フェリス、それドロップじゃない。ゴミだ。

フェリス、それドロップじゃない。ゴミだ。

「そう言えばナオハルさんって、何をドロップするんですか?」

 すべてはそんなフェリスの一言から始まった。獅子ししりゅう迷宮で一日の仕事を終え、みんなで晩の食卓を囲んでいる時のことだ。

 僕は食事の手を止め、ポカンとした顔でフェリスを見返した。

「僕? 僕は人間なんだから、ドロップするものなんてないけど?」

「でも今は魔族じゃないですか。何かないんですか? ウロコとか」

「僕の体のどこにウロコがあるってのさ」

 魔族や魔獣は、ダンジョンで倒されると、何かしらのアイテムをドロップすることがある。例えばフェリスはウロコを落とすし、巨大ネズミ達は牙を落とす。

 でも、僕にそんなものはないはずだ。たぶん。

「本当に何もないんですか? 実は気づいてないだけで、お尻にウロコが! とか」

「ま、まさか! 僕はちょっと黒くなっただけで、あくまで姿は人間……だよな? ねえ、そうだろ? そうって言って!」

「ぎゃう? 兄ちゃんのお尻、ちゃんとスベスベ!」

 ふと不安に駆られた僕を、横からタニヤが宥めてきた。

「あ、そうなんだ。ほら見ろフェリス。僕のお尻にウロコなんかないんだ」

「むう、そりゃ残念です……って、なんでタニヤさんがそんなこと知ってんですか!」

「ま、まさか人間くん、タニヤちゃんに変なことを……? セクハラだよっ?」

 フェリスとセレナが、同時に真っ赤になって叫んだ。とんでもない誤解だ。

(あれ? でも朝起きたら、時々ズボンが半脱ぎなことが……。ま、まさか僕はタニヤに寝込みを襲われてるのか? というか、実は毎晩食われかけてるっ?)

「スベスベって、オトウトAが言ってた!」

「タニヤ、今度から弟さんが寝床を抜け出さないように見張っといてくれ、絶対に!」

 まったく、何をやらかしてるんだ、あのゾンビ一号は。

「あ、考えてみたら、タニヤさんもゾンビさん達も、何もドロップしませんね」

 フェリスが気を取り直して話題を戻す。確かに、このアンデッドファミリーがダンジョンで何か落としているのを、見たことがない。

「たぶん元人間は何も落とさないんじゃないかな。セレナは何かドロップするのか?」

「私はちゃんと、ウロコとか涙とかドロップするよ?」

「涙?」

「うん。本物の涙じゃなくて、特に透明度の高いウロコがそう呼ばれてるんだけどね。レア素材だから、冒険者には人気があるみたい」

「ねえセレナ。やっぱり今度からうちのラスボス役を――」

「絶対にやだっ!」

 試しに言ってみた僕に、セレナは猛烈な勢いで首を横に振った。まあ、そうだよな。

「ところでピヨさんは何か落とすのか?」

「よくふわふわの羽毛を落としてます!」

「ふわふわの羽毛か。コカトリスの羽毛って、何かの素材になったかな」

「それは分かりませんけど、集めて袋に入れたら、マイ枕ができました!」

「そりゃ単に抜け毛撒き散らかしてるだけだろ!」

 やっぱりダメだ、あのニワトリ。

「あと、インプさん達はゴミ袋を落とします」

「それもドロップじゃないし。ていうか、出撃する時まで持たせるなよ、そんなもの」

「常に持ち歩いてた方が、ゴミ拾いがはかどるんですよ。……って、それより今はナオハルさんのドロップの話題ですよ。誤魔化さないでください!」

「誤魔化してるつもりはないんだけどな。だいたい結論なら出ただろ? 僕がドロップするものなんて、何も――」

 ……いや、本当に何もないんだろうか。

 僕はふと思った。ドロップは、何も体の一部だけじゃない。魔族の中には、武器などの装備品を落としていく者もいる。だとしたら、もしや――?

「ねえフェリス、ちょっと実験してみようか」

 微かな不安と期待を覚えながら、僕はフェリスに言った。


「よし、さっそく始めよう」

 食事を終えた後。SLGセルフロードゲートを通って深度5階の大広間に降り立った僕は、宙に浮かぶ輪っかを振り返り、楽屋にいるみんなに呼びかけた。

「どうするんですか、ナオハルさん?」

「うん、僕が今ここで試しに倒されて、何をドロップするのか確かめるんだ。……もしかしたら、この魔剣を手放す方法が、こんなところにもあったのかもしれないから」

 そうだ。例えば僕のドロップが、この魔剣だとしたら――。

 しかし僕の言葉に、フェリス達が戸惑いの表情を浮かべた。

 だから僕は、小さく笑った。みんなを安心させるために。

「心配するなって。たとえ今魔剣をドロップして人間に戻るようなことがあっても、僕が自分の手で、すぐに回収するからさ」

 我ながらお人好しだな……と思う。でも、今はこれが素直な気持ちだ。

 しかしフェリスは、ネコミミをピコピコ動かしながら、叫び返した。

「当然です! どさくさに紛れて退職しようなんて認めません!」

「え、何そのブラック上司丸出しな発言?」

「それよりナオハルさん、どうやって倒されるつもりですか? 私達、たぶん誰もナオハルさんに勝てませんよ?」

「おいそれでみんなして戸惑ってたのかよっ!」

「しょうがないじゃないですか。じゃあナオハルさん、ちょっと切腹してみてください」

「そんな生々しい死に方、絶対やだ!」

「じゃあそっちに宝箱トラップを送るんで、開けまくってください。一回で体力が一割減りますから、十回もやればきれいに力尽きます!」

 ……そんなわけで、僕は無人の大広間で、ひたすら宝箱をパカパカ開け閉めし続けた。で、いい加減虚しくなってきた十分後。

「ただいま……」

「お帰りなさい、ナオハルさん。何かドロップしましたか?」

 フェリス達が期待の籠った目で僕を見てくる。少なくとも今、僕は闇騎士のままだ。

 僕はどんよりした顔で、たった今自分が落としてきたものを差し出した。

「や、薬草が一つ……」

「ちょ、どんだけ薬草が好きなんですか、ナオハルさん! 闇騎士でしょ?」

「闇騎士だって、所詮レベル16だよ僕はっ!」

 自分でも言い知れぬ敗北感を覚えながら、僕は叫んだ。

 獅子竜迷宮の夜は、今日も賑やかに過ぎていった。


(終わり)


◆ ◆ ◆


※本作は、2014年5月に角川スニーカー文庫より刊行された拙作『闇堕ち騎士がダンジョン始めました!!』の、とらのあな購入特典として書き下ろしたショートストーリーを、スニーカー文庫編集部、及び、とらのあな様の許可を得て掲載したものです。

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闇堕ち騎士がダンジョン始めました!! 東亮太 @ryota_azuma

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