第4話 事情説明
『モノ狩り』という単語に、情けなくも肩を震わせてしまう。あれさえなければ自分はこうして帝都にやってくることもなかったし、ここまで人間の領域に踏み込むこともなかったというのに。
黙りこくる俺を前に、物怪ちゃんはハッと気づいた顔をした。
「ああっ、こんな場所では詳しい事情なんて言いづらいですよね。もっと落ち着ける場所がいいなあ、具体的にはカフェとか」
「カフェなんて、ここより言いづらいんじゃ……」
「馬鹿ですねえ、デスファイヤー竜輝さん。そんなのこの欺瞞作家の力でちょちょいのちょいですよ」
「デ、デスファイヤー竜輝はやめてください!」
顔を真っ赤にしたデスファイヤー竜輝が主張する。物怪ちゃんは無視をした。
「ここから十分ぐらいのカフェのチーズケーキが美味しいらしいんですよ。デスファイヤー竜輝さんのおごりで行きましょう。さあ是非! あっ、やだなあ、嘘ですよ。そんな顔しないでくださいって」
物怪ちゃんはきゅっと嫌そうな顔をしたデスファイヤー竜輝の背中を、ぐいぐいと押してカフェへとつれていった。
店員にすすめられ、メニューを手に取る。どれも、地元では食べたことのないオシャレなものばかりだった。
「コーヒー二つにサンデー一つください」
俺の持つメニューを覗き込んで、物怪ちゃんはさっさと注文する。チーズケーキが美味しいんじゃなかったのか。そんな言葉をぐっと飲み込み、俺はメニューを置いた。
「さあ、周囲には聞こえないよう結界的なものは張りましたよ。存分に事情説明をどうぞ」
物怪ちゃんは、ちょちょいっと何かの仕草をしてから、俺に微笑みかけてきた。俺はまだ戸惑いを覚えながらではあるが、素直に口を開くことにした。
彼女たちは怪しいが、それでも信じなければきっと糸口は見つからない。何しろここには俺が頼るべきモノは存在しないのだから。
「俺はもともと長野の山地付近に住んでいたモノだ。ナガレモノの名にたがわず、あちらこちらを転々として人間の中に混じったりもしていたんが、先日、元号の変更のせいで状況が変わった」
水のコップに当てた指にぎゅっと力を込めて、うつむく。
「『制約により平らげられてきたモノ』は、『勅令によって倭たるモノ』へ。それが新元号の本当の意味だ。少なくとも俺たちにとっては」
言葉を切り、唇を湿らせる。その時、ちょうど店員が銀色のトレイを持ってやってきた。
「どうぞ、コーヒーとサンデーです」
「あっりがとうございまーす」
彼女はそれを受け取り、コーヒーを自分とデスファイヤー竜輝の前に置き、サンデーを俺の前に置いた。
「はいどうぞ」
胡乱な目を彼女に向けると、彼女は目をぱちくりとさせた。
「あなたの分のサンデーですよ? 決まってるじゃないですか。私、コーヒー派なんです」
相変わらず意味が分からない。
視線をデスファイヤー竜輝に向けると、彼はごめんなさいごめんなさいと言いたそうな顔で頭を何度も下げてきた。
俺は突っ込むのをあきらめて、口を開いた。
「元号の制約によって俺たちは『倭たるモノ』――力なきモノへと変化せざるを得なかった。そのせいで、俺たちはだんだん存在が薄くなっていき、消滅の危機に立たされた。だから俺は、これ以上の元号浸食を止めるためにこの街に来たんだ。たとえモノたちを排除する『モノ狩り』に襲われようと俺は――」
サンデーに乗ったソフトクリームが少しだけ溶ける。十数秒の沈黙が流れた後、物怪ちゃんは大げさな仕草で納得してみせた。
「なるほどなるほど、そんな事情があったなんて。私、考えも及びませんでした!」
本当に分かったんだろうか。そして、彼女たちに話してしまって、何かが変わるのだろうか。
言ってしまってから後悔が押し寄せ、俺は彼女たちの様子をうかがう。物怪ちゃんは人差し指をぴんと立てた。
「ちなみにですね徒労さん」
「なんだ」
「今の会話、全部周囲に丸聞こえでしたのであしからず」
にこにこと楽しそうに笑む彼女に、俺は慌てて立ち上がった。がたんと音を立てて、テーブルが揺れる。
「まあまあ、座ってくださいって。釣りをするにはちょうどいいでしょ、こういう場所って」
飄々と言う彼女を、俺は観察する。彼女は立てたままの人差し指を唇に触れさせた。
「あとは仕掛けを御覧じろってね!」
ウソツキ作家、令倭時代を騙る。 黄鱗きいろ @cradleofdragon
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