面白い人生に出会うんだ。そんなときに、んなしけた面してっとせっかくのツキが逃げちまうぜ。だから笑いなよ。笑う門には福来たるってな」

そういってにこっと、年相応の無邪気な少年らしい笑みを見せる。

「・・・・・・」

「んー。ま、いきなり生まれ変わってのが無理な話か」

少年はモモが笑みを返さずとも特段不満そうな様子はない。

「にしても、これから一緒に旅するってんのに、あんた呼びじゃ不便だよなあ。なんかいい呼び名でもありゃいいけどーー」

「モモ」

「へ?」

「わたしのなまえ、モモ」

そう教えてくれた少女の横顔が、どことなく嬉しそうで

「なんだよ、ちゃんと名前あるんじゃないかい」

見てる少年まで嬉しくなって笑うのだった。

「ところで、オイラの名前は覚えてる?」

「んーーーー、き、き、き・・・」

「お、そうそう、近い近い」

「きじ?」

「よだれたらしながら言わないでくれ」

「でもま、あながち間違ってもないぜ。オイラは雉間千里。センリでいいよ」

「セン、リ」

「そそ。よろしくな、モモ」

「うん、よろしく。センリ」


 そうして罪に汚れた1人の鬼斬と、居場所をもたない1人の孤児は、自分たちの生きる意味と幸せと、なすべきことを見つけるために、鬼の跋扈する修羅の世界を旅することに決めた。

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プロット 阿部慎二 @abe58789

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