第3話 決意










「ボクなんかに、なにが出来るっていうの……?」


 ボクとエリムさんは、場所をボロの家に移した。

 そして小さなテーブルを挟んで互いに向かい合う。ボクは彼女にそう問いかけるが、返事はなかった。沈黙が続き、次第に心の内には焦燥感が募っていく。


 けれども、それを表に出すことはなかった。

 いま感情を発露してしまえば、エリムさんへの単なる八つ当たりになりかねない。そんなことは、したくはなかった。だから、彼女の言葉を待つ。


「――――神霊草」

「え……?」


 そうすること数十分。

 エリムさんの発した言葉に、ボクは間の抜けた声を返す。

 うつむき加減だった顔を持ち上げるとそこにあったのは、相も変わらぬ、美しくも感情のない顔だ。正座をしたエリムさんは、真っすぐにボクの顔を見て続けた。


「『薬草狩り』と呼ばれるアルフレッド様なら、ご存知かと思います」――と。


 それは確認に近かった。

 少しだけ考えてから、ボクはそれに答える。


「聞いたことは、あるけど……。文献でしか確認できない、幻の薬草だよね?」


 こちらがそう言うと、エリムさんは頷いた。

 『神霊草』――神が煎じて飲むとされる、幻の薬草だ。

 どこにあるかは分からない。それでも、その存在はまことしやかに囁かれ続けているそれだった。一説によると、いかなる怪我や病でも治すとされている。

 文献の記載によると、遥か昔の王族が不治の病から蘇ったとされていた。


「でも、そんなの――」


 ――いま、議論に出されても困る。

 そう言いかけて、ボクは言葉を呑み込んだ。

 だが、正直なところそれが真っ当な答えてあるように思われた。

 もし、彼女が『神霊草』を当てにしたなら――それは机上の空論だ。絵空事といってもいい。それほどまでに現実味のない話だった。


 だからボクは、一つ息をついてからエリムさんに……。


「ごめん。申し訳ないけど――」


 話をなかったことにしようとした。

 その時だった。


「――――『神霊草』は、この街のダンジョン最奥にあります」

「え…………?」


 そう、珍しく力強い口調で彼女がそう言ったのは。

 予想だにしていなかったそれに、ボクはまたも気の抜けた声を発する。


「え、いや……。それって――」

「『神霊草』は濃い魔素を吸収し、成長した薬草です。群生する場所は当然に限られますが、この街のダンジョンは並のそれよりも魔素が濃い。それなら、その最奥にある可能性は高いはずです」


 そして思わず言いよどむこちらに、エリムさんはたたみかけた。

 まるで、自分は『神霊草』のことをすべて知っていると、そう言わんばかりに。


「――いやでも、待ってよ! それだって、エリムさんの憶測でしょ!?」


 ボクは勢いに押されて呆けていたが、しかしすぐに気持ちを切り替えて彼女に問いかけた。それは彼女の主張に意見するもの。

 可能性を示してくれたのはありがたい。

 だけれども、やはりそれはまだ可能性に過ぎないのであって……。


「いえ、あります。私を信じてください」


 そう思っていた。

 思っていたのだけれど、エリムさんは怯まなかった。

 それどころか、語気はさらに強くなったようにも思われる。もしかしたらボクの気のせいかもしれないけれど、それでもそのように感じられたのだ。


「………………」


 そこまで言われて、ボクは改めて考え込む。

 そして――。


「仮に、そうだとしても――最奥になんて、辿り着けるはずがない」


 首を左右に振るのだった。

 理由はもちろん、ボクが非力だからだ。

 加えてこの街のダンジョンは、誰も踏破したことのない、そんな場所。過去には世界を救った英雄が挑戦し、半死半生で逃げ帰った。そんな魔境だ。


 だからボクは、唇を噛みしめながら否定した。

 仮にカインさんを救う手段がそこにあったとしても、不可能なのだから。


「いいえ。アルフレッド様なら、間違いなく」

「……なにが、間違いないの?」

「たどり着けます、絶対に」

「そんな……」


 しかし、エリムさんは譲らなかった。

 ボクならダンジョンを踏破できると信じて疑わない、そんな目をして言うのだ。それはまるで、ヒュドラを倒した時と同じ『マグレ』が、また起きると思っているかのように……。

 だとすれば、ボクは――。


「アルフレッド様……?」

「ごめんね、エリムさん。少しだけ、時間をちょうだい」


 そう言って、ボクは彼女を置き去りに外へと出た。

 すっかり日は落ちている。その暗闇の中で、天を見上げて考えた。



「…………カインさん」



 そして、彼の名を口にする。

 彼と交わした約束。それはまだ、果たしていない。



「だとすれば、ボクの選択は――」




 夜風が頬を撫でていく。

 一つ深呼吸をして、ボクはある決断をした。


 それは他でもない憧れのため。

 それは他でもない自分のため。


 けれども、それこそがボクの役割なのならば。

 ボクは――。


 

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能力測定不能の魔法剣士 あざね @sennami0406

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