カタリ少年と私
@balsamicos
カタリ少年と私
毎日決まった時間に起き、決まった時間働き、決まった時間に帰り、決まった時間に寝る。
同じサイクルを繰り返し、繰り返し、繰り返し…。
特に何をするでもなく、社会という歯車の中のひとつを意識し、私は生きる。
それが私の日常。
特に不満は無かった。
取引先からは感謝され、仕事終わりに自宅で飲むアルコール飲料は美味い。なによりお給金も弾むし、きっちり週休二日ある。
しかし、私の日常には何かが足りていない。
これといった趣味が無いからかもしれないが、休日ひとりで過ごしていると漠然と、人知れず、どこか誰も知らない世界へ消えてしまいたくなる。
そんなある日だった。
私は仕事帰り、少し寄り道をした。
いつものサイクルから外れ、近所の公園へと向かう。
何故かはわからない。ただ、気がついたら足が公園へと向かっていた。
夜の公園、見たところ人はいない。小さなベンチを街灯が照らしているだけだ。
とりあえずそのベンチに腰をかけた。
この公園に来たのも小学生以来だろうか、あの時の遊びまわった公園に比べ随分小さい。懐かしさ以上に自身の成長を強く感じた。
「おじさんの一篇はもっと多くの人に読まれるべきだよ」
ふと隣から声が聞こえた。
いつの間にひとりの少年が私の隣に座っていた。
何かのアニメ作品のような服装、澄んだ声、ふいに現れた少年に、どこかこの世のものではない雰囲気を感じたが、不思議と怖さはなかった。
「…君は?」
私は問いかける。
「僕はカタリィ・ノヴェル。気軽にカタリって呼んでよ、おじさん」
こう見えても二十代後半なのだが…まあこのくらいの少年から見たら私もおじさんなんだろう。
「えーっとカタリ君はこんな夜中に何をしてるんだい?」
「僕はね、至高の一篇を探して世界中を旅しているんだ。おじさんの一篇も至高の一篇には程遠いけど多くの人に読まれるべきだと思うよ」
「その一篇とは何なんだい?」
「一篇ってのはみんなの心の中にある物語だよ。おじさんの一篇も多くの人を救う力がある。だからみんなに読んでほしいんだ」
少年が何を言っているのか正直わからなかったが私に多くの人を救う力がある。その言葉だけで私の中で欠けていた何かが埋まる、そんな感じがした。
「どうすれば私はその一篇をみんなに見てもらえるんだい?」
「物語を書くんだ。おじさんの感じたことを文字に起こして世界中へ届けるんだ」
「私は小説なんて書いたことないよ」
「書いたことが無くたっていいさ、誰だって初めは初心者だ。物語を紡ぎ続けたらいずれ、きっと良い一篇が書けるよ」
「しかしどうやったらいいんだ」
「別に伝えかたはどんな方法でも良いんだ。良い一篇は必ず誰の目に止まるからね」
「…それじゃ、僕はそろそろ行くよ。おじさんの一篇、楽しみにしてるよ」
まだ聞きたいことは沢山あったが、掴み所のない風のように気がつけばカタリ少年はいなくなっていた。
「私の一篇か…」
自宅に戻ると私はカタリ少年に言われた通り、物語を書くことにした。他に趣味もないからだ。
小説の書き方なんてわからなかったので、とりあえず、インターネット上で自信の作品を投稿できるとあるサイトにアカウント登録して物語を投稿することにした。
そのサイトでは、偶然にもお題に合わせた短編小説を書けという企画が行われていた。小説の右も左も分からない私にとってはうってつけの企画だ。
とりあえず、お題に合わせていくつかの作品を、投稿してみることにした。
その日以来、仕事から帰って自身の作品がどのくらい読まれているのかを確認するのがひとつの楽しみになった。
相変わらず評価は少ない。
しかし、時折いただく応援やメッセージ、それだけでも嬉しくて、楽しくて、書いて良かったと思える。
あれ以来、カタリ少年の姿は見ない。
しかし、良い一篇が書けたらきっとふいに現れる、そんな気がするのだ。
次にカタリ少年と会えるのを楽しみに、私は一篇を紡ぎ続ける。
カタリ少年と私 @balsamicos
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