夏の港

久遠マリ

貿易都市違い

「賑やかだね」

 甲板から伸びる階段の一番下から跳んだ。

 桟橋に降り立つと、城下町は大きく見える。

 白い石畳は大胆な切り出し方の石材を敷き詰めた幾何学模様で、踵をぶつけると、不思議な音が鳴った。巨大な物資の行き交いを想定しているであろう広い通りは、貿易が盛んであることを如実に示している。幅の広い竜車が三列になって駆け抜けていった。

 人、人、人。

 船を乗り降りする客と乗組員で溢れ返る桟橋。怒鳴り声、笑い声、歌声。乗せる船ごとに組紐をつけられた荷物が纏めて置かれている預り所、ほのかに漂ってくる茶か何かの甘い香り、鼻腔を擽る香辛料の匂い。併設されている漁港では、黒猫が、漁師が水揚げした小魚の恩恵にありついている。

 短い夏の空に映えるのは、赤、黄色、緑、白……鮮やかな色に塗られた木の屋根。色とりどりの濃い色の木材で建設された三階建ての集合住宅が、ずらりと並んでいる。花や海の生き物など、大き目の模様が描かれているが、建物ごとにその意匠が違っているのは面白い、と思った。漁に出掛けた民の船が、濃霧の中で迷わないように、このようにしているのだとか。住宅の一番下は舟屋になっていて、海の上に浮かんでいる船が直接入っていけるようになっている。注目してみると、大きな建物には三階があるけれど、二階がほとんど存在していない。

 見ている前で、貿易船が真っ直ぐ突っ込んでいく。遅れて、がしゃん、と、何か巨大なものを噛み合わせたような、凄まじい音が聞こえた。

「ははは、初めて来るやつはみんないい顔をするな! 大丈夫だ、舳先を捕まえる装置が作動して、ああいう音が鳴るんだ。あれは取引所」

「へえ、面白いねえ」

「ぶっとい木を建材にしているから、海水に浸かっていても腐らないし、頑丈なんだ。あの大きさの貿易船があと三隻は入るぜ」

「凄いなあ……どんな物語があるんだろう……」

 降りるのを手助けしてくれた乗組員は、よく気が付く親切な青年で、そんなことを話してくれた。日に焼けた肌に白い歯が、健康的で眩しい。彼の人生はどんな物語の一遍なのだろう。ここで生まれて、ここで育ってきたのだろうか。

 物語を見通す「詠目」の力のおかげで、こうしてどこの国の人とも話せるのは、とても楽しい。

「一階で荷物の積み下ろしをして、昇降機を使って三階に運んで、そこで商談ができる。二階は狭すぎるから受付だ。個人も、他の国の王族も、受付で自分の名前と出身国を書いて、お前んところの出国許可証の写しを渡せば、出入り許可証をくれるぜ。許可証さえ発行して貰えれば誰でも入れる。資源からお土産まで何でも売っているからな……と、言った傍からお偉いさんだ」

 ……出国許可証?

 出国許可証なんてあったっけ、と思って鞄の中を探りながら、取引所の方を見る。成程確かに、豪華な模様の羽織を着た人が、四、五人を従えて、取引所から出てくるところだった。他の人より頭二つ分くらい大きい。筋骨隆々とした体躯だ……丸太のような腕、抱えられそうもない腰。厳めしい顔。帯剣している。肩や帯についている金属の飾りは精巧で、この国の技術力の高さがうかがえた。

「この国の第一騎馬隊を纏める将軍様だ」

「強そうだね」

「戦場で、南の国の戦士の姫様に惚れられて、結婚したんだぜ」

「凄く気になるなあ、その話」

「おれは簡単な流れしか知らないけれどな、食堂なんかでちょっと隣のヤツに話し掛けてみろ、幾らでも詳しい話が聞けるぞ」

「うん、わかった!」

 頷いて、出国許可証のような紙を、鞄の中から探り当てた時だ。

 将軍様の羽織の隙間から、何かが落ちた。追従していく人たちは誰も気づかない。

 近付いて、拾ってみた。小さな布の包み。

 開けてみると、髪飾りが出てきた。

 どこか桜に似た花が五つ固めてあって、そこから伸びる金属片がゆらゆら揺れている。その先には雫型をした薄紅色の石が、複雑なカットを施されていた。

 あの人と結婚した……という姫様への贈物だろうか?

 それはいけない。きっと、大切なものの筈だ。

「あ、あの……落としましたよ!」

 包みの中に髪飾りを戻し、走って、その集団に追いついて、手渡す。

 怖いのではないかという気持ちはあったけれど、杞憂だった。振り返った将軍様のお顔はとても素直に驚いていて、それから、優しく微笑んでくれたのだ。

「おう、ありがとうな! ツァオメイにねだられていたんだ……ぼうず。名前は?」

「カタリィ……カタリィ・ノヴェルです。ツァオメイさんって、お嫁さんですか?」

 偉い人らしくない、気さくな言葉遣い。余計なことを訊いたのに、くすくす笑って返してくれる。周りにいる人が、将軍様、将軍様、と言って、笑顔で取り囲もうとするのが、彼が慕われている証拠だ。

「おれの娘だ。十三歳になるな」

「娘さんですか……」

 凄くいかつい顔だなあ、と思って将軍様の顔を見ていたら、その傍にいた人がにやっと笑った。

「将軍様はこの顔だけど、ツァオメイ様は凄く可愛いですよ!」

「当たり前だろう、おれはともかく、リーンメイの子だからな。取り敢えずお前は婿候補じゃない」

「おおっと藪蛇。でも僕は年上派です」

「うわ、タリマータ様とおんなじこと言ってる」

「副将軍様みたいに残念な婚約の申し込みしそう」

「やめてくださいよ、やりませんよ」

 将軍様に従っていた人は皆、ただついていくだけの人じゃなさそうだった。副将軍様とやらも面白い物語を持っていそうだ。

 ああだこうだ好き勝手なことを喋り始めた彼らを楽しそうに眺めながら、将軍様は微笑みかけてくる。

「ぼうず、見掛けない顔だな。まだ子供だろ、親御さんと一緒に船で来たのか? アルクナウ=ライデン皇国の皇都は一人で歩いていても大丈夫だが、たまに変なのはいるから、十分気をつけろよ」

 アルクナウ=ライデン皇国。

 あっ。

「……アルクナウ=ライデン皇国?」

「……どうした?」

 鞄の中でさっき見付けた紙を取り出してみる。トリ、と呼ばれている不思議な梟から預かったものだ。それを読んで、思い出した。次の行き先は、ドラグニア大陸、ウルズ王国の筈だった。港湾都市カルタレスへ行くつもりだったのに。

 出港しそうな船に慌てて飛び乗ったから、行先をちゃんと見ていなかったのだ。

「……来るところ、間違えちゃった」


お題:カタリ

スペシャルサンクス:幻影譚(井中まちさん)https://kakuyomu.jp/works/1177354054883413848

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夏の港 久遠マリ @barkies

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