明らかに探偵の推理が間違っている
凄惨な事件が起こった館のロビーを、探偵がコツコツとブーツを鳴らしながら歩く。
探偵はマントを翻し、一人の方向を指さした。
「3日前、被害者をナイフで刺し殺し、その死体を焼却炉に入れ隠蔽しようとした犯人……それはあなたですね?ローラ夫人」
探偵が下手人の名前を告げ、館のロビーは騒然となる。凄惨な事件の犯人があろうことかこの土地の所有者、ローラだと言ったのだから無理はない。
恐ろしい剣幕で今にも叫び出しそうになる妙齢の亭主。唖然とする夫人。
「それは一体……どういうことでしょうか」
場に秩序を取り戻そうと、若い執事が探偵に聞く。
彼らに納得を与えるため、探偵は低く落ち着いた声でこの場の人間に事件の推理を聞かせ始めた。
もちろん料理長である私にも向けられた解説なのだが、耳には入ってこない。私は探偵の宣言に全く違う衝撃を受けていたからだ。
確実に、探偵の推理は間違っている。正確には、私が探偵にした証言が間違っていたのだ。
探偵はこの後、私が被害者の部屋の前で夫人を目撃したという証言をもとに、推理を披露するだろう。
しかし、その目撃した夫人がローラではなかったのだ。
私が部屋の前で見たのは、寝巻き姿の女性。その後ろ姿である。
現在この館に女性はローラ夫人以外いないため、てっきり彼女だと思い込んでしまっていた。
しかしローラ夫人はその頃、若い執事と夜を過ごしていたのだ。(二人の関係が如何なるものか、なぜそれを私が知っているかは今言及することではないだろう)
もちろんこれは公に言えることではないが、ローラ夫人にはしっかりとアリバイがある。犯人ではないのだ。
ではなぜ、私がここで声を上げて間違いを訂正しないのか。躊躇っている理由がある。
ローラ夫人でないなら、私が目撃した人物は誰なのか。
館にいた女性は一人ではなかった。
そのことに今さっき気がついたのだ。
低くハスキーな声、ブーツで高くなった身長、体を覆い隠すようなマント。
誤解する要素はたくさんあるはずだが、それにしたって男女を間違えていたのは私くらいだろう。
彼女が『女探偵』であることにさっき気がついたなどという、ふざけた事実をこの場で証言する自信がないのだ。
もし彼女が犯人ならば、こんな間抜けな料理長の推理、きっとすぐに丸め込まれてしまうだろう。
さて、どうしたものか。
短編集 わらしべ @warasibe
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