ふたりの小僧さん

歌峰由子

ふたりの小僧さん

【 ふたりの小僧さん 】





 ある高名な和尚様の所に、ふたりの小僧さんがおったそうな。

 そのふたりというのが見事に真っ逆さまで、

 片方はとても勤勉、もう片方はとても怠け者じゃった。


 怠け者の小僧さんはいつも、修行を抜け出してどこへともなく雲隠れし、

 勤勉な小僧さんはいつも、必死に修行に励みながら、事あるごとに怠け者の小僧さんをがみがみと叱っておった。

 しかし怠け者の小僧さんはそんな事どこ吹く風で、一向に相手にせん。


「まあまあ、よしなよ。そんなに怒らなくったって、おいらがお経を読まないせいで、お前さんの徳が減るでなし」


 そう宥めては、火に油を注いでおった。





 何かにつけてはけんかを始める二人の小僧さんをみかねて、和尚様はふたりを呼び出し、並んで座らせなすった。


「お前達に一つ、話を聞かせよう」


 怠け者の小僧さんはいつもと同じように、ぼんやりのんびり頷いた。

 しかし勤勉な小僧さんは納得がいかない。

 なぜ毎日真面目に修行をして、怠け者の小僧さんの分まで頑張っている自分まで、説教をもらわなければならないのか不満顔じゃ。

 しかし徳の高い和尚様の話を聞かないわけにもいかないので、渋々頷いた。





「昔、あるところに二人の百姓がいた。


 一人はとても真面目で、毎日田に出ては、日中せっせと米を作り、毎年きっちりお役人に納めていた。

 そして更に自分たちの食い扶持を差し引いた余りを売って、少しずつ貯金をしていた。

もう一方の百姓はなぜか毎日、縁側に転がって外を眺めてばかり。

 真面目な百姓はあきれ返り、それではお役人に納める米もろくにあるまいと心配した。


 そして秋、いつものように収穫が終り、真面目な百姓は寝転がってばかりの百姓にこう切り出した。

『お前さんのところ、あまり米が出来なかったんじゃないかね? なんならウチのを少し、貸してあげるが』

 すると寝転がってばかりの百姓はこう答えた。

『いやいや、結構。大丈夫だよ。ちゃあんと年貢の分と、この先一年食べる分はあるからね』

 これに真面目な百姓は驚いて、そんなはずはない、証拠を見せろと喚きたてた。

 それに頷いて寝転がってばかりの百姓は、自分の米倉を開いて見せた。

なんとそこには、自分の家に劣らない量の米があるではないか。

 真面目な百姓は動転し、次の日年貢を取りに来た役人に、

『隣の田はウチとは違う、もっと肥えた土地に違いない!』

 と言い張った。それに頷いた役人は、これ幸いと隣の田の年貢の量を増やした。


 それ以降、毎年寝てばかりの百姓の家からは、真面目な百姓の家よりも多い年貢が取り立てられ、貧乏になった寝てばかりの百姓は、そのうち飢えて死んでしまった。

 しかし、どれだけ飢えてもその百姓は、日中田に出て働く事はなかったという。


 さて、この真面目な百姓と寝てばかりの百姓、極楽浄土に行けたのはどちらだとおもうかね?」




 これに勤勉な小僧さんはおお張り切り。

 和尚様が自分も呼びつけたのは、正解を言わせるために違いない、と、得意になってこう答えた。


「真面目な百姓です」


 しかし、和尚様は勤勉な小僧さんを褒めるでもなく、怠け者の小僧さんにも答えさせた。


「わかりません。が、両方かもしれません」


 この答えに勤勉な小僧さんは馬鹿にしたように鼻を鳴らし、和尚様はにっこり微笑んだ。


「よくできました。正解です」


 これに勤勉な小僧さんは納得がいかない。不満もあらわに和尚様に理由を尋ねた。

 すると和尚様は勤勉な小僧さんを見つめて口を開いた。


「真面目な百姓は、とても勤勉に毎日米を作っていた。それは分かっておる。

 しかし、日中寝てばかりの百姓が怠け者であると、誰が知っていたのだね? 

 その百姓は毎朝毎晩、日が高くない時に外に出て、暗いうちにせっせと働いていたかもしれん。

 そして、昼間は田の様子をよくよく見て、何をどうすればより上手く米が作れるかを考えておったのかもしれん」


「そんなはずはありません!」


「何故、それがお前に分かるのかね?」


「それは……」


 勤勉な小僧さんは口ごもった。そうに違いない、そうでなくてたまるか。そんな考えばかり浮んで、ちゃんとした理由が出てこない。


「お前は真面目な百姓と自分を同じものとして、寝てばかりの百姓をこやつと同じものとして考えた。そして、自分が望むように二人の末路を解釈した。わかるかね? 

 お前は、他をお前と同じものと解釈し、お前の望むようにあると決め付けた。そして、それに従わないものは極楽へ行けないと思い込んだ」


 怠け者の小僧さんを指して、和尚様は勤勉な小僧さんにそう諭した。


「お前があずかり知らぬ所で、こやつが何を行っておるか知ろうとしたことがあったかね? 

 お前がこやつに腹を立てておったのは、こやつが自分の思い通りにならないからではなかったかね?」





 これに勤勉な小僧さんは恥じ入って、それから周りに気を配るようになったそうな。


 そして「己を開くことで、相手を救う道もある」と諭された怠け者の小僧さんと一緒に貧しい村々を周り、村の人々を助けて高名な和尚様になったそうな。







 めでたし、めでたし。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりの小僧さん 歌峰由子 @althlod

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ