第5話

弓兵は葵が全滅させたことにしよう。


あらすじ

自分の正体が鬼であるとバレた葵は、せめてモモだけでもかばおうと、自分がすべての悪を引き受けようとする。村人を襲い、そうして自分をモモに退治させることによってモモが潔白であることを証明しようとする考えだった。その目論み通り、モモは不本意にも葵を刺してしまうのだが、モモもまた村人によって背後から胸を刺されてしまうのだった。

刺されて、引き抜かれて、振り返って、村人が血塗れの剣をもってる。ああ、刺されたんだなとこのときようやく気づいた、の続きから。


・24話

「おいまだ生きてやがるぞ!」

「今のうちだ、やっちまえ!」

倒れ伏すモモの前で討伐隊が葵の周囲に群がる。その群衆の隙間から血を流して横たわる葵の姿が見える。モモはどうにかそこへ辿り着こうと這っていくが、腹に穴が開いているせいで思うように進めない。やがて一人が高く掲げた槍を振り下ろしーー

「ーーーー!!」

モモが見ている目の前で、葵の心臓に槍が突き立てられた。けれど、悲劇はまだ終わらない。

「まだだ!!まだ生きてるかもしれん!」

「この野郎、よくも!」

なにもされずともすでに虫の息だった。さきほどの一撃で間違いなく命を絶たれた。もう死んでいるというのに、それでも執拗に討伐隊は大切な人の亡骸を蹂躙する。槍で突き刺し、刀で突き刺し、穢賊だの鬼畜外道だのざまあみろだのと罵詈雑言を浴びせかけ。槍で刺し、刀で刺し、何度も何度も何度も何度も何度も。

「アオ、イ・・・」

かすれてしまって声さえも出ない。討伐隊はまだ葵の肉体に憎しみをぶつける。それはもう、葵に対するものだけでなく、なにか他の負の感情もついでに上乗せされているようにさえ見えた。何度も何度も何度も何度も。突き刺される度、ぐちゃぐちゃ肉がえぐられる音が生々しく響く。血だまりがどこまでも広がり、人々の靴底は血の池を踏み、顔も手も真っ赤に染まり、やがてモモのいるところまで葵の血が流れてきた。それを見て。

ーードクン、どす黒い何かが律動する。

今まで味わったことのない、葵さえも教えてくれなかった感情。

「・・・・、す」

それが何なのか自分でもわからない。けれど、どうやら抑えられそうもない。

葵は「なぜ鬼を殺さなければならないか」という問いの答えとして、たしかこう言っていた。

『それは鬼が悪いことをするから』

「・に・・・ろ、す」

血のように紅い瞳から、真っ赤な涙が流れ落ちる。

悪いこととはなにか。

『誰かの大切な人を傷つけたり大切なものをわざと奪ったりする』

自分はそういう悪を為すものを殺すために産み落とされ、そしてそのためだけに生きてきた。「・・・を、ころ、す」

だから、殺す。

1匹残らずこの手で殺す。

なんの油断も容赦もなく、完膚なきまでに殺し尽くす。

「鬼を、殺す・・・・・」

なぜならわたしはーー〈鬼斬〉だから。


・25話

モモの超常的な自然治癒力をもってしても、腹に開けられた穴はそう簡単には塞がらない。それでも立ち上がる。自分には為すべきことがある。目の前にこんなにもたくさん殺すべき鬼がいるのだ。のんびりと寝ていられる状況ではない。

「おい、こいつもまだ生きてやがるぞ」

「ちゃんと殺しとけよ!」

「おい、もうそいつは放って置いてもいいんじゃねえか?子どもだし、放って置いてもいいだろ」

「は?馬鹿言ってんじゃねえよ」

「ビビんなよもう血だらけだぜ、ちゃんと仕留めてやらあ!」

片膝立ちのモモに立ち上がる暇さえ与えず、討伐隊の一人が刀を振り下ろす。それを。

「ーーな!!」

モモは、素手で受け止めた。

「嘘だろおい!」

手のひらから血が滴るのも構わずに強く刀を握りしめ、紅い眼光で殺すべき鬼を睨む。

「ひ、ひいぃぃ!!」

鬼は情けなく刀を捨て、後ずさって尻餅をつく。

「・・・・・・」

涙を流しながら歯の根をがたがた言わせるそいつを見下ろして、奪った刀で首を刎ねる。

「うわあああああ!!!」

その光景に動揺が走る。無理もない。なんだかんだで、今まで討伐隊の側には一人の死者も出ていなかった。つまり、彼らはまだ「鬼と殺し合う」ことの本当の恐怖に触れてすらいなかったのだ。

モモは獲物を狩る獣の目つきでじろりを辺りを見渡す。視線を向けられただけで討伐隊は情けなく怯えた声を上げる。いち、に、さん、し、それから先の数え方はまだよく覚えていないけれど、とにかくたくさいる。これが動物であればたらふくご飯が食べられたものを。あいつらの肉はまずいからよくない。

「おい!相手は手合いのガキひとりだぞ!なに怯んでんだ!」

互いを叱咤しあうけれど連携はまるでとれていない。ばらばらに右と左から恐怖に歪んだ顔で精一杯いきがりながら敵が斬りかかってくる。

「・・・・・・」

避けるまでもなく、奪った刀と自前の脇差でそれらを難なく払いのける。そのまま近くにいる方へ斬りかかり首を刎ねる。ついでにその傍にいた鬼の腹にも一刺し見舞う。

「うおおおおおおお!!」

今度は背後から、懲りもせず芸のない単調な太刀筋でまた別の鬼が襲い来る。それを躱し、すれ違い様に袈裟斬りに斬り伏せる。ここまでで4人。この惨状を見た鬼が尻尾を巻いて逃げだそうとするので、その背中めがけて奪った刀を投擲する。

「がああぁ!!」

情けない声を上げて転倒する。うなじに命中したけれども即死ではない。槍であったなら喉笛を貫いていただろうからそれが残念ではあるけれど、どの道あれでは助かるまい。モモはまた自分を取り囲む大勢に向き直って、少し拍子抜けした退屈と苛立ちさえ覚え始めていた。

弱い。

あまりに相手が弱すぎるのだ。今まで戦ってきたどの鬼よりも、熊や猪や狼よりも弱い。徒党を組んでいるのと武器をもっているのでそれなりの煩雑さはあるけれども、それにしたってあまりに殺し甲斐に乏しい相手である。こんなやつらに、とモモは憎しみを募らせる。こんなやつらに葵は自分から殺されたのだ。葵の力をもってすれば、こんな連中を皆殺しにするのは造作もないはずだった。直接剣を交えたからこそよく分かる。絵本一ページ読むほどの時間もかからずに始末できるのは間違いない。憎しみが燃え上がるほど、心はより冷たく、残忍になっていく。いかに合理的に効率よく惨殺できるかを本能が計算する。

地を蹴って、鬼の大群の中に飛び込む。通常そんな危険な行為などするわけがないのだが、彼らに反応することが出来ないことは承知の上だった。人間ではありえない跳躍にまず驚く。敵がすぐ近くにいることに恐怖し、焦る。その動揺から抜けだし「相手を攻撃しなければ」という至極当然の判断に辿り着いたときにはその者はすでに事切れている。

モモはばったばったと面白いように殺し尽くしていく。斬り殺し、刺し殺し、あるときは傍らの者を片手で掴んで盾にして、またあるときは投げ飛ばし、武器を投擲し、殺せるだけ殺す。手元に武器がなくなれば素手で殴り飛ばした。木の幹や地面などが相手の向こうにあれば、特にいい。鬼にも劣らないモモの剛拳があれば、武器などなくとも文字通り相手の顔面を粉砕することなど赤子の手をひねるより容易い。骨が砕け。脳汁が溢れても殺戮の日常に身を置く狩人は表情1つ変えない。

「・・・・・・」

目につく全員を殺し尽くしたとき、気づけば森は炎に包まれていた。討伐隊が持ってきていた松明が地面に落ちたときに燃え移ったのだろう。大地を赤く染める血だまりと酷たらしい惨状を、燃えさかる炎が煌々と照らす。それは止めるものがなにもなければ、この森だけでなく山全体をも丸ごと焼き尽くしてしまいそうな勢いだった。

「・・・・・・そうだ」

モモは返り血に塗れた身体を引きずって、もはやただの肉片と貸してしまった大切な友だちの傍らに膝をつく。胴体に至っては、どのあたりが胸でどのあたりが胴なのかも見分けられないほどの有様だったが、幸いといっていいのか、首から上は比較的無事といってよかった。

「さよなら、アオイ」

その異様な目つきで見開かれた両目にそっと手のひらを重ね、瞼をおろしてあげる。死んだあとまでこんな醜い世界のことを目にせずともよいのだ。

「さようなら」

凍てついた心は、もう涙を流さなかった。生き死にというものについて生来シビアな価値観をもっているせいかもしれない。悲しみよりも大きな殺意に心が塗りつぶされてしまっているせいかもしれない。ともかく、それ以上モモはそこに立ち止まらなかった。立ち上がり、去ろうとすると、

「ーーーー」

背後の気配に気づいたときには、反射的に脇差を振り抜いていた。

「ーーが」

どこかに隠れていたのであろう残党が、振り返り様の一太刀を浴びて虚しく倒れ落ちる。

「まだ、いたんだ」

ぽつりと呟く。あれだけたくさんいたのだから、もしかしたら討ち漏らしがあるかもしれない。ーーそうとすれば。

「よいしょ、と」

討伐隊らが落とした槍や刀を拾い集めて、それを背負うような形に帯びで固定する。(あしまった、こういうときって当然弓兵もいるよな)それから岩剣も回収し、弓矢を手にする。逃げるとしたらあそこだろう。

モモの視線の先には、かつてアオイと訪れた村の景色が広がっていた。


・26話

「きゃっ何!?」

どんどん、と急に激しくドアが叩かれる。村の男たちは討伐隊として鬼を狩りに向かったはず。女は強張らせた身を縮こまらせて震える。

「俺だ、早く開けてくれ!」

それは女の恋人の声だった。慌ててドアを開けると真っ青な顔の男がいる。

「来い、早く逃げよう!」

「え、待って。じゃあ鬼を倒しに行った人たちはーー」

「全滅した。残ったのは俺だけだ」

「そんな・・・」

「だから早く逃げるぞ!」

「私、お金と食べ物とってくる」

「そんなのはいいからーー」

そんなやりとりをしていると、また別の所から悲鳴があがる。振り返ると、村の家屋のひとつがごうごうと燃えさかっている。

「ち、もう来やがったか!!」

無理矢理女の手を取って走り出す。そうして火の手が上がったのと反対方向に逃げながらある疑問にきづいた。炎上している家は、この村で最も山から遠い場所にある。先回りして、逃げる者を迎え撃つための策なのだろうが、だとするとあそこまで派手に燃やすのはおかしい。相手に気取られないからこそ奇襲は成り立つ。あんなものはあそこで待ち構えていると宣言しているようなものーー。

そして男は目にしたのだ。

真っ暗な空中を流星のように横切る火矢を。そしてそれは、山の方から飛んできた。これが意味することはつまりーー。

「引き返せ!家の陰に隠れろーー!!」

それが男の最期の言葉となった。3つ目の火矢が男に命中し、男は恋人の見ている目の前で生きたままその身を焼かれる。逃れることのできない業火に包まれておぞましい悲鳴を上げる。この世のものとは思えない、身の毛もよだつ苦悶に満ちた断末魔。それを見る女は逃げることも隠れることもできず、その場に凍り付いた顔で立ち尽くす。そこへ4つ目の火矢が命中する。

気づけば村一帯が火の海と化していた。退路を塞ぐように、周縁部が念入りに燃やされている。自然、火の手から逃れる人々は村の中央へと集まることを余儀なくされる。当然、それはこの地獄を作り出した下手人の思うつぼだった。

「ぐがっ!!」

ある女が突然倒れる。その腹には槍が刺さっている。周囲の人間の注意がそこに集まっていると、今度は刀が飛んできて今度は子どもが絶命する。残された村の女子どもは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うが、どこも炎の壁が立ちふさがっており行き場がない。子どものほとんどは泣き叫び、あるいは喚き、逃げることすらままならない。女たちも怯え、惑い、自分たちの夫や恋人や父親たちが死んでしまった事実を突きつけられ、そして自分たちもこれから同じ末路を辿ることになるという予感が強まるにつれてほとんど正気も生気も失い欠けるものが多数を占めた。

恐怖と絶望が渦を巻く獄炎の地へ、1人の少女が近づいてくる。

身の丈を優に超す巨大な岩剣を背負い、その刃は鮫の牙のような凶悪な鋸刃をしている。それだけでなく、武蔵坊弁慶のように何十本という槍や刀の類も背にくくりつけている。血に濡れて赤く染まったボロ布を纏い、腰には脇差をさしている。人間の生き血を結晶にしたような美しくも禍々しい赤色の瞳を持ち、そこからはなんの人間らしい感情も読み取ることが出来ない。

鬼の血を継ぎ、鬼を殺すために産まれ、鬼を殺すことによって生きてきた殺戮の化身。

その姿が、揺らめく炎が生み出す蜃気楼の中で歪んだり揺れたりする不確かな像として、しかしまぎれもない死神の足音を伴って近づいてくる。目的は明白。自分たちを皆殺しにするつもりなのだ。

「・・・・・・」

無言のまま少女の手が背中の無数の武器に伸びる。手が動いたと見えたときには、また1人村の者が息絶えていた。それがもう一度。もう二度、もう三度繰り返される。武器が風を切る度に人が死ぬ。ひとつも外すことなくすべて正確な軌道で急所を狙ってくる。

村の者は腰を抜かして座り込み、あるいは失禁したまま動けないものを除いて誰もが悲鳴をあげて逃げようと走り回る。しかし火の手が大きくなるほどに逃げられる場所は限られてくる。唯一の退路は、あの鬼の後ろ、山へと続く一本道のみ。その山とて燃えさかっているけれども、麓から迂回すれば逃げる道はありそうだった。

この返り血に塗れた殺戮の化身を殺すことができたなら、の話だけれど。

無論、女子どものなかにも気のしっかりした者はいる。そういう者は逃げるときからこうなることにも備えているもので、持ち出してきた包丁やら鎌やらを携えている。それらを向けて脅したり、あるいは落ちている石を拾って投げつけたりして威嚇をする者とていないではなかったが、効果から言えばまったく無意味と言って良かった。

まず、錯乱した精神状態で投擲しているためほとんどが的に当たらない。直撃したとしても、石ころ程度鬼はまったく気に掛けない。大きめのものだとしても避けられるか、弾かれる。そもそも、その気になればあの巨大な岩剣でひとつ残らず防ぐ手段とて残されている。

打つ手なく失意のどん底に叩き落とされる村人たちをよそに、淡々と涼しい表情で鬼は近づいてくる。半狂乱の女が包丁を手に襲いかかると、包丁の間合いに届く前に中距離から槍でひと突きされる。なんとか鬼の脇を通り抜けて逃げ延びようとする者たちも武器の投擲によって仕留められる。すべての作業がごく淡々と行われていく。

「・・・・・・」

やがて鬼は背に子どもを隠した女の前で立ち止まる。刀を振り上げると、

「お願いします!!!」

女が勢いよく額を地面にこすりつけた。

「どうか!!どうかこの子の命だけでもお助けください!!どうか!!」

自らの犠牲に代えても我が子を救おうとする命がけの母親の姿だった。もしこの鬼にほんの欠片でも人の心が残っているのなら、この嘆願に心が動かないはずはないーー。

「・・・・・・」

しかし、鬼は顔色ひとつ変えずに額を地につける女の首を脇差で切り落とした。

「・・・なんで?」

ーー鬼は。

単純に、純粋に。言っている意味がわからない、というあどけない表情をしているのだった。面白がって蟻を殺す子どもが親に注意されても「命」という形而上的な価値をまだ飲み込めないのと同じように。どうして鬼を殺してはいけないのか、とこの鬼は疑問に思っているのだった。

それから、母を惨殺され泣きわめく赤子の頭さえ脇差で真っ二つにかち割る。

すると。

「お前、なんでこんなヒドイこと平気でできるんだよ!!」

少女の所業を非難する声が上がる。振り返ると見覚えのある少年の姿があった。葵の家によく出入りする子どもの1人で、かつてモモの「ともだち」だった少年である。

「俺は村の大人たちがなんて言ったって、お前のこと信じてたのに。ずっと友だちだって思ってたのによぉ!!」

怒りと悔しさと、それから裏切られた悲しみもあるのだろう。少年の目には涙が光っていた。それから何かが壊れたように乾いた声で笑い出す。

「ははは、お前・・・やっぱただの鬼だったんだな。だったらそうだよな。俺がやることも決まってるよな」

ふらふらと村人の死体に近寄る。その心臓に突き刺さった刀を引き抜いて。

「死ねえええええぇぇぇ!!!」

半狂乱に逆上し、血気迫る勢いで、鬼のもとへ突っ込んでくる。

「・・・・・・」

それを無感動に見つめる鬼。間もなく少年が間合いに入る。すると、脇差の側面で相手の刀をなでるように添え、ひねり絡ませながら弧を描くように凄まじい速さと力で一息に巻き上げる。少年の刀はあっけなく宙を舞う。獲物を失った少年はなすすべなく呆然と目を見開く。

「しぬのは、あなた」

その無防備な首を横一閃に刎ねる。やがて血飛沫が吹き出し、少年の生首と刀とが音を立てて地面に落ちる。


・27話

おぎゃあおぎゃあと泣き声をあげる赤子を脇差で黙らせる。

「・・・・・・」

これでようやくすべての泣き声がやんだ。もう、うめき声もなにも聞こえない。ただただ炎が燃えさかり、ときどき家屋の木材が爆ぜる音が聞こえてくるだけだ。

 いつの間にか、村には雨が降っていた。

「ほかに、鬼は・・・」

夜の暗闇と炎の明るさのせいで天気の変化に気づかなかったのだろう。モモは濡れるのも構わずに殺すべき敵を求めて彷徨う。あらかた家は焼き尽くした。一軒一軒回ってしらみつぶしに殺しもした。目につく限りの獲物はすべて仕留めた。おそらく討ち漏らしはないだろう。

「もう、いないのかな」

何気なく見た脇差しは人間の血と油とに汚れきっていた。これではもう使い物にならない。相手が弱かったからまだ武器として通用したものの、鬼相手ではなんの用もなさないだろう。

「まただめになっちゃった」

せっかく研いでもらったのに。なんといったっけ、あの少年。・・・まあ、いいかそんなこと。見つめているうち、雨が脇差の血を洗い流していく。次第に元の銀色の肌があらわになり、そこに映し出されたのはーー

「・・・・・・」

返り血に塗れた悪鬼の様相を呈する自分自身の姿だった。

モモは改めて地獄をそのまま地上に現したような惨状を見渡す。男も女も、年寄りも子どもも、皆酷たらしく殺し尽くされている。慈悲も情けもなにもなく、一方的に。そこら中から人間の肉が焼ける焦げた匂いと、腸から溢れる汚物の匂いと、それからむせるほど濃い鉄のような血の匂いで埋め尽くされている。それは、ほかならぬ自分の所業によるものだった。

これを成し遂げた者が鬼でなくて、何であろうか。

葵を残虐極まるやり方で蹂躙した討伐隊と、あるいは今まで手に掛けてきた、妄念と殺意にその身を支配されて人間の村を襲う鬼どもと自分との間に一体なんの違いがあるだろう。

「いた。ここに、もうひとり」

鬼だ、とモモは思った。この世に溢れる全ての命は。皆命を奪わずにはいられない。誰かを殺さずには生きることさえできない。殺す方も、殺される方も、誰もがすべて鬼なのだ。普段は人間の顔をしていても、戦争だとか大衆の熱狂だとか、なにかのきっかけを得たときに隠してきた鬼としての本性が顔を出す。化けの皮が剥がれて人を人とも思わなくなる。自分が正しいと思い込み、自分には人を虐げる権利があると盲信し、相手は蹂躙されるべき存在だと履き違える。

 ならば、殺さねばなるまい。それこそが自分の背負った宿命なのだから。

 たとえそれが他ならぬ自分自身であったとしても。

「・・・・・・」

モモは背負っていた岩剣を取り出す。もうすでに山で討伐隊に刺された腹の傷が完治してしまっているほどの頑丈さをもつこの身であれば、刃こぼれした脇差程度では命を断つことはかなわないだろう。だからこそ、一撃必殺、鬼を殺すためだけに造られたこの岩剣の出番である。モモは、一度だけ雨粒を際限なく落としてくる真っ黒な空を見上げた。

葵は死んだ。死んだ人間がどうなるのかは分からないが、自分もこれから同じ末路を辿るのだ。そんなこと、別にどうということはないけれど。鬼を殺すことしか教えられなかった少女は、自分の命の大切さもまた、誰からも教えられたことがなかった。

その虚しく広がる果てのない空へ岩剣を高く高く放り投げる。岩剣は回転しながら真っ直ぐに落下してくる。その進路の終着、最終落下地点に立つモモは詫びるようにうなだれる。それは断首台に首を差し出す罪人の姿そのものだった。

風を切り、雨を砕きながら、無情な殺意で岩剣が襲い来るーー。


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